中国・上海に行った 1 (茨城空港からの出発)
未踏の最終成果報告会が終わり、企画していた打ち上げも素晴らしいものにできた。残りのタスクは報告書をIPAに提出することだけだ。強い緊張感の中で日々作業していたこれまでの生活とはうってかわって、だいぶ落ち着きを取り戻したように思う。そうなると私のほとんど唯一の趣味でライフワークとも思っている旅行への欲求が膨らんできた。なにしろ1年も海外旅行へ行っていないのだ。未踏期間中に一度友人を訪ねて真夏に灼熱の愛媛まで行ったことがあったけど、あまりにも暑く、また友人の仕事の都合上そんなにたくさんの観光地を回ることもできなかった。
またどこかに行きたいなぁ、どこに行こうかなぁと思いながら報告書を書いていると、ふとしばらく前に見たネットニュースの記事を思い出した。それは、利用者があまり多くない茨城空港を支援するために東京駅から茨城空港までのバス運賃を500円に設定したというものだ。茨城空港は成田空港よりもさらに北にあるLCC向けの空港で、近くに鉄道も通っていないこともあって開業当初から陸の孤島と揶揄されていた。事実上アクセスの手段はバスしかないのだけど、いくらなんでもその値段が500円というのはすごい。東京から成田まで行くのには鉄道なら1000円は軽くかかるし、最も安く行ける手段は予約制の京成バスだけどそれでも900円はかかる。倍以上の距離があるのに安価に行けるこの手段は魅力的だ。とはいえ茨城空港から出ている便は限られている。LCCだけなので国内便と中国韓国だけに行ける。中国。そういえば5年ほど前に少しだけ行ったきりの場所だけどちゃんと観光できたわけではない。航空券の価格を調べてみるとなんと往復で6800円だという。もはや自宅から地下鉄で東京駅へ、そこから茨城空港に行って上海までを往復しても1万円で充分お釣りがくるのだ。北海道に行くよりもだいぶ安い。気づいたら私は翌日発の茨城空港発上海行きの飛行機のチケットを買っていた。
当日、いつものように起床して地下鉄で大手町駅まで向かう。大手町駅と東京駅は地下で繋がっているのでそのまま東京駅八重洲口まで出てこれる。八重洲口では茨城空港行きのバスを待っている人々が数名列を作っていた。主な客は中国人のようだ。上海からの旅行者が多いのだろう。バス停でチケットを確認している女性は日本語と中国語を両方話している。10分ほどでバスは来た。乗務員に飛行機のiteneraryを見せ、500円を硬貨で支払う。本当に500円で乗れるとは。出発時刻になり、東京駅を離れるとバスはすぐに高速道路に乗る。そしてバスの高い車窓から東京の街を眺める。一時間もすると建物は少しずつ減っていき、そして空き地が目立ってくる。単調な景色に飽きて居眠りしていると、目覚めた時には空港の間近だった。初めて来た茨城空港の印象はずいぶん狭いなぁという一点に尽きる。滑走路は一つしかないし食事のできる店は1店舗しかない。空港の食事は大抵高いのが普通だけど、ここはLCCメインの空港であるからか驚くような値段にはなっていないが、なにしろ店はこの一つしかない。選択肢は与えられていないのだ。 その唯一の店に入ってビールを頼む。店の窓からは駐車場が見える。2月の寒い朝だけどよく晴れて眩しい。展望デッキからは滑走路をよく見渡せる。成田や羽田のように航空機が渋滞していることもない。滑走路の向こうには山が見える。かなりの田舎なんだろう。のどかなところだ。
ノートPCを開いてVPNを作っておく。上海は金盾と呼ばれるインターネット検閲システムの内側にあり、例えばfacebookやtwitter、GoogleやDropboxなどには接続することができない。その仕組みを回避するための手軽な方法がVPNによる暗号化したプライベートコネクションを作ることだった。 そんな感じで時間を潰していると搭乗手続きの時間になった。手荷物検査も出国審査も搭乗ゲートも距離が近くてサクッと終わる。本当に3分たらずで終わった。とても快適だ。利用者の多くは中国人で、日本人はかなり少なく見える。韓国人と日本人は見た目が違うので判りやすいが、中国人と日本人は似ている。ただ少し賑やかにしている人が多い。そんなことを考えていると、搭乗の時間になった。アジア人ばかりの国際線に乗り込み、あまり広くないがそれなりに快適なシートに座る。春秋航空に乗るのは初めてだ。何度乗ってもワクワクする離陸の瞬間を体に感じ、3時間あまりのフライトを寝て過ごす。
…つもりではあったけど、実際のところ私は昼間に寝る習慣がないので結局起きていた。海を越え、山を越え、眼下に広がる中国大陸を眺めているといつの間にか飛行機は下降を始めていた。上から見た長江かなんだかよく分からない川はかなり濁っている。汚濁しているというよりかは粘土質の成分が強く混じったような色合いだ。黄土色の水は海に流れ出て青と茶色が混じり合ってかなり不気味に見える。
そんなこんなで上海の浦東国際空港に到着した。ここからはリニアモーターカーに乗って上海市内に移動する。地元の人にとってはリニアは高価であまり使っていないようだけど、いまだ他の国では珍しいリニアは心を強く惹かれてしまった。地下鉄のフリーパスとセットになっているカード式の切符を購入し、すでに到着していたリニアに乗り込む。英語ではMaglevと呼ばれるという事実はこの時始めて知った。リニアという言葉はほとんど和製英語であるらしい。
何かと評判の悪い中国の高速鉄道だけど、リニアは実際のところなかなか素敵な乗り物だった。やはり速度はすばらしい。しかし日本の新幹線の方が最高速度ははるかに速く、世界最速の鉄道たるフランスのTGVに比べたらまだ数百キロ毎時ほど劣っているようだ。リニアモーターカーを建設したのは費用や速度のバランスを見て決定したというよりかは、どちらかといえば最新の技術を開発・運用しているという国力のアピールに近い気がする。とはいえ上海の一つのアトラクションとしてはとても楽しめるので、訪れたら是非一度乗ってみてもいいと思う。往路をリニアで、復路は普通に地下鉄やバスを使うという方法でもいいかもしれない。
リニアは空港と上海市内を結んでいるものの、実際には上海の中では不便な位置に駅があり、上海駅には直接いけない。ちょうど東京モノレールが東京駅ではなく浜松町のような不便な場所にあるように、ターミナル駅へは更に地下鉄で移動が必要になる。
それなりに時間はかかったが何事もなくたどりついた上海駅。めちゃくちゃ広い。駅の南北方向への移動も苦労する。理由はわからないが中国はどこにいっても大きく駅名をアピールする。日本にも大きな駅はたくさんあるが、東京駅だって大阪駅だって名古屋駅だってわりに控えめだ。豪奢な建物でも駅名はさりげない。上品だけど写真映えしないとも言える。その点上海はなかなか強烈だ。金色って。サイズ感もすごい。
昨日の時点で上海駅から徒歩15分かそこらの場所にホテルを予約した。荷物も多いし、いったんそこへ行ってから観光を始めることにする。ホテルに着く頃にはすでに夜七時ころだった。日も暮れたし、上海でいちばんの観光スポット「外灘(The bund)」にむかうことにした。とんでもない夜景が待っていることだろう。
目的地へは地下鉄で向かう。プラットフォームにはちゃんとホームドアが設置されており、かわいらしいマナー啓発のステッカーが貼られていた。
夜の上海は活気がすごい。ケバケバしいといえなくもない大量のネオンサインが輝いている。サイバーパンク的というか、押井守的というか、とにかくなんだかわくわくする。
適当に目についた飲食店で雑な晩ご飯にする。パリパリの肉まんみたいなやつ、すげぇおいしい。もちもちした半透明の麺料理、すげぇからい。
そしてついに外灘につく。たくさんの人が写真をとっている。そりゃそうだ。こんなすごい夜景は世界中どこを探してもなかなか見つからない。そりゃ東京だって大阪だって、マンハッタンだってロンドンだって夜景はすごいものだけど、上海のはそれらとはいくぶんことなる。色使いが異常に豊富なのだ。形も豊富で単純な直方体はむしろ少ない。マカオのような雰囲気もあり、また香港のような雰囲気もあるが、やはりそれらとはことなる。すばらしい光景だった。
つづく