Stripe Atlasを使ってアメリカで会社をたちあげた
会社の印鑑や代表者の実印、印鑑証明書、定款を書き込んだCD-Rなど、日本で起業することは難しくはなくてもなにかと手間がかかる。せっかくエストニアのe-Residencyであることだし、エストニアで登記しようかと最初は考えていた。しかしSaaS型の事業を行う際の課金でデファクトスタンダードといえるStripeがエストニア籍の企業に対応していないという。それではまた別のやり方を考えてみよう。
私が選んだのはStripe Atlasだった。ざっと調べてみたが、日本ではまだこれを利用して起業したひとのブログなどは見当たらない。いないということはないだろうが、どちらにせよ日本語の体験談はこの記事が初めてのものになるのだろう。
Stripe Atlasは、簡単にいえばアメリカで起業するために必要なさまざまなモノを一つのパッケージにしたサービスだ。世界的に人気のある設立準拠地として知られるデラウェア州への登記手続き、アメリカの銀行口座、AWSのクーポン(5000~15000USD)、法律事務所Orrickの法務ガイダンスや監査事務所PwCの税務ガイダンス、そしてStripe Atlasを利用したユーザーだけのコミュニティが提供される。手続きはすべて英語だし、利用を申し込んでも必ず使えるわけではない。しかし試してみるくらいいいだろう。
作業に難しい部分はなにもなく、ウィザードに従ってフォームを埋めていくだけだ。会社名や提供を考えているサービスの説明、代表者の住所(日本のものでよい)などをはじめ、作ろうとしているプロダクトの説明も求められる。
すべて終わると以下の画面に遷移する。
あとは数日待てばStripeのスタッフがのこりの作業をすべてやっておいてくれる。Stripeのダッシュボードで進捗が常に表示されており、時折署名が求められる。署名もPC上で行えるが、私はどうやってもマウスやトラックパッドで綺麗にサインすることができなかったので、iPadとアップルペンシルで記入した。
その後数日で特に問題もなくStripe Atlasのアカウントが発行された。掛かったお金はたったの500ドル。これに資本金も含まれている。アメリカの銀行口座もちゃんと作れたし、株も発行された。デラウェア州の登記謄本(という表現が正しいのかどうかは自信ない)や定款はすべてPDFで管理されるし、現地の銀行口座は通帳の発行もなく普通のオンラインバンクだ。毎年かかる維持費は日本の均等割よりも安価に押さえられる。本当にネットでアメリカの会社の社長になれたのだ。便利な時代になったものである。
日本で会社を立ち上げる際の面倒な手続きの大半をインターネット上で解決できるのは本当に快適そのものだった。そりゃ日本の税収にちょっとでも貢献したいとは思うけど、いくらなんでも印鑑文化は早くなくしてほしい。それだけでこの世界はずいぶん暮らしやすいものになるのに。私は頻繁に引っ越すので登記場所の更新も手間だし自分の住んでいるリアルな住所をあからさまにネットに晒すのもあまり良い気分ではない。法律なので従うけれど、Atlasならそれも気にしなくていいのだ。アメリカの住所も提供してくれる。私の会社はデラウェア州のニューアークに所在しているらしい。いつかどこかのタイミングで日本に会社を移転するかもしれない。しないかもしれないが、そんなのはずっと後に決めればいい。いまやるべきことはそれではない。
とはいえどうしてもStripeが代行できないサービスが一つだけあった。それはSection 83(b)と呼ばれる書類を米国の内国歳入庁に送る必要があるという部分だ。前述のOrrick社がとても使いづらいテンプレートを用意してくれているが、Word形式だしアメリカの公文書サイズ(A4よりもやや大きい)だし、という感じなので適当に検索して他の弁護士事務所やアメリカの大学のアントレプレナーシップ養成講座的なクラスのサイトからダウンロードしてくるといいだろう。なんでこのような書類が必要なのかというと、個人に課せられる税金の負担を軽くするためのものだ。この書類は自分がアメリカ人であるか、あるいはアメリカの移民となる場合にのみ必要な書類であるため実のところ出すかどうかは任意のものではある。しかし基本的には提出しておいて損になることはないし、後々に追完(あとから書面などをそろえて完全な状態にすること)ができない部類のものなのだ。多額の税金が課せられる可能性を回避するための書類なので迷ったら出しておいた方が賢明だろう。細かい話は検索するといろいろでてくる。日本語の解説サイトもいくつかあるし、アメリカのスタートアップでこの書類を提出しなかったが故に起こった悲劇なんかの事例紹介もあったりする。
この書類を日本から送るときはテキサス・オースティンにある役所へ郵送することになるが、受付けたよ、という印であるスタンプが押された控えを受け取るためには代金支払い済みの返信用封筒を同封する必要がある。ただ日本からは代金支払い済みの返信用封筒というものは作られていないため、アメリカから日本に定形封筒を送るために必要な料金を予想して国際返信切手券なる謎の紙片を複数枚購入して同封した。このようなモノがあるということも知らなかったし、郵便局って本当にいろんなサービスを提供しているものだと驚くばかりだ。とはいえこれが正解のやり方なのかどうかはよくわからない。間違ってるかもしれないが、とにかく情報がどこにもないのだ。まぁたとえ間違っていたとしてもたいした問題にならないだろうとは思う。これで重大な損失が出るほどの自体になったら弁護士に相談するべきタイミングなのだろう。
細々したWebサービスをいくつも運用しているけど、それらの多くを対象としてずいぶんとお金が掛かっていた贅沢な設計を根本から見直した。件数が増えるとサーバー代は馬鹿にならない金額になりがちだ。小規模なうちはお小遣い程度の金額で運用できるよう固定サーバーをできるだけ持たないアーキテクチャに変更することにした。
AWSから使い切れないくらいたくさんのクーポンをもらったし、そもそものサーバー代もいまやほとんど掛からない。たかだか一つ二つのwebサービスを自腹で運用できないほど経済的に困窮しているわけではないけれど、やはり強力に支出を抑えられたことで大きな精神的な安堵が得られるのだ。運用しているサービスで大金が儲かるとは思わないけど、自分の名刺代わりにつかえるようになったらいいなと思う。これからもがんばっていこう。いつか誰かと一緒にやれたらいいな。