ツバルにいってきた その2
その1はこちら
せっかく手に入れたスクーター。一日20ドルするレンタル代金の元を取るためにもたっぷり乗りまくろう。とはいえこの島で乗りまくっても行けるところは限られている。北と西に延びる細長い環礁を貫く一本のメインロード。そしてその脇の滑走路。走れる場所は概ねこの二カ所である。午前中に出発したならその日の午前中にすべて走りきることができるだろうし、お昼を挟んで午後にまた3周くらいしても夕暮れにはほど遠い。この国は狭いのだ。
この島にくるすべての観光客がそうであろうが、観光スポットのないこの国で私もとくに目的地がなかったのでとりあえず環礁の先っぽまでいってみることにした。
Vaiaku地区からバイクで10分ほど、歩いても1時間たらずで島の西端にたどりつく。信号もないし島内を走るクルマもわずか。舗装されていないところもあるが一本道なので移動は難しくない。
先端まで行ったところで別に何かのモニュメントがあるわけでもなく、お店や人家があるわけでもない。人工物はなにもない自然のままの美しい浜辺だ。海水で環礁は分断されているものの、遠浅なので歩いて隣の陸地にいくこともできそうだ。
ツバルは太平洋のど真ん中に位置しており、周囲1000キロにわたって大きな都市もない。この極小の島が周囲の海洋に与える影響も限られているため、ツバルの周囲の海はとても澄んでいる。
環礁は天然の防波堤とも言える構造になっていて、太平洋側の海は深い青をしており波も荒い。外洋の潮流にさらされ生まれる絶え間ない波濤もまたツバルの国土を削り続けている。環礁という土地の宿命である。
通信・郵便
すべての通信を衛星通信に頼るほかないこの国のインターネット環境は劣悪で、ごく最近になるまでメールの受信すらままならないほど遅く不安定だったらしい。いまでも固定回線はたった160kbpsで月1万円を超える価格だし、町中で使えるようになったモバイル回線も人口が1万人の国をマーケットにしたい事業者なんてどこにもいないため、あまり豊かでないこの国においてまったく気軽でない贅沢品となっている。
そんなツバルも2024年よりStarlinkが全土で利用できるようになった。高速通信がリーズナブルに好きなだけ利用できるツバルで唯一の通信手段であるため、町を歩くとそこかしこで例の白いアンテナを目撃できる。たぶん世界で最もStarlink利用者密度の高い町であろう。
ツバルにも郵便局がある。多種多様な切手が発行されていることで(一部界隈で)有名だ。資源のないこの国の貴重な外貨獲得手段としてツバルとなにも関係のない意味不明なデザインの切手ばかりがひたすら発行され続けており、郵便局の局舎内にはそれらが壁一面に掲示されている。内部の撮影は禁止されているが、これといった見どころのないこの国ではかなりパワフル寄りの観光スポットだ。涼しい郵便局のなかで謎の切手を眺めよう。
ところで、ツバルにはこのような郵便局はあるが住所と言えるものは存在しない。名前がついている道も限定的だし、国内の建物に番号が振られているわけでもない。そのため地元で名の知れた企業や政府施設宛てならまだしも、個人に対して手紙を送ったところで確実に受け取れるという保証もなく、多くの国民は日常生活で郵便サービスを個人的に利用することもなかった。
というわけで現在、ツバルはwhat3wordsとよばれる住所のようなものを公的に導入している。これは地球の全表面を3メートル四方に区切り、それぞれのマスに3つの英単語の組み合わせを割り当てるというジオコーディングシステムだ。laughs.tanks.finer
のようにあらかじめ定められた不変の3単語が手紙などに書かれていれば住所のない場所にもピンポイントで送達することができる。草原ばかりで目印の無いモンゴルの新たな住所システムとして活用されていることは知っていたが、まさかツバルでも使われていたというのは思ってもいなかった。
ゴミ捨て場
人間が生活しているとゴミが出る。ツバルも外国からたくさんの物資を輸入し、国内で使い、ゴミが出る。ビールを飲んだら空き瓶がうまれ、缶詰を食べたら空き缶がうまれる。それらは島の中でリサイクルすることもできず、環礁の北端にあるゴミ捨て場に溜めこまれている。
極細の国土を貫く一本道を北上するだけなので簡単にゴミ捨て場に到着する。まごうことなくゴミの山だ。立ち入り禁止となっているわけでもないし、ゴミ置き場を見張るような人なんか当然いないので普通に誰でも見物できる。これまで東南アジアやアフリカのスラムで見てきたそれとまったく同じものが、青く美しい海を背景にして存在している光景はかなり異様だ。
ゴミ置き場の片隅には小さな焼却炉もある。しかしこれも長いこと使われていないらしい。海風に晒され錆びついている。本来なら、たとえば血液のついた医療廃棄物のような感染リスクのあるゴミは焼却なり溶融処理なりをしなくてはならないが、そういったものもかわらずそこらへんに積み上げられている。ゴミがたまってきたら少し移動して別の場所に捨てたり、プラスチックごみならガソリンをかけて燃やして嵩を減らしたりしているようだ。
かつてツバルの人々はバナナやタロイモやココナツなどを主食としていたため、生活を送るうえで生まれたゴミは家の裏にでも放り投げておけば自然に還っていった。しかし現代人の生活に大量のプラスチック製品は必要不可欠で、このツバルでそれらは使用後リサイクルされることもなくひたすら雨ざらしにされつづけている。処分場を作る土地もなければ遠く離れた他国で処分してもらうコストも捻出できないこの国にとって、ゴミ問題はもはや完全に詰んでいるのである。ツバルに漠然と持っていた「暖かく、陽気で、美しい自然のあふれる南太平洋の島」という幻想の舞台裏を覗いてしまったような気がした。
つづく