北マケドニアのスコピエにいってきた

北マケドニア共和国という国がギリシャのすぐ北にある。ちょっとまえまではマケドニアという国名だったが、ギリシャと揉めて北マケドニアという(ややかっこわるい)名前になってしまった東欧の小国だ。コソボにしばらく滞在した私は、次の目的地としてこの北マケドニアの首都スコピエに行くことにした。

高速バスが減便しておりタクシーで向かうことになってしまったが、その出費は決して無駄ではなかった。多くの旅行者にとって「通過の街」などと言われているこのスコピエは、まぁたしかに他のヨーロッパ諸国に比べればそれほど観光名所にあふれているとは言いがたいものの、かなり奇妙な街ではありとても楽しめた。

銅像がすごい

街にすごい数の銅像が立ち並んでいる。1ブロックにひとつ、というレベルではなく、銅像を視野にいれないということがほとんど不可能なレベルで存在する。「いったいいくつの銅像があるの?」とスコピエの人に聞くと、「わかんないけど、街の人口より多いよ!」と答えてくれた。100点の回答だ。

街の中心にあるアレクサンダー大王の像

ブランデンブルク門みたいなやつ

飛び込む像

大集合

橋の欄干にもみっちり並ぶ

ウォール街みたいな牛の象

マケドニア建国の英雄や偉人聖人が主立っているものの、とくにいわれのない母子像や人以外の像もある。一生分の銅像を見た気持ちになった。ところでアレキサンダー大王の出生の地は北マケドニアとギリシャの2国間で意見がわかれており、両国とも自国の英雄だと主張しているためアレキサンダー大王の像に関してはギリシャ政府から強烈な非難を浴びたという。世界中どこをみても隣国同士は問題がたくさんあるようだ。

建物がすごい

例えばパリの凱旋門やベルリンのブランデンブルク門のような街のシンボルとなる建築物は世界中にあるが、スコピエにはこの一つの街のなかにたくさんある。

こういってはなんだが街の景観と微妙にあってないように思える。どこか浮いているように見える大理石の豪奢な建物の数々は独裁国家の首都みたいだ。トルクメニスタンしかり北朝鮮しかり、そういった国への入国は手間がかかるがスコピエなら簡単に入れるし安全だ。

実はこれらの建物も銅像もSkopje 2014という国家プロジェクトの一環で2010年ごろにポコポコとたくさん作られていて、旧ユーゴスラビア風の無機質な建物ばかりだったこの街を改装していった結果らしい。観光振興の目的もあるようだが、センスが独特であることもありこの街に観光客があふれるという状態にはまだ至っていない。この企画にはかなりの税金が注ぎ込まれているため地元の人々からは評判も芳しくないようだ。

マザーテレサの街

スコピエはマザーテレサの地元でもある。世界的有名人である彼女の記念館が街の中心地にあるほか、街の至るところにマザーテレサが言ったらしい格言がパネルにされ掲げられている。これらのマザテレ格言プレートはマケドニア語と英語でつくられていて、観光客へのアピールにもなっている。

マザーテレサの格言を私はほぼ知らなかったが、“The greatest threat to world peace is abortion”(中絶は世界平和への脅威である)というフレーズはいくらなんでも現代では過激すぎる気がする。敬虔なキリスト教徒としての思想なのだろう。このプレートだけは赤いペンで落書きされていた。

旧市街

スコピエの旧市街は迷路のようになっており、肉を焼く露店やかわいらしいカフェ、物乞いと野良ネコであふれている。

アンブレラストリートなのに傘とじてるんだ…

活気があり街歩きが楽しい地区

一歩路地を入るととたんにひっそりするので気をつけよう

イスラムの雰囲気が色濃く漂う旧市街はオスマン帝国支配下のころから変わらない街並みを維持している。これまで大きな震災や戦災を経てきたスコピエの街だが、ここだけは百年以上変わっていないらしい。Wikipediaによればオスマン帝国による支配は520年間続いていたらしいので、たぶん100年ではきかないだろう。私はこういう下町の雰囲気が残る場所が好きだ。

というわけで

夜のスコピエ

独特な雰囲気のある街だった。ヨーロッパの国であるものの西欧諸国とは伝統的に交流が薄く、国教としても正教会とイスラム教が主流になっているからだろう。ヨーロッパ旅行という感じではないが、食事は美味しいし物価も安く暮らしやすそうなところだった。治安が良いとは言えないが、普通に旅行する分にはそれほど強く警戒しなくても大丈夫だと思う。いつかまた来てみたい。