21ヶ月ぶりに出国した

最後に海外旅行にいったのは2020年の3月で、そこから2021年12月まで、国際線に一度も乗らない日々を過ごしていた。実に21ヶ月間海外旅行をしなかったというのは私が19歳のときに初めて海外旅行にいったときから今までの約12年間で初めてのことだった。

出国の手間とリスクはとても大きくなった。我が国の厳格な入国規制に関係ないのであれば、つまり帰国を前提としなければまだ楽だが、しかし今もまだ状況は流動的で日々変化し、そしてそれが国によってバラバラなルールが運用されている。EU圏でおなじルールが適用されていたりもしない。世界はまだこんな状態なのだ。

私はアメリカを経由してアルゼンチンに向かうことにした。アメリカはコロナ禍でも渡航の需要が一定残り続けた路線であるため入国のノウハウは十分蓄積されている。一方アルゼンチンはそれほどでもない。たとえばドイツへの入国については在ドイツ日本国大使館のWebサイトで最新の規制情報が詳細に説明されているのでわかりやすいのだが、在アルゼンチン日本国大使館のWebサイトはそうではない。現時点での規制などはよくわからないままだった。こういうときは英国政府のサイトが非常に便利だ。gov.ukは当然英語で書かれていて世界各国の入国についての情報がよくまとまっている。基本的には英国民に向けた内容だが、更新頻度も申し分なく、日本国外務省のサイトよりかなり使いやすい。UKは政府関係のサイトがこのドメイン下で統率を持って運営されていて快適そのものだ。日本もこの形態に移行する計画があるそうだが、それはまだしばらく先のことだろう。日本語の情報源としてはJETROも注目したい。国ごとにまとめられた規制情報が現地駐在員によってまとめられている。この二つを使いこなせれば恐るるにたらない。

がらがらの成田空港に到着し、アメリカン航空のチェックインカウンターでパスポートを提示する。コロナ禍の前まではこれでチケットが発券されてセキュリティチェックに向かうだけだったが令和最新版はそうではない。渡航先にもよるが、新型コロナウイルスによる症状をカバーした旅行保険の英文の付保証明書の提出、新型コロナウイルスに係るPCR検査の英文の陰性証明書、新型コロナウイルスワクチンの2回接種証明書を書面で用意し、さらにそれらを事前にモバイルアプリで登録したり、入国に際して新型コロナウイルス関連症状がないことをオンラインフォームで申請したりと手間が格段に増えた。とくに陰性証明については価格カルテルでもあるのかと疑いたくなるほどどこもおしなべて高額で、安価にやってくれるところはそろって英文の証明書を発行しない。事前にちょっとでも安いクリニックを見つけて検査できていればよいが、もし当日忘れていたら成田空港に開設された一回の検査が50000円もするかなり高価なクリニックしか選択肢は残されていない。

とはいえ事前準備さえ済んでいればチェックインはちゃんと完了する。輪を掛けて利用客の少ないセキュリティチェックをとおり、税関と出国審査場に向かう。私が国際線に乗らなかった21ヶ月の間にどれもが刷新されていて便利になっていた。セキュリティチェックはアメリカにある円筒状のスキャナになっているし、税関でも出国審査でもパスポートをスキャンして終わりだ。私はもともと自動化ゲートの利用者として登録していたが、すでに顔認証で通過できるようになっている。東京オリンピックのタイミングで刷新したのだろう。便利極まりない。もっと活用したかったなと意味のない感想を思う。

利用者がいないからであろうが、航空会社のラウンジもより上位のものに集約され、そのラウンジだけが営業していた。具体的にいえばサクララウンジは閉店しており、ファーストクラスラウンジが営業している。わたしは本来は下のクラスであるサクララウンジしか使えないが、この機会で初めてファーストクラスラウンジに入ることができた。ちょっとうれしい。

うわあ なんだか凄いことになっちゃったぞ

料理のオーダーはスマホアプリからしかおこなえないようになっていた。ブッフェと高級感は両立しないような気もするのでこれはこれでよい。なんども往復しなくてすむし。しかし皿が大きいのでカウンターが埋まってしまった。サクララウンジにはないお寿司が食べられるのは嬉しい。せっかくの寿司用カウンターも今は誰も立っていない。このあと機内食もでるんだからあんまり食べないほうが良いのだが、機内食より美味しいものがたくさんここで食べられると思うとあとのことなど忘れて胃に詰め込みたくなる。どうやったって地上で調理したほうが美味しいものが出せるのだから、単に私に機内食を断る勇気があればよいのだが、今日も完食するんだろうなと3時間後の自分が抱く後悔が手に取るようにわかる。

出発時刻が近づいてきたのでラウンジを後にする。搭乗ゲートまでの間にあるハイブランドの店も大半が閉店している。「ここから先のお店は営業していません」という案内版がもの悲しい。

搭乗のアナウンスがながれ、機内に乗り込む。チェックインカウンターにいた男性スタッフがここでも立っていた。チェックイン時にした会話を踏まえた内容で声を掛けてくれた。このタイミングで日本を出国する日本人は本当に少ないのだろう。憶えていてくれたようだ。

なんども同じ事を話している気がするが、もう一度いうことになる。人がいない。当然のように横の3席をひとりで陣取ることができた。どの乗客も一人3席つかって横になれる。ビニール袋に封入された枕を開封して耳栓をつけたらもうファーストクラスだ。いやファーストクラスではないか。まぁとにかく太平洋を横断する長い旅路を快適に過ごせることは約束された。

飛行機はダラスフォートワース空港に降り立った。21ヶ月ぶりの海外に緊張している。初めての海外旅行の気持ちはきっとこんな感じだったはずだ。まさか高々2年でこんな感情を抱くようになるとは思っていなかった。