東南アジアにいってきた 1 (クアラルンプール)

これまでヨーロッパばかりに行っていたので、アジアには行ったことのない国がたくさんある。何年か前にフィリピンに2ヶ月ほど滞在したのを除けば、あまり足を踏み入れたことのない場所だった。もちろん別に行きたくないという訳ではなく、たまたま行く機会がなかっただけなので、いつか行きたいなと長いこと狙っていた。

7月に3連休がある。海の日とつながっているので二泊三日の旅行ができるじゃないか、ぜひどこかに行こうと思っていたが、せっかくなら3日ほど夏休みをとって一週間くらいの海外旅行にしようと考えた。AirAsia XというLCCキャリアが関空からクアラルンプールまで飛んでいる。値段はなんと往復で25000円。東京と大阪を新幹線で往復したってもっと高いのに、すごい値段設定だ。ありがたい。他にたいした予定もないのですぐに予約をいれた。出発は3日後だ。ぼんやりと旅行の計画をたてつつ、安いにもほどがあるだろうというような安ホテルを予約した。

7月13日早朝。腰掛けたベッドから見るカーテンの向こうは暗く、まだ払暁が遠いことを示している。シャワーを浴び、適当に服と下着を詰め込んだいつものリュックサックを背負い、市バスに乗って阪急烏丸駅に向かう。駅に着く頃には空は明るくなっていた。荷物がリュックサック一つだけなので、こういう遠回りでも乗り換えがあってもいいからできるだけ安く関空に行きたいとき、「関空アクセスきっぷ」という割引切符が使える。1230円で京都市内にある阪急電鉄の駅から阪急京都線、地下鉄堺筋線、南海本線、南海空港線を乗り継いで関空まで到着できるというもので、リムジンバスやJRの特急はるか、在来線の通常乗り継ぎ経路よりもかなり安価に移動できる。実際のところ阪急線と地下鉄は直通運転を、乗り換え場所の天下茶屋駅からは南海空港急行が出ているので乗り換えは2回だけだった。ずっと座れたしこれは悪くない。荷物がない場合はこれからも使いたい。

海の上に建設された関西国際空港に来るのは5年ぶりくらい。相変わらず階層構造が複雑であんまり導線がよくないけれど、羽田や成田に比べても新しいだけあってとてもきれい。大学学部生のころにここからしか出ていないLCCに乗るため夜行バスで東京から来た。セブパシフィック航空でマニラまで行ったあの時以来だ。あのころよりもお店の種類は増えているような気がする。朝ご飯に神座というラーメン屋に入ったが、これだって前回きたときには無かったんじゃないかな。カウンターでパスポートを提示してフライトチケットを受け取る。ちょっと遅めの朝ご飯もさっき済ませた。荷物検査を通過して出国審査の自動化ゲートを通る。自動販売機で水のボトルを買い、すでに搭乗を開始していた36番ゲートから飛行機に乗り込んだ。

LCCなので機内食もなければ飲み物の提供もない。近距離の国際線でも気軽にワンワールドを使うようになりたいものだ。そんなことを考えながら耳栓をして小説を読んでいると、思ったよりもあっけなく6時間10分のフライトがおわる。マレーシアの首都クアラルンプールの空の玄関、クアラルンプール国際空港、通称KLIAに到着した。

空港からダウンタウンまでは高速鉄道が通ってる。別に急ぐ旅でもないので、地元の人々と同じように高速バスで空港を離れる。値段は半額以下だ。安い。そんなにぼろいバスでもないし、必要時間は20分くらいの差だというので選んだが、実のところあんまり得な選択肢ではなかった。東南アジア名物のすごい渋滞に巻き込まれてしまったのだ。最初から電車を選んでおけばもっと早くついたのに、とも思ったが、実際クアラルンプールについたってすることはなにもない。事前に調べたうちでは観光名所と呼べるような場所も少なく、街の中心地にあるペトロナスツインタワーとその周りのショッピングセンターくらいのものだ。のんびりバスで到着したっていいじゃないか。

バスが終点のKL Sentral駅に着いたのは午後6時過ぎだった。日は暮れてない。LRTにのって今晩泊まるホテルに向かう。このとき車内の様子がフランスの地下鉄に似ているように感じた。車両のメーカーを見るとBombardier。同じメーカーを使っているみたいだ。ホテル最寄りのMasjid Jamek駅で下車し、ホテルを探すが全然見つからない。スマホの地図アプリではホテルの入り口のまえをうろうろしているばかりで看板なんかは一向に見当たらなかった。街に立っていた警備員らしきおじさんに尋ねてみても、そんな名前のホテルは聞いたことがないという。まぁ大した出費じゃないので、近くのもっと大きくて目立つ高そうなホテルでも予約し直そうかと周りを見回すと、たまたま今まで探していたホテルの看板が目に飛び込んできた。光るわけでもなく、ビルの3階くらいの位置に控えめに設置されていた。こんなのわかるわけないだろ、と思いながらビルに近づいてもシャッターが降りている。

ビルの側面に回り込んでみると、看板もなにも出ていない裏口のようなガラスの扉があった。扉をあけるとすぐに薄暗い階段が続く。 なんかとんでもないところだな…と思いつつも、おそらく正解であろう階段を上っていくと、確かにSerai Innはそこにあった。しかし受付のカウンターは真っ暗。スタッフらしき人もだれもいない。「えぇ…」とこぼしつつもしばらく待ってみると、腰にタオルを巻いただけのおじさんが上階からおりてきた。「シャワーを浴びてたんだ」…ああ、そうですか。 案の定部屋はろくでもないところで、シーツもなにもないベッドがひとつ備わっただけの場所だった。発展途上国の売春宿のような場所だ。エアコンがやたら強力なのがだけがとりえといえばそうかもしれない。それ以外に特筆すべき点は何一つない。ホテルのレビューサイトでは「とにかく雰囲気が怖い」「ここに泊まる利点がなにもない」「同じ値段でもっとまともなところがある」「料金をごまかされた」など悪評にいとまが無い。いったいなんでこんなホテルを予約してしまったのだ。直前に取ったからあんまり選べなかったとはいえ、さすがにもう少しいいところを選ぼう。いい教訓になった。

荷物を置いて街歩きに出かけることにする。街歩きといっても行くところなんて一つしかない。ペトロナスツインタワーまでは歩いて1時間もかからない場所のようだ。財布とパスポートとスマホだけをもって街で一番高いビルに向かって歩き始めた。

クアラルンプールは(しばらくしてこれがマレーシア全体で共通の問題点だと気づく)歩道が少なく、車の交通量が非常に多い。そして横断歩道も少ないので、徒歩で行きたい場所に行くことがやたら難しい。まっすぐ進みたくても大通りと大きな建物で阻まれて異常な迂回路を選ばざるを得なかったりする。そしてその迂回路も車に触れるほど近い危険なルートで、あまりにもひどい都市計画に辟易した。フィリピンや香港のほうがよほどましだ。蒸し暑い東南アジアの夜の街を探検していると、やっとのことでペトロナスツインタワーに着いた。すごくきれいだ。周りの公園はカラフルにライトアップされた噴水が夜の暗闇を彩っている。観光客であろうたくさんの人が噴水をかこってスマホで撮影している。カラフルな噴水はさぞフォトジェニックだろう。似たような写真がたくさんインスタグラムに上がるんだろうな。

すぐ近くのショッピングモールにあったスーパーマーケットでパンとビールを買う。古代エジプトみたいなメニューだ。ビニール袋にはいった晩ご飯をもって帰るのは面倒だったのでLRTで戻ることにした。現在地からほど近いKLCC駅に向かって歩いていると、雨が降ってくる。それもかなり強い。この雨の量はスコールだろう。日本ならゲリラ豪雨と表現されそうな雨だった。

例のろくでもないホテルもどきの怖い場所に戻ってきた。雨はどんどん強くなっていく。ホテルに向かってあるいていくと、大量のホームレスが集まって寝ているのをみかける。本当になんて場所にホテルをとってしまったのだろう。なんでこんなところに泊まらなきゃいけないのだろう。 冷房を最大出力にし、もうそんなに冷えてないビールを飲む。

この旅行の初日に得た学びは、もういい歳なんだからちょっとはいいホテルに泊まろうということだ。たかだか千円、二千円を節約するために体の安全と心の安心を犠牲にするのはよくない。今までは若かったから一泊数百円のホステルばかりに泊まっていたけど、そんなのは学生時代で終わりにしようときめた。もう26歳だ。あと数ヶ月で27歳になる。30代も近い。こんな人生でいいのかどうか、そんなことを考えながら雨音激しいクアラルンプールで眠りについた。

つづく