岐阜の山奥でジビエ料理をたべた

友人から岐阜のジビエ料理を食べに行きましょうと誘っていただいた。そういえばジビエ料理というものはちゃんと食べたことがなかったし、食べたことの無いおいしいものは死ぬまでに全て食べたいという強い気持ちがあるためすぐに乗った。岐阜といっても岐阜駅の近くでもなんでもなく、公共交通の一切存在しない大変な山の中にそのお店はある。

ジビエの仙人と呼ばれるおじさんがやっているこのお店「摘草料理かたつむり」はいわゆる美食家たちからの評価が高いようで、うさんくさい人たちや芸能人たちも絶賛しているらしい。完全予約制でコースのみ。当然ながら気軽なディナーの価格帯でもない。

名古屋駅でレンタカーを借りて運転していただき、高速にのってお店まで向かう。暗い山道を進んでいくと、どうみても民家にしか見えないお店がぼんやりと光っていた。

お店はそれほど広くなく、テーブルが二つだけ。最初にドリンクを注文し、ジビエのコースが始まる。

コース料理の一番最初に出される八寸。お店の女性スタッフがお皿を目の前におき、ひとつづつ説明してくれる。「こちら右上から、猿の燻製」……

一発目から衝撃的すぎてほかの食材の記憶が無くなってしまった。

とはいえちゃんと現実の世界に引き戻してくれるような馴染みある食材も出てくるので問題ない。清流の国岐阜ならではの天然鮎の塩焼きは間違いのないおいしさだ。普通のコース料理なら主役となるべき食材である。

山で捕ったばかりの鹿の肉をヅケにしたもの。生だ。のちに知ることとなるのだが、これを食べたら半年間は献血ができなくなる。このお店のすぐ脇には専用の屠畜小屋があり、そこで解体ができるため新鮮な状態で提供できるのだろう。都市部では提供しづらそうだ。

インパクトのある食材の次は心落ち着けるための一皿がでるというルールなのかもしれない。ギンナンや川魚、トウモロコシ、天然マイタケなどの天ぷらはホッとする味でうれしい。右の黒いのもなにか珍しいキノコの揚げ物だったのだが、詳細は忘れてしまった。本当に多種多様な食材が次から次へと現れるのだ。一皿ごとに丁寧に説明いただけるのだが、メモをとらないとまず憶えられないと思う。

これを目当てに来る人も多いらしい。猪のスペアリブは脂身が多いがクドくはないし獣くささもない。炭火で焼き上げてあり香ばしい。ただちょっと固い。これも自然の味なのだろう。朴葉の上に乗っているのが岐阜らしさを感じさせる。

色とりどりの野菜とイチジクのサラダ

天然窒息鴨のロースト

青菜とアミタケの和えもの

岐阜の天然熟成うなぎ

関東とは焼き方が異なり、蒸して脂を落とさない関西風の調理方法なのだと説明される。おいしい。

アカヤマドリというキノコをソテーした握り。キノコの寿司も初めて食べた。キノコとは思えない食感と風味がある。キノコのはずなのに動物的なうまみがあり、どことなくトロの炙りを食べているような気になる。頭がおかしくなりそうだ。

山に自生している非常に貴重なキノコたちを存分に入れた鍋。キノコはなんとか酸みたいなうまみ成分が豊富なので濃い出汁が出る。らしい。よくわからないがおいしいことはいいことだ。

この鍋に熊肉を入れる。熊って中華の高級食材として知られる熊の手以外に食べる場所があったのか。いやまぁそりゃあるのはわかるが、こうして目の前にスライスとなった熊の肉が現れるのは不思議な気持ちになる。

熊肉というのは脂の融点が非常に低く、スライスしてお皿にならべてもすぐに脂が溶けてしまう。この少し溶けた身はそのままたべてもおいしいらしいので鍋に入れる前にもすこし食べてみた。口の中で溶ける。思いのほか繊細な味だ。三毛別羆事件を起こしたアイツの風味とは思えない。

キノコの出汁に熊の脂が溶け出した雑炊はバターのような風味があり非常においしい。これは贅沢だ……。

ポポーという果物の存在は知っていたものの、その足のはやさゆえほとんど生産地以外には流通していない。いつか食べたいと思っていた食材にこのタイミングで出会えるとは思っていなかった。早速食べてみると柿のような味でおいしい。大きな種があり可食部はやや少ないということを知る。最初から最後まで初体験で満たしてくれる素晴らしいコースだった。

面白い体験だった。ジビエという食材の都合上、季節ごとに、というか自然を相手にしているのだからたぶんお店に行くたびに別の体験ができるのだと思う。夕食としては高価だし店舗へのアクセスも非常に悪いのだが、いつかまた行ってみたい。