2021-04-12

ファーストクラスにのってみた

海外旅行に繰り返し行っていると、ぼんやりしていてもマイルがたまっていく。家賃や水道光熱費も含め、日常生活の支出もその95%くらいは一枚のクレジットカードに集約しているのでそこからも貯まる。確定申告なんかもクレジットカード決済なのでそれも貯まる。そんな生活をしているといつのまにか結構な量のマイルがたまっていた。ふつうに特典航空券と交換してもよいが、長い人生、一回くらいは国際線ファーストクラスにのって優雅なフライトを楽しんでみてもよいかという気持ちになる。国際線ファーストクラスをつかった日欧間の運賃は片道100万円とか200万円くらいする。それがマイルだと5万マイル程度で済んでしまうのだから安いというほかない。

ファーストクラスを乗ると決めた路線はパリのシャルル・ド・ゴール空港から東京羽田までの区間。ファーストクラスでもビジネスクラスでも搭乗口は同じだ。ファーストクラスやビジネスクラスの乗客は先だって5分かそこら早く案内されるが、その利益を享受したくなるほど頭上の荷物入れのを埋めるような荷物はもってない。なのでなんなら早く案内されるために早く搭乗口に向かわなければならないのだと思うと個人的にはあんまりメリットはない。ラウンジで待っていたほうが食事はとれるわアルコールは飲めるわでハッピーなままでいられる。

ファーストクラスのシートに腰をおろす。まず席がひろい。贅沢すぎる。エコノミークラスだってJALならそれなりに広いし、聞いたこともない国同士を結ぶ猛烈に安いわけわからんLCCにばかりこれまで乗っていたこともありそれはもう感動的に広い。東南アジアで乗ったある会社のLCCのシートなんて普通に座ることすらできなかったのに。滝川クリステルのように脚をななめにしてはじめて座れるような席について映画もない機内食もない無の時間をひたすら耐えるというあのころがふと脳裏によぎる。いきつくところまで行きついてしまったという感慨に浸る。

そしてインターネットがずっと無料でつかえる。これがあれば暇をすることはない。こっちはコンピュータオタクなのだ。ネットとノートPCを与えておけば5億年ボタンを連打することも厭わない人種である。国内線では最近は普通のサービスになってきたが、国際線では無料で提供されることはまだ稀だ。かといって20USDとかの有料サービスとして提供されている場合、それを支払うのは惜しい。X時間待てばネットが使えるんだと思うととたんに課金したくなくなる。インターネットさえ使わせてくれれば延々と暇が潰せるようになるので、前の座席に埋め込まれた小さいモニタから映画を流すより早くこちらを普及させてほしい。

「ナイトウさまのお世話をさせていただきます、チーフパーサーのXXです」と特徴的な白い制服をきたCAさんが部下をつれて挨拶にやってきた。かたわらにはもう一人女性CAがついており、「本日初めてファーストクラスを担当させていただくYYです」とチーフから紹介された。「わたしもファーストクラス乗るのはじめてなんです!いっしょですね!」とおよそファーストクラスに乗る人がしないであろう返答をした。

「ナイトウさまは普段はビジネスクラスをご利用になられるのですか」と聞かれる。ファーストクラスにはじめて乗る客というのは普段ビジネスクラスを利用するという演繹法なのだろうか。「いえ、普段はエコノミーです、マイルがたまったので…」と応えるほかない。なんとなく気恥ずかしい気持ちがある。

portrait

洋食と和食でメニューがことなる。チキンかビーフか(この二択は最近ないと思う。どっちもミートだからだろう)という選択肢ではない。食材を選ぶのではなくテーマを選ぶのだ。私は和食を選んだ。個人的な食の好みにより機内食は大体和食を選んでしまう。蕎麦だったり海苔巻きだったり牛丼だったり、いろいろな和風機内食をこれまで食べてきたが、ファーストクラスでの食事はどうなるのだろう。

前菜が運ばれてきた。初手から全力である。これは運ばれてくるというよりも「配膳される」という表現のほうが適切だろう。器がプラスチックではなく、カトラリーはビニール袋で個包装されていない。四角いプラ容器にアルミの蓋がついている食事は下層階級の食事だったと思い知らされるクオリティだ。先んじて読んでいたメニューにはテキストしかないのでどんなものがくるかわからなかったが、かわいらしい小鉢に鮮やかな小料理がつまっている。普段の地上生活でだってこのような食事を取る機会は私にはない。いうまでもなくおいしい。今後この記事で食事がおいしいということを説明することは省く。当たり前すぎて意味がないのだ。

海老真薯と白菜のすり流しの椀に、オマール海老とラングスティーヌのレーズンオイル焼きだ。すり流しとはなにか。洋風に言えばポタージュのことであるようだ。ラングスティーヌとはなにか。伊勢エビと並び高価に取引されるフランス料理の食材となる海老だそうだ。和食を選んだはずだが、和食もランクを上げていくとフランス料理にもなっていくらしい。最先端の化学が物理学となり、最先端の物理学が数学となるようなものだろうか。私の前には和食とはなにかという深遠な問いへの挑戦を感じる料理が並ぶ。エディブルフラワーを使う和食もあるのだとこのときはじめて知る。すばらしい進化だ。

ホタテのラビオリがくる。メニューからしてイタリア語だ。もうなにも驚くまい。これが現代の和食なのだ。ケチをつけず、老害にならず受け入れていこう。受け継がれる意思、時代のうねり、人の夢、これらは決して止まらない。目の前に置かれた皿の上には、黒い宝石、キャビアが見えている。キャビアはエストニアに住んでいたころは大して貴重ではなかったのでスーパーで買って食べていたが、日本にいるとなかなか口にする機会はない。スプーンですくって「懐かしいな、しょっぱいな、なにがうまいのか結局よくわからないな」と思いながら食べていると、CAさんがキャビアのおかわりはいかがですかと声をかけてくれる。「キャビアのおかわり」という概念が存在するのか。「おねがいします!」と応えるとたっぷりキャビアがのったラビオリが再始動した。

キャビアまみれのラビオリを食べ終わり、ほどなくして主食がくる。あたたかいアサリご飯をよそったお椀と赤だし、主菜には牛フィレ肉のステーキが供される。これもまた和食なのだ。強肴として牛フィレ肉のステーキが出たとしても、アサリご飯と赤だしが出るとやはり和食であったのだと納得できる。エントロピーは収束した。

食後の甘味は納得の和風だった。詳しくないのでなにもわからないが(いままで出てきた料理で詳しいといえるものはなにもなかったが)、食後にふさわしい甘く冷たいデザートで幕を引いた。余韻を楽しもう。

そう思ってウイスキーの水割りを飲んでいると、CAさんから一緒にチーズはいかがかと聞かれる。当然いただくが、まさかおつまみとしていただけるスナックでこの量のチーズがでてくるとは思わなかった。カマンベールやブルーチーズだけではない。ドライイチジクにバゲットもついてきた。これだけで一食になるだろうというサイズ感だ。重量級のおつまみが到来したことによって想定していたアルコール飲料とのバランスが崩れる。体制を立て直すためにワインを追加で注文した。アラサーの成せる匠の技である。

その後もパリ丼(鴨肉の出汁茶漬け)を食べたり、

紅茶をいただいたり、

おつまみとして出された松阪牛のしぐれ煮をいただいたりと、ひたすら飲んで食べてを繰り返す中世ヨーロッパ貴族のような時間を過ごした。暴飲暴食は健啖家というワードでオブラートにくるむことができるので、この言葉の開発者にはお礼を述べたい。酔っ払っても大して表に出ないし気持ち悪くもならない体質でよかったと心から思う。

そして長時間のフライトのあいだ中、アルコール飲料の水割りを間断なく飲み続けていた。搭乗して即座にでウェルカムドリンクのシャンパンを出していただいてから今まで、一度だってシラフになっていない。アルコール度数の高い飲料ばかり飲んでいる。そして「せっかくだから」と言いながらメニューに載っている未体験のお酒と軽食をかたはしから試していった。時間的には早朝である。本来なら飲酒するような時間ではないかもしれないが、20代にはまだ許されるムーブなのだ。きっと。

そのあとに運ばれてくる朝ご飯もまぁすばらしいものだった。ここは旅館か? 旅館なのだろう。 寝て過ごしてしまうのがもったいなくてこちとら一睡もしてないしずっと酒のんでメシ食ってをくりかえす夜間飛行だったというのに。ファーストクラスを当然のように乗りこなす高額所得者たちがきもちよく熟睡したあとに口にする朝食の献立であり量だが、ここ数時間にわたって飲食していたわたしには多いか、と思ったが結局のところはそんなことなどまったくなく、おいしく完食した。ついでに森伊蔵のロックをおかわりした。2杯。

あげくの果てにラーメンを注文した。軽食として用意されているが、朝食のあとに食べるサイズ感ではない。でもこれを逃したら飛行機のなかでラーメンを食べる機会などやってこないだろうと思って注文する。なんとあさましい。ファーストクラスはこんなさもしい人間のために用意された席ではないだろうに。味は当然おいしかった。すりごまと紅ショウガまでついている。ちゃんと温かくおいしい豚骨ラーメンだった。おなじおにぎりでもピクニックやキャンプのさなかに食べるとおいしくなる理論がある。おなじことかもしれないが。

食べ終わって名残を惜しむようにまたお酒を飲んでいると、本当に悲しいことにまもなく到着だと知らされる。一生このファーストクラスの席で暮らしていたかった。夢のなかにいるようだった。ぼんやりしていればおいしいご飯がやってきて、お酒を飲み終わるまえにお次はなにになさいますかとメニューを見せてくれる。乗ってからも到着の前も丁寧に挨拶をしにわたしの席までやってくるCAのみなさん。わたしには場違いにもほどがあるなという気持ちしかしない。旅行系YouTuberが当たり前のようにファーストクラスにのって大した感動もなく出された食事をたべているのを軽蔑して見ていたが、その軽蔑の色は濃くなった。ファーストクラスに感動できる人間でいつづけたい。

ところで、私自身がこれからもファーストクラスに乗りたいか、というともちろんこれはまた乗りたい。ではファーストクラスに自腹、あるいはたまったマイルを使って乗りたいか、というとこれは疑問符がつく。ファーストクラスに乗ることで別に得をした感じはしないのだ。私自身が単位時間あたりに感じ取れるラグジュアリーの限界値を超えてしまっている。時間を無駄にしたくないからベッドでゆっくり眠れないし、おなかいっぱいになってもご飯がおいしすぎるのでどんどん注文したくなる。貧乏くさいことこの上ないが、せっかくだからと高級なシャンパンやワインや日本酒をフライト中ひっきりなしに飲んでいた。結果として空港に到着するころには満腹だわ酔ってるわという状態で、これが日本への到着だからよかったが、これがもっと治安の悪い国への到着だったら身ぐるみ剥がされるかもしれない。

ファーストクラスは、わたしには過ぎたしろものだった。プレミアムエコノミーくらいがうれしいなと思う。人間には向き不向きがあるのだ。