アルバニアにいってきた

無事に到着したが、アルバニアはEUの国であってもシェンゲン協定の範囲外なので国境、今回でいえば港のブースで入国審査が実施される。問題があるとは思わないが、毎回こういうのは不安になる。

不安は無駄に終わり、なんの障害もなく入国できた。なんで毎回不安になるのかというと、入国管理や出国管理においては審査される側は完全な無力だからだ。審査官の胸三寸ですべてがきまる。そのうえなんらかの問題が起こったときに失うものが大きい。友人や家族や恋人と来ていたならばその人たちにも迷惑がかかるし、たとえ一人でもその後の予定が大きく狂う。これまでロシアとマカオで問題が起こった。結果としては乗りきったけど、やはりスムーズにことが運んでくれるよう毎回強く祈ってしまう。

デュレス

事前にネットで調べた限りでは、アルバニアは特にこれといった名所があるわけでもないらしい。90年代まで鎖国していたこともあり、ヨーロッパ最後の秘境とも称される極めて異質な国だ。瀟洒なブランドがあるわけでもないし、国家を支える盤石な工業があるわけでもない。最貧国なんて言われても、それを挽回するための手札が無いのだろう。

魅力的かといわれると難しいところだが、街中にはちゃんと遺跡が残っている。とはいえ観光客のために整備されているわけではない。柵をつくって外側から眺められるようになっているだけで、案内板などで解説してはくれない。

うろうろ歩いていると、空腹を感じていることに気がついた。そういえばフェリーに乗っているあいだ何も食べていなかった。朝ご飯がたべたくなりお店を探すがなかなか見つからない。ひたすら歩いていると、なんとか大通りに出られた。さらにその大通りをうろついてレストランらしきお店をみつけた。

お店に入って適当に座っていると、店員のおじさん(店長かもしれない)がメニューを持ってきてくれた。アルバニア語なのでまったく読めないが、真ん中あたりにある文字列を指さして「これをひとつください」とアピールしてみる。

しばらく待っていると、おじさんは暖かいスープとバゲットを持ってきてくれた。

トマトと動物の内臓のスープだと思うが、材料はよくわからない。辛くはなく、しょっぱくもないが、酸っぱいわけでもない。不思議な味のスープだった。

ティラナ

高速バスにのって首都ティラナにやってきた。街で見かけたボーダフォンショップでSIMカードを買う。店員のお姉さんはとても綺麗な英語を話している。アルバニアはそんなに見るものないよ、と自虐的に話してくれた。それでも北部の方は手つかずの自然が残っていて綺麗だと教えてくれたが、交通手段を聞いてみるとバスしかないという。「鉄道みたいなすてきな乗り物はアルバニアにはないの」と笑いながら言っていた。

街は全てが濡れている。アルバニア人いわく冬は雨がたくさん降るらしい。悲しいかな、そんな気候も手伝い街中がぬかるんでいる。この国にはアスファルト舗装されていない地面がとても多いのだ。

さすがに朝のスープだけではおなかがすいてしまった。ちょうど昼時なので、地元の客らしき人々で賑わうレストランに入った。観光客で賑わうレストランがあるかどうかはわからない。店員のお兄さんに「アルバニアン・ビアーはありますか」と聞き、教えてもらったビールと適当に注文した料理をたべる。どれもアルバニア料理らしい。キャベツとオリーブのピクルス、刻んだピクルスをヨーグルトで和えたもの、シシカバブのようなものとパンだ。シシカバブのようなものはびっくりするくらい塩辛かったが、これはこれでビールに合う。

食べ終わって街を散策する。

アルバニアの英雄スカンデルベグの像が広場を見守っているが、この広場自体は工事中で入れない。この広場に建っている国立博物館にも入れないのは残念だ。行くところが本当にない。

雨が強くなり傘なしでは歩けないほどになってきた。戦争博物館によった後はすぐ今日の宿に向かうことにした。

途中みつけた謎の巨大なピラミッド型の建物は昔の博物館らしいが、いまは完全に廃墟になっている。街の中心部に巨大な廃墟がのこっているのは治安や景観の悪化を招くだけなのだが、やはり解体するためにかかるコストとの兼ね合いがあるのだろうか。

予約した宿はなんと朝食付きで一泊8ユーロ。住所こそティラナの中心地にあるが、なかなかすごい雰囲気の場所だ。外壁ははがれているしかなり年季が入ってボロボロになっている。ネットのホテル予約サイトではとても評判がよかったのだけど、個人的にはイマイチだったかな。マスターはいい人だし値段は安いし立地もいいんだけど、とにかくシャワーがひどすぎた。悲しくなるくらい水量がすくない。体全体をぬらすだけでもかなり工夫が必要だ。神社の手水場だってもっと水でるだろ、というくらいのもの。結局暖まることは全くできず、寒さで震えながらベッドにもどった。

翌日のお昼ご飯はケバブをたべた。ヨーロッパにおけるアンパイは常にケバブだ。美味しいし安い。アルバニアビールをつけても300円ほど。

アルバニア・ティラナからギリシャ・イオアイナへ向かう

大通りを歩いてこれからの予定を考えるが、とくにこれといった名所がない街を観光するというのはなかなか厳しいものがある。しかたないので目についた旅行代理店でバスのチケットを買った。

アルバニアの首都ティラナからギリシャの都市イオアイナまで、私が買った高速バスの片道切符はたったの15ユーロ。旅行代理店の取り分、私を旅行代理店からバス乗り場まで運ぶ業者持ちのタクシー代、極寒のアルバニアを走るバスに必須の強い暖房と、それにかかる燃料費、運転手や車掌の人件費などなど。10名に満たない乗客が支払うチケット代だけでまかなえるとはとうてい思えない。これで売り上げがたつのだろうか。バスは1日2便、往復で営業できるとして1日に480ユーロ。うーん、無理では…。

長旅になるのでお昼ご飯代わりにすぐ近くの店でパニーニと水のボトルを買う。温かい料理は心を勇気づけてくれる。水のボトルはできるだけ飲まないように気をつける。このバスにはトイレがついていないのだ。3時間に一回くらいのペースで休憩を挟んでくれるけど、念のため。

バスの車窓から眺めるアルバニアの景色は、やはりどこか発展途上国の雰囲気を強く感じてしまう。アルバニア人はいい人ばかりだったけど、都市としてはとても退屈だった。優秀なアルバニア人は他の国へ流出してしまっているのだろう。アルバニア人コミュニティは世界中にある。

国境の町・カカヴィア

ティラナを離れるとほとんど建物が無くなる。人もほとんど歩いておらず、渋滞にもならない。たまに思い出したかのように廃墟同然の建物が現れるが、それが営業中のお店なのか、捨てられた廃屋なのかもよくわからない。遠く見える雪をかぶった山をみるに、かなり寒いだろうなというのはわかる。だれも都市から離れたなにもない荒れ地に住みたい人はいないだろう。とくにすることもないのでたまに起きたりまた浅く寝たりを繰り返していると、アルバニアとギリシャの国境の町、カカビアについた。

ごく小規模な商店が3つほどならび、公衆トイレもある。ずっとトイレのないバスにのっててちょうど行きたくなったので下車した。男子トイレには鍵がかかっていた。アルバニア語なので読めないが、おそらく「故障中」とでもかいてあるであろう手書きの張り紙がドアに貼られて夜風になびいている。それほど緊急事態でもないのでバスに戻るが、朝まで待つのだったらすこし嫌だなと思った。

バスによる国境越えはこれまでなんどもしてきたが、やはりシェンゲン圏とそうでないところをまたぐときは本当に面倒で時間がかかる。バスの車掌が乗客全員のパスポートを回収してまとめて出国手続きをとる。それはそんなに時間がかからないけど、問題はその次のギリシャへの入国手続きだ。空港と同じように荷物検査があり、返却されたパスポートに判をおしてもらう必要がある。荷物検査を迅速に行うため、すべての荷物はいったんバスのおなかにある荷物入れに納めないといけない。パスポートとスマホ、財布だけをもってリュックサックを乗務員に渡した。

一人一人呼名され、入国管理局のブースに並ぶ。たくさんのバスがあつまる場所なので人もおおい。タカオ・ナイトウとよばれて列につく。20分程度だっただろうか。無事シェンゲン圏に帰ってきたというスタンプを押してもらい、ギリシャに入国できた。

入国後、ギリシャ側には一件のピザ屋しかなかった。ほかに建物はなにもない。おなかはすいてなかったので、建物の外側についているトイレを借りた。地獄みたいな場所だった。洗面台は破壊されており、水がでっぱなし。4つある小便器はうち2つは詰まっているようで嫌な色の水があふれている。Trainspottingという映画の冒頭で、「スコットランド最悪のトイレ」という字幕がつけられた本当に汚いトイレが現れる。薬物中毒による幻覚症状を患った若者がそのトイレに手をつっこんで錠剤を探すというショッキングなシーンがあった(参考:閲覧注意)。さすがにそれほどヤバくはなかったけど、それを思い出すには十分だった。詰まってない小便器をえらんで用をたす。手を洗うこともできないひどいトイレだった。きっと長いこと清掃もされてないのだろう。

ギリシャ・イオアイナ

深夜23時。うとうとしていたところをバスの車掌さんに肩をたたかれて目を覚ました。どうやらイオアイナは近いらしい。バスのなかほどにある出入り口までくるように呼ばれ、すぐに降りた。バスの荷物入れから私のリュックサックを取り出し、渡される。そうしてバスは走り去っていった。降りたイオアイナの街はグーグルマップで事前に眺めていたものとは全く違う。建物がない。降りたのは私一人だけで、風はないけど雪がガンガン降っている。こごえるほど寒い。かなり暗いがよく目をこらしてあたりを見回すと、イオアイナ・エアポートと書いてある建物が30mほどさきにみえる。もしや私は空港まえに下ろされてしまったのか。空港といえば市街地から離れているのは当たり前で、もしかしたらここからかなり歩くのでは、という恐怖をともなうぞわぞわとした感覚に襲われた。急いでスマホを取り出し、GPS機能で自分の位置を確かめる。くらやみに浮かぶ明るい画面が示すには、どうやら自分がいるのは市街地から南に2キロほど離れたイオアニア空港前のラウンドアバウトにいるみたいだった。てっきり市街地のまんなかで下ろされるだろうとばかりおもっていたので、予約したホテルも市街地のまんなかにある。夜遅くの見知らぬ地方都市、雪の降るなか30分以上歩くのか…と絶望的な気分になった。せめてタクシーでも呼べればいいのだけど、イオアイナのタクシーをどうよぶかなんてわからない。しかたない、歩くか! と気持ちを新たにしたあたりで一台の車が後ろから近づいてきた。

黄色い。タクシーだ。助かった。すぐに手を横に伸ばして止まってもらう。5メートルほど先にタクシーは止まってくれた。後部座席にリュックを投げ込み、体をシートに滑らせる。スマホに予約したホテルの名前を表示させ、運転手が知っているかどうかを尋ねてみる。地図をみるでもなくホテル名だけですぐにわかってくれた。よかった。本当によかった。旅行者のサガで、運転手がタクシーメーターを起動させることを目で確認し、料金のカウントアップが妥当であることを確認する。目的地まで5ユーロくらいで行けそうだ。余談だがギリシャでは手のひらを見せることがとても無礼なハンドシグナルなので、タクシーやバスに止まってもらうときには気をつけたい。手のひらを下にして腕を横に伸ばすのが一般的だ。

暖かい車内は快適そのもので、つい数分前までの凍えた体を癒やしてくれる。こんな夜中に空港に用事のある人などいないのに、いったいなんであんな場所で流していたのかはわからない。でも間違いなく幸運だった。運転手は英語を話せる人だった。ギリシャは観光大国だからだろうか、教育のレベルが高いからだろうか、どちらにせよ英語を話せる人がおおい。国によってはなかなか話せる人がいないので、旅行者にとってこの国の便利さはありがたい。公共交通網が発達していない国では英語を理解してもらえないと詰んでしまう。

まもなくタクシーはホテルのドアのまえに止まってくれた。料金は5.1ユーロ。東京の初乗り運賃と変わらない値段だ。けっこうな距離なのに安いものである。アルバニアにあふれる白タクとは違う。メータータクシーは最高だ。お金を渡してタクシーと別れ、ホテルにチェックインする。夜遅かったからか、受付のカウンターには警備のおじさんが一人で座ってた。英語は通じなかったけど、ホテルのチェックインに必要なものなど決まり切っているので問題はない。パスポートを渡し、鍵をうけとり、wifiパスワードと朝食の時間を聞いておく。毎度毎度のイニシエーションは問題なく終わった。

ギリシャ特有の手でドアを開けるエレベーターにのり4階にむかう。定員は大人3人らしい。裕福な一軒家についてそうな、かなり小型のものだ。鍵に書いてある「Γ1」とい部屋番号らしき数字と一致するドアを開ける。

私が普通の旅行で泊まる部屋は、たいてい値段重視のしょうもないところばかりだったので今回の部屋のクオリティには目をみはるものがあった。

部屋が三つあり、薄型テレビが2台設置されている。床暖房が入っており、最初からオイルヒーターが部屋を優しく暖めてくれていた。ベッドは大人二人がゆうに眠れる正方形の大きなもの、ヨーロッパのホテルにありがちな、シャワーを浴びると床がびちょびちょになるひどいものとは一線を画すガラス戸付きのシャワールーム、ミニバーや大きなクローゼット、私には必要ないが電話も二台備わっていた。ひもを引き、窓ガラスの外側にあるシャッターを開けるとイオアイナの街がみえる。

街頭の明かりだけが光る静かな雪の夜を味わうにはぴったりの場所だ。「私はお姫様だったのか…」とおもってしまうようなすてきな部屋に安価に泊まれたうれしさで完全に舞い上がっていた。写真を整理し、クラウドストレージにアップロードする。そのままPCをほっといて、白くやわらかいベッドに下着だけで沈み込んだ。

つづく