エルサルバドルにいってきた

中央アメリカの小さな国エルサルバドル。太平洋に面した小さい国ではあるが、米州においては最大の人口密度を誇る有数の世界都市だ。近年では世界で初めてビットコインを法定通貨として定めた国としても知られている。

私が近くの国ベリーズに滞在している折、ベリーズからエルサルバドルの首都サンサルバドルに行くごく短い距離の直行便が就航しているのを見つけた。エルサルバドルは長年の内戦と政情不安による貧困や暴力事件の蔓延する、いわゆるNorthern Triangleの中でもぶっちぎりに治安の悪い国だ。人口に対する殺人件数が数年連続で世界最多を記録している国への旅行と思うとすこし躊躇するものの、旅は行けるうちに行っとけという金言を思いだす。行ってみることにした。

El Salvadorというのはスペイン語で救世主という意味だ。首都San Salvadorは聖なる救世主を意味し、16世紀にスペイン軍がこの地に砦を築いたとき、神への感謝を込めて命名したという。その地名が独立時に国名として採用され、語頭のSanが冠詞のElになった。国名と都市名が似ているのはこのような経緯による。

なかなか揺れる怖いフライトだった

ベリーズから飛んできためちゃくちゃ小さいプロペラ機を降り、同国最大の空港であるエルサルバドル国際空港に降り立つ。首都サンサルバドルの中心部からは50km以上離れているというかなり不便な空港で、街と結ばれている鉄道やシャトルバスがあるわけでもない。ただこの国は極端に交通費が安いので、路線バスを使えば1-2ドル、Uberを使っても20ドルくらいで移動できる。私は事前にタクシーを一台ネットで予約しておいた。

駐車場代を払うドライバー氏。あとで請求されるのかなと思ったがされなかった

アライバルゲートからでてくる私に遠くから声をかけてくるドライバーは、私の名前を書いた紙を持ってベンチに座っていた。見知らぬ土地で、さらに治安もあまりよくない地域で、加えて今夜のホテルまでも遠いとなれば、タクシーを事前予約してフライトの到着時刻にあわせてピックアップしてもらえる安心感は何物にも代えがたい。35ドルもしたが、これは許せる。

8人くらい乗れる白いバンに私一人とスーツケースを一つ乗せ、空港から市街地までをひた走る。道路はまっすぐ伸びており、路肩にはココナツを売っている屋台がぽつぽつと見える。ホテルまでは1時間、安全な車内から街をみて楽しもう。

念のためサンサルバドル市内で最も治安が良いとされるソナ・ロサ地区のホテルを取っておいた。周囲には大使館やラグジュアリーホテルもあるし、私の泊まるところも適当にとったホテルのわりにセキュリティはしっかりとしており、エントランスは常に施錠されていて、都度警備員に開けてもらう仕組みになっている。これなら安心だ。

エルサルバドルでは季節によって時折強い雨が降ることがある。何日も続く日本の雨とはちがってごく短時間で上がるものの、しかし雨天となればホテルにこもっている時間も増える。多少なりちゃんとしたホテルを取っておけば雨の日もそれなりに快適に過ごすことができるので、雨期に訪れるのであればすこしホテルのグレードを上げてみるとよさそうだ。

中心地

この街の繁華街には大量の警官がいる。犯罪都市サンサルバドルの治安維持には日本政府も協力しており、警察庁や都道府県警による研修や専門家の派遣を通じて支援しているらしい。武装した警察官が10mおきに配置されているような街で犯罪に巻き込まれることもないだろうとは思うが、それだけの警官を配置しなくては維持できない治安もあるのだろう。

メトロポリタン大聖堂

Palácio Nacional de El Salvador

広場にはエルサルバドルの独立200周年を祝うモニュメントがある。50年前まで政府庁舎だった国立宮殿と大聖堂がともに見下ろすこの広場が街の中心だ。ハトはたくさんいるが、ゴミが落ちているような様子もなく、非常に清潔だ。

南米でよく見かける柱廊

カラフル

治安が悪いと言っても、破壊された家屋があるわけでも、燃やされた車があるわけでもない。西ヨーロッパで見られるような落書きで埋め尽くされた壁もない。ごく普通の中南米の都市風景である。

フィリピン度90%

街の風景はフィリピンの都市に似ている。同じようにスペインの支配下にあった国だからかもしれない。太平洋を隔てて大きく離れた国であるにも関わらず、このような類似性を見いだしてしまうことにかつて隆盛を誇ったスペイン帝国の威光を感じる。かつてはこの国もまた太陽の沈まない国の一員だった。

Photo by Viccky Sanchez, CC BY-SA 3.0

わたしが行った際には閉まっていたのでWikipediaの写真を貼るが、この街の著名な観光スポットに「イグレシア・デル・ロザリオ」がある。いつか再訪するときには見れるといいな。

エルサルバドル人は入場料1ドル、外国人は10ドル

アメリカ大陸においてエルサルバドルの周辺はマヤ文明の前身であるオルメカ文明の影響下にあり、先コロンブス期から現代に至るまでの非常に長い歴史を持つ。マヤの持つ豊饒な文化と、地震や噴火、加えてスペイン軍による征服、紛争、枚挙に暇がないほどの苦難に満ちた長い足跡を俯瞰できるこの博物館はオススメの観光スポットだ。

エルサルバドルのローカルハンバーガーチェーン

サンサルバドル市内の観光地として評価の高い植物園がある。驚くほど美しいと聞いたので行ってみることにする。中心地からすこし離れるのでタクシーで向かおう。

Jardín Botánico Plan de la Laguna

入場料は大人1.5ドル

カシューナッツが木になってるの、初めて見た

結構広い敷地の中に、よく手入れされた熱帯植物がところせましと栽培されている。散策するだけでもかなり楽しい。気の抜けないこの街のオアシスだ。緑に癒やされながらのんびり過ごそう。

治安

エルサルバドルという国は非常に治安が悪いというのは先に述べたとおりだ。外務省の安全情報では首都サンサルバドルに対して「不要不急の渡航は止めてください」と発出されている。「各地で殺人、強盗、恐喝、暴行、性犯罪、窃盗、違法薬物売買等が発生しています」とか「2022年には、3月25日及び26日の2日間で約80件もの殺人事件が発生」とか「訪問する際は、目立たず、行動を予測されないよう注意してください」などと警告されている国なのだ。

エルサルバドルのビール、スプリーマ

そのような不穏な言葉が踊るページを見ていたため、こうしてこの街に滞在することに少し緊張していたのだが、私の滞在は大きなトラブルもなく過ごすことができた。少なくとも観光客がいくようなエリアについては同国は治安維持に力をいれている。きれいなレストランで地元のビールを飲みながら、落ち着いて夕食を食べたりするくらい全く問題ない。とはいえ統計的には凶悪犯罪の発生件数が多く、この街の治安が悪いのは厳然たる事実であり、特に安全だと吹聴したいわけではない。優れた文化を持つ素敵な国ではあるが、やはり当面は渡航を控えた方が良いと思う。

エルサルバドルにもICHIBAN

私がエルサルバドルに訪れたタイミングは同国の非常事態宣言が発令してから(この記事を書いている2023年2月時点でもまだ発令中)で、それはCOVID-19ではなく犯罪組織に関連する殺人が急増しているためだった。宣言下では警察は令状なしでの逮捕が可能になり、さらに逮捕された人は弁護士を依頼することもできないというストロングスタイルの治安改善活動が実施されている。結果としてこの一年で64,512人もの容疑者が逮捕、その大量の容疑者を全員収容するためにエルサルバドル政府によって世界最大の刑務所も新たに建設され、2023年から稼働している。人口700万人の国で約7万人、国民の1%が犯罪組織の組員なのだ。……世界的に見てとても治安のよい場所で生まれ育つことの多い日本人にとって、エルサルバドルはとにかく信じられないくらい治安の悪い場所であることは理解しておこう。

街のウェンディーズには制服をきた地元の高校生がやまほどいた

もちろんサンサルバドルの街にもたくさんの人が住んでおり、日々の暮らしを営んでいる。攻撃的な言葉を投げてくる人もいたが、私が直接話した人たちはみな礼儀正しくまっとうだった。怪しげな人混みや路地裏ではちょっと恐怖を感じるものの、そういった場所はこの国でなかったとしても本来当然に避けるべきだし、適切な防犯対策を怠らなければ観光することはできる。

街も清潔だし食事もおいしい。周囲の国に比べれば世界的な観光名所は少ないとはいえ、見るべきところはいくつもある。興味があれば用心して行ってみてもいいかもしれない。