シュールストレミングを食べに北海道へいった
二年くらいまえ、くさやという日本の食品を生まれて初めてたべた。おもったよりくさくないな、というのが自分の感想だった。独特の風味がある魚の干物を食べたという印象だけがのこってる。このくさやが世界で5番目にくさい食べ物らしい。それじゃ一番くさい食べ物はなんだろう。まぁ知ってる人もそれなりに多いが、答えはシュールストレミングだ。Wikipediaによれば、くさやの6-7倍くさいらしい。悪臭の強さが数値で比較できるというのがどういうことかいまいちわからないが、ともかく世界の様々な食べ物のうち、ぶっちぎりでくさいらしい。現在ではインターネット上のいろいろなところで食レポが掲載されていたりYoutuberがたべたりしているので、意外とまわりに食べたことのあるひともいるようだった。しかし私は食べたことがない。
チャンス到来
シュールストレミングのはスウェーデンの特産品で、それ以外の国では作られていない。なのでネット通販以外で入手することは難しいのだけど、一缶5000円とか6000円もするし、そもそもひとりでこんなの注文して河原で「くさいなぁ…」っていいながら割り箸でつつくのはさみしい。というかただの異常者だ。通報される。いつかなんかの機会に食べられたらいいなぁと思いつつ、とくになんのアクションも起こさずに過ごしていた。
「なんかの機会」というのが近づいているというコトに気がついたのはしばらく前のことだった。北海道にある「スウェーデン交流協会」というところで毎年シュールストレミングの試食会を開いているという。これはもう申し込むしかない。そして申し込んだ。試食会は日曜日。せっかくの遠出なので金曜の夜に札幌について土曜日一日を観光に使うことを考えた。大学時代に北海道は一周しており、札幌の観光名所は全部回りきってしまった。なので札幌を拠点に一日つかうくらいの場所となるとあまりない。余市も小樽も函館も旭川も帯広も稚内も釧路も行ってしまった。どうしたものだろうか。そんなことを考えながら札幌のホテルを探してみると、これがどこも空いてないのだ。まぁ正確にいえば日本航空とかJRがやってる一泊2万円くらいの部屋しか空いてない。交通費より高いじゃないか。さすがに高すぎる。夏なので北海道にとっての繁忙期なのは間違いないし、そのうえ週末なんだからわからなくはないが、まさかあれだけの大都市で部屋がなくなるとは。こまったことになった。試食会はもう申し込んでしまったし、航空券だって買った。ネットカフェは嫌だなぁ。いやいや、私はプロ旅行者だ。ホテルがないなら夜行バスに乗れば良いじゃないか。宿泊費を浮かして遠方の観光をしよう。
さくっと札幌発どこか行きのの夜行バスを探してみる。案の定道内しか結んでいない。なんて巨大な島だろう。網走や釧路、函館や知床といった一回行ったことのある有名どころと札幌を結ぶ夜行バスはあるが、それ以外の都市を結ぶ多くの高速バスは昼行便として運行している。宿泊場所の代わりに夜行バスを使うのだから、昼行便では嬉しくない。となると必然的に選択肢は少なくなり、私の場合は根室だけが未踏の地だった。
根室へ行こう
夕方発の便で関空から新千歳空港へ向かう。そして快速エアポートで札幌駅へ。成田に負けず劣らず新千歳空港も遠いのだ。乗車時間およそ40分をかけて到着した。9月の頭なんてまだ東京も大阪も結構暑いが、札幌はそうとう涼しい。街全体に空調が設置されているかのようにきもちがいい夜だ。札幌に住む古い友人と一緒に遅めの夕食をとり、車でさらっと街をまわってもらった。人でごった返す金曜夜のすすきのや、人が減ってひっそりとしている札幌時計台、どことなく上品なたたずまいのテレビ塔なんかを見て回ることができた。根室行きの夜行バスが出発するのは「大通バスセンター」というところ。念のため出発時刻の30分ほど前に乗り場へ向かった。ここから北海道の各地へ向かう高速バスが出発するのだ。いま考えれば青函トンネルは鉄道トンネルなので、どちらにせよ本州へむかう高速バスがあるわけない。
ところが10分前になってもバスが来ないしスタッフらしき人もいない。そして根室いきと書いてある看板なんかもない。焦ってきた。バスの予約確認メールに記載されている電話番号に掛けてみてもつながらない。街ゆく人に尋ねてみても、この建物が大通バスセンターで正しいとみな言う。こまりはてて予約確認メールの集合場所をスマホの地図アプリで開いてみると、近くにもう一つバスターミナルがある。なんだこれはと思いビルの外に出ると目立つ文字で「札幌バスターミナル」とある。どうやらこれは表記のゆらぎではなく、自分がいま別のバスターミナルにいるということを表しているらしい。幸いにももう一つのバスターミナルは歩いて10分もしないところにある。きっとバスが待っているのはもう片方のバスターミナルなのだろう。スマホの地図を頼りにテレビ塔の脇を走って向かった。なんでこんな近くに紛らわしい名称のバスターミナルが二つあるのだ。まったくもう。
案の定、室駅いきの夜行バスはドアを開けて最後の乗客である私をまっていた。なんとか出発時刻の2分前にシートに座ることができた。助かった。ホテルがとれなかったから夜行バスを予約したのに、結局乗れなかったら深夜の札幌でひとりぼっちになるところだった。久々に気をもんだ。
急いで乗り込んだ車内は3列シートの良くあるタイプの高速バスだった。残念ながら(本当に残念だ)座席に電源はない。私は気にしないが座席を仕切るカーテンもないし、途中で止まる休憩もない。見知った街から遠く離れた高速のSAは、なんともいえない旅情があって好きなのだ。それがない高速バスはあまり好きじゃない。車内は空席が目立っている。私は後部の右がわのシートだったが、周りはすべて空きだった。車内灯は出発してまもなくで消灯となる。それなりに夜遅い時間だ。スマホをモバイルバッテリーで充電し、分厚い毛布をかぶって寝る体勢に入る。普段乗る夜行バスだとブランケットが渡されたりするが、毛布というは北海道らしい。きっと真冬は暖房をいれても結構気温が低かったりするのだろう。
夜中なんどか目をさます。バスは一定の速度で東へ進み続ける。分厚いカーテンの隙間から覗く外の世界には信号も対向車もなく民家の放つ光もない。たまに思い出したかのように現れる街灯のほかはなにも見えなかった。このときバスの暖房の温度設定が異常で、酷く暑かった。カーテンをすこし開けると外気で冷やされた窓ガラスからつめたい空気が流れてきたのでそれを体で受け取る。あほみたいに暑い車内の空気と混じり合いちょうどいい気温になる。カーテンをすこし開けるだけでこれだけ冷気が入ってくるのだから、外気温はかなり低いようだ。
根室到着
朝、目を覚ますとすでにバスは根室市へ入っていた。到着は近い。ちょっとまえから考えていた根室市内観光スケジュールを頭に思い浮かべながら終点の有磯営業所で始発のバスを待つ。この根室旅行でどうしても行っておきたかったのは、やはり日本本土最東端の納沙布岬(のさっぷみさき)とラムサール条約に登録された春国岱(しゅんくにたい)だ。しかしこの二つは根室市街地を中心として真逆の方向にある。
根室のように観光地が分散した街では普通レンタカーでも使って回るのが定番だろう。しかしペーパードライバーの私にはハードルが高い。車の運転が嫌いなのだ。となると公共交通機関を利用してまわることを第一に考えるが、どのバス路線も1-2時間に一本しかないし終バスの時刻がかなり早い。慎重に順路を設計しないとかなりこまったことになるのは明白だ。事前にバスの時刻表をいくつも準備し、うまく回れるようなルートをつくりあげた。路線バスだけでは効率よく回れず、途中空港連絡バスまで使うことになってしまったが、日暮れまでに帰りの夜行バスの出発地点である根室駅までは問題なく戻れるプランができあがった。余談だが、地元の根室交通という会社は「のさっぷ号」という観光遊覧バスを運行している。ただこちらは春国岱自体は観光できず、ちかくにあるネイチャーセンターまでしか行けないようだった。しかし他の観光名所も効率よく回れるルートになっているので、根室をざっくり観光するのにはもってこいに思える。
始発のバス発車まえに、営業所の窓口で一日乗車券を購入する。値段は2040円。根室市街地から納沙布岬までが片道1010円なので、納沙布岬観光とプラスアルファなら間違いなくお得だ。
春国岱
定刻になりバスは乗客私一人だけを乗せて終点の厚岸を目指して走り出した。私は途中のバス停「東梅」で下車する。春国岱の最寄りバス停なのだ。そこから歩いて5分ばかりのところに春国岱の入り口がある。春国岱じたいはかなり広く、またトレイルが整備されていないところも多い。途中からは直接砂地のうえを歩いて行く。どこを歩けばいいのかはよくわからない。なんとなくうろうろふらふら歩いて行った。
立ち枯れした木々がぽつぽつと立っていたり、高潮で破壊された古いトレイルが残っている。なんともいえない空気感がある。まだ早朝ということもあり観光客はだれもおらず、風と波の音だけが響く殺風景な空間だ。冷涼な風とすぐ近くを無関心に歩き回るエゾシカの親子が、なんだか自分が遠い国にひとりで立っているような気持ちにさせる。海風に吹かれながら朝食代わりの缶ビールを飲んだ。
納沙布岬
春国岱から根室市街地までの路線バスが次にくるのは3時間近く後だった。なのでここで中標津空港からの連絡バスにのることにする。ふだん空港連絡バスに途中から乗る人は多くないだろうが、根室交通の公式サイトには途中からの乗車もできると書いてあった。便利だ。しかし路線バスではないので一日乗車券の範囲外になってしまう。さしたる距離じゃないけど片道700円くらいする。そうして着いた終点の有磯営業所から、こんどは納沙布岬行きの路線バスに乗り込む。今度のバスには結構たくさんの人が乗っている。みな納沙布岬に向かう観光客のようだ。高齢者ばかりだった。
バスは読めない地名がつけられただだっ広い平野を走って行く。珸瑶瑁(ごようまい)という地名はアナウンスがあるまで読み方がわからなかった。見たことのない漢字だけで作られた熟語をみかけるのは久しぶりの感覚だ。そんなことを考えながら車窓を眺める。45分ほどでバスは終点の納沙布岬に到着する。
納沙布岬にはすでに観光客がちらほらあるいていた。日本本土の最東端を示す碑があったり、まだ返還のかなっていない北方領土への思いを込めたモニュメントがたくさん置かれている。海から吹き付ける風は強く冷たく、海鳥が曇った空を飛び回っている。海の上にはロシアによる管理区域を示すブイが浮かんでおり、遠く水平線とかぶるように歯舞群島の一つ、水晶島や貝殻島灯台がみえる。天気の良い日にはほかの島も見えるようだ。
強い風によって海は荒れている。波が岩場に打ち付けられて白く泡立っている様子がよく見えた。近くの灯台のわきには海鳥を観察するための小屋が設置されており、季節によっては様々な野鳥が観察できる名所だという。
根室の名物ともされるものにさんま丼がある。納沙布岬にある飲食店はそれほど数が多くないのですぐに見つかった。せっかくだからと食べてみることにしたが、まず驚くのがその値段。一杯1300円だ。けっこう高い。普段なら買わないが、まぁ市街地から45分もかかる場所なんだから多少高くなっても仕方ないのかもしれない。富士山のカップ麺が高くなる理論だろう。そんなことを思って食べてみたが、これがなかなかおいしかった。脂がのったさんまは冷凍物ではなく近海でとれた旬のものだそうだ。いまどきの冷凍技術なら味が落ちることなんでそうそうないだろうけど、やっぱり根室の海でとれたさんまを贅沢にそのままどんぶりにしているというのは嬉しくなる。食べ終わるのがもったいないかった。次に根室に来ても再訪したい。
納沙布岬周辺には北方領土の返還を願う人々によって設置された大きな日ロ友好のモニュメントや展示があり、近くには複数の資料館もある。展示はやはり日本語と英語とロシア語で案内されており、欧米からの観光客のすがたも見受けられた。私も資料館に置かれた北方領土返還の署名に自分の名前を記入し、一人の日本人として我々の祖先が住んでいた土地がまた日本の領土にもどることを祈っている。
日本最東端の駅
私は「最○端」という言葉が好きなのかもしれない。根室には日本最東端の駅がある。東根室駅だ。納沙布岬から戻るバスで降りた場所は根室駅、そこから列車で一駅のところにある。列車の本数は多くないが、ちょうどバス停到着の時間に合っていたので行ってみることにした。根室駅の券売機で一駅分のきっぷを買う。あまり見かけないデザインの券売機だった。大人ひとり片道170円。
駅は列車に乗り込むひとで行列ができていた。高齢のかたがおおかった印象だが、夏休みもあってが輪行しているサイクリストの姿もある。改札をすませてプラットホームにでると、みなすぐ列車のシートに座る。数人の鉄道マニアっぽいおじさんが大きな一眼レフで電車や駅名標の写真を撮っていた。もしかしたら彼らも東根室駅に行くのかもしれない。
列車が発車して数分。あっというまに東根室駅についた。歩いても到着できるくらいの距離しかなかった。さすがに地元のひとは降りないだろうと思っていたが、それどころか誰も降りなかった。私一人が列車の運転手にきっぷを渡し、この日本最東端の駅という肩書き以外とくに特長のない駅に到着した。
駅舎はとくになく、屋根もない。木製のホームに降り立ったのは、もしかしたら人生で初めてかもしれない。小幌駅だって鉄製だった。どう考えても利用者はそう多くないだろう。観光客もおおくないようだ。これほど地味な駅もめずらしいだろう。JR最西端の佐世保駅には先日行った。最北端の稚内は前回の北海道旅行のときに行った。最後は鹿児島県にある最南端の駅西大山に到達すればコンプリートだ。いつ行けるのか楽しみにしよう。
駅の近くには日本最東端の駅をしめす看板があった。いつかまた東根室駅に訪れることはあるのだろうか。
札幌へ戻る
根室駅まであるいて戻ってきた。途中のコンビニで晩ご飯をかったり、中古書店で暇つぶしのための小説をかったりして時間をつぶす。昨日の夜に職場からそのまま札幌に向かい、そして夜行バスに乗ったのでいい加減シャワーを浴びたくなった。調べてみると歩いて20分くらいの場所に銭湯があるらしい。バスの出発まで3時間ほどあったのでその銭湯まで歩いて行った。こじんまりとした良い銭湯だ。体を洗い、冷えたからだを暖め、ひげをそって歯をみがいた。 この銭湯、なぜかやたら混雑しており脱衣所に空きがないほどだった。なぜかはよくわからないが、近くで大規模な公共工事でもあったのかもしれない。
根室駅前から札幌へ向かうバスは2本あり、一つは20:50発で別海や中標津といったいくかの場所を回って札幌に向かうもの。もうひとつは22:30発で根室と厚床だけをとおり札幌へ向かうバスだ。どちらも同じ時間に札幌駅前に到着する。そのため前者のほうがバスの中にいる時間が長いのだ。夜は根室で特にすることもないだろうと予想し、早く出発するバスを選択した。ちょっとでも長く眠れた方がいいという判断で決めたことだが、その判断はとても正しかったようだ。バスを待っている間に強い雨が降ってきたのだ。土砂降りといっていいレベルの雨だった。
冷たい雨に濡れる根室の街に対してバスのなかは暖かく、同じ乗車地点からの乗客は私と若い夫婦の二人だけだったこともあり静かで快適な空間だった。前日の交通手段も夜行バスだし、一日中歩きまわって疲れがたまっていたのだろう。目が覚めたときにはバスはすでに札幌市内を走っていた。
朝日に照らされて街は輝いている。
あさごはん
実のところそれほどおなかは空いていなかったが、札幌駅構内の売店で気になる品物があった。北海道の原料を使用したさっぽろ厚焼きたまごサンドだ。こんなの絶対にうまいだろう。たまごサンドで680円はちょっと高いように感じるが、駅弁としては安価だ。
なんか消しゴムみたいなものが挟まっているな、というのが見た目の第一印象だった。たまごやきの部分がわりとみっしりしていて空気の入るような穴がない。ただ食べてみるとこれがまぁうまい。パンもタマゴも札幌の有名店で提供されているものだというのが納得だ。たまごやきの舌触りはすごくなめらかで、出汁がきいていてとてもおいしかった。
シュールストレミングをたべよう
さて、ものすごい長い前置きになってしまった。当初の目的であるシュールストレミングの試食を忘れてしまうところだった。シュールストレミング試食会の会場は、札幌から電車で30分ほどのところにある石狩太美(いしかりふとみ)駅から、さらに徒歩50分くらいのところにあるスウェーデン交流協会という場所で開かれる。駅からかなり距離があるので普通はバスか自家用車でいくが、まだ開始時刻の正午には早いので歩いて向かってみた。ひたすら一本道なので迷うこともない。
だんだん北欧の田舎町みたいなおもむきの景色がひろがってきた。涼しい気候も相まって、自分が歩いている場所が日本じゃないみたいに思えてくる。やっぱ北海道はすごいところだ。
会場準備が着々と進んでいるさなかに着いてしまったので、建物の中で待たせていただく。スウェーデンと関係のある展示やスウェーデンの民芸品が売られており、資料として図書を借りられたりするようだ。
会場にはスウェーデンでシュールストレミングを食される際に付け合わせとして出される軽食や、巻いて食べるための薄いパンも提供される。これは嬉しい。さすがに缶詰を開けてひょいとつまんでそのままズルリとたべるのは抵抗がある。
開始の時間になり、スウェーデン方式の乾杯の音頭をとって試食会はスタートした。参加人数は20人ほどだろうか。聞くところによると、毎年参加しているリピーターもいるらしいが、多くのひとにとってテレビで芸人が騒いで口にするアレを、目の前で、しかもこんなにたくさん一度にみる機会はそうそうないだろう。
交流協会のスタッフが大きめのビニール袋に缶と缶切りをいれ、両腕を突っ込んで缶を開けた。
ブシュッっという音とともにすごい異臭があたりを包む。参加者は口々に「うっわ!くっさい!」「げぇ……すごい」「バイオテロ」などと感想をもらす。実際のところ本当にくさく、どう考えてもこの異常な臭気を発する食品が人体の健康に影響を及ぼさないわけないだろうと思った。匂いとしては腐った野菜が近いのかなと思う。タマネギとか、そういうたぐいの匂いが近いと感じたが、人によって感想はかなり異なるらしい。
魚の肉はまだピンク色で生にみえる。事実、製法としては薄い食塩水に頭を切り落とした生のニシンを入れるだけというのだから茹でてあるわけはない。日本で生産できないのもそれが理由であるらしい。殺菌できないので食品としての流通が法律で禁止されているのだと説明を受けた。
とはいえせっかくなので、さきほどの薄いパンやふかしたジャガイモを紙皿にのせ、できるだけちいさいシュールストレミングの身を食べてみる。味はひたすらしょっぱい。においが強すぎて味の機微には間違いなく鈍感になっているが、それでもジャガイモに合わせて食べるぶんにはそれほど悪くない。においがなければこれはこれでアリかもしれないと感じるようになり、だんだん大きめの切り身を食べられるようになってきた。しかし見た目がグロい・においが常軌を逸している・味が単調・値段が高い、というわけでこれはやはり罰ゲームくらいしてしか使われないような気がする。スウェーデンにももっとおいしいモノはたくさんあるし、そもそもスウェーデン人だって最近はほとんど食べないようだ。もともと一部地域での食べ物だったんだろう。
みな札幌からきているひとばかりで、さすがに本州から、それも関西から飛行機で来る人は私だけだった。「物好きですね〜」と声を掛けられるようになり、ありがたいのかどうかわからないがシュールストレミングの缶をあけてみなよと勧められた。迷うことなくビニールに手を突っ込んで缶に缶切りを突き刺す。太陽に温められた缶からは微妙にぬるく、そして恐ろしくくさい汁が飛び出した。多くはビニール袋の内側にひっかかったが、いくぶんかは自分の手のひらにかかってしまった。案の定わたしの手はものすごくくさくなる。服にはつかなかったので石鹸で洗えばだいたいのにおいは落ちたが、それでもしばらく手には顔をしかめたくなるような残り香がついてしまった。時間と共ににおいは取れたものの、一番最初に嗅いだあの異臭は生涯忘れないだろう。まぁ忘れたらまた札幌にきて嗅げばいいか。
人生でいつかやりたい事リストの中の一つを達成できた。つぎは何をしようかな。