東南アジアにいってきた 2 (ユーラシア大陸最南端)

安っぽいホテルで目を覚ます。窓から外を眺めてみると、どうやら雨は夜のうちにやんでしまったらしい。あれだけひどい豪雨だったのに、気温が高いからか地面はほとんどぬれていなかった。とくにすることもしたいこともないので、とりあえず朝ご飯を食べられるような場所を探して街を歩いてみることにした。

適当に目についた食堂に入って席につく。時刻はまだ早朝と言えるくらいには早いけど、食堂にはすでにそれなりの数のお客さんがいた。

マレー語で記されたメニューはよくわからないが、目についたナシレマッ(Nasi lemak)を食べる。ナシレマッはココナツミルクで炊いた米にピーナッツと目玉焼き、キュウリの輪切りが乗っかったマレーシアの定番料理で、私はマレーシアにくるまで知らなかったが、これが本当においしい。辛めのソースがかかっているのでスパイシーな食べ物が好きな私はこのメニューを見かけるたびに食べていた。

おいしいナシレマッを食べながら、今日はいったい何をすればいいんだろうと考える。スマホで調べたりするものの、やはりそれほどみたいモノがあるわけじゃないので予定を全体的に前倒しとすることにした。ジョホールバル行きのバスへ乗ってしまうことにしよう。

バスターミナルは明るく清潔な空間だった。鉄道駅はあんまりきれいじゃなかったのですこし意外に感じる。バスの到着時刻までまだしばらくあったのでキオスクで水とポテトチップを買った。バスは出発時刻になってもなかなか来ず、同じようにバックパッカーとして東南アジアを回っているであろう若い白人の旅行者から不安そうに「ジョホールバル行きのバスはここで待っていればいいのか」と訪ねられた。私もよくわかってないが、たぶん正しいだろう。チケットに書いてある搭乗口の番号は一致している。「そうだ、ここで正しいよ」と答え、一緒に並んで待つ。

バスは10分ほど遅れて到着し、20分ほど遅れて出発した。

数時間かけてバスはジョホールバル市街地の北部にあるラーキン・バスターミナルという場所に到着する。このバスターミナルはクアラルンプール行きを含めマレー半島全土やタイ王国、あるいはシンガポールまでの中長距離バスがたくさん発着する。バスの場合もプラットホームと呼ぶのかわからないが、これが駅なら東京駅クラスだ。バスタ新宿よりも遙かに規模が大きい。たくさんのATMや両替所、携帯電話屋や土産物店、洋服店、理髪店まである。ちょうどお昼頃だったので適当な食堂で昼食を済ませる。いろいろなメニューがあったが、やはりマイブームを迎えているナシレマッを食べた。

やっぱりおいしい。食堂ごとに味が変わるのかというとそうでもない。どこで食べてもおなじようにおいしかった。

ラーキン・バスターミナルからポンティアン行きのバスが出ている。片道5.4リンギット。そしてそこからタクシーでタンジュンピアイ国立公園までいくと、ユーラシア大陸最南端の碑というものがあるらしい。2年ほどまえだっただろうか、ポルトガルのロカ岬という場所にいってきた。そこはユーラシア大陸最西端の碑が設置されている場所で、それはそれは美しい場所だった。せっかくジョホールバルまできたんだから、せっかくだし最南端の碑まで行ってみることにした。公共交通機関だけでは到達できない場所なのでロカ岬よりもすこし難しいが、まぁなんとかなるだろう。

どこからポンティアン行きのバスが出ているのかもよくわからず、ネットに乗っている情報は古くて役に立たなかった。結局バスのフロントガラスに掲示されている「PONTIAN」と記された板を目印に乗り込むバスを探した。タイムテーブルによれば毎日朝5時から20時まで15分から30分おきに出ているようだ。96番バスに乗ればいいのだけど、あくまで2017年7月現在の事実である。

到着したポンティアンのバスターミナルにはタクシープールが併設されており、そこからすぐにタンジュンピアイまでいける。料金はタクシープールにぶら下がっている行き先と料金を一覧にしたボードに示されている。片道40、往復で80リンギットだという。このへんにはUBERはないし、まぁ事前にこの値段だと指定されるなら別にいいか、と思いタクシーに乗り込む。

タクシーはすごいスピードで走る。フロントガラスにはワイパーが中途半端な位置でとどまっている。結構な距離がある。これは歩けない距離だ。タクシー以外で向かうことはできなかっただろう。レンタカー業者がポンティアンにあるかどうかはわからない。

30分かそこら走り続け、ついにタンジュンピアイに到着する。アジア本土の最南端であることを示す大きなオブジェが出迎えてくれた。国立公園への入場は有料で、まぁそれなりに高い。とくに外国人は高価だ。こればかりは仕方ないのだけど。

灰色がかった粘土質の土からたくさんのマングローブが生えている。こんなに近くで見るのは初めてかもしれない。

青い海と空に挟まれていたらきれいな光景だったかもしれない。いまは灰色の海と空に挟まれてこの世の終わりみたいな感じの風景だ。夕方だからだろうか、観光客もほとんどいない。

観光客はいなくても野生のサルはたくさんいる。どんな種類のサルなのだろう。最初は威嚇されてちょっと怖かったが、考えてみたら襲いかかってきても蹴っ飛ばせばたぶん勝つだろうと思いなおし、ふつうに近づいて写真を撮った。

順路を歩き続け、やっとのことでユーラシア大陸最南端の地点を示すモニュメントが見えてきた。ロカ岬だって宗谷岬だってたくさんの観光客がいたのに、こちらはやっぱ誰もいない。さすがにアクセスが悪すぎるし、東南アジアのタクシーなんてぼったくってくるのが当たり前になっている。それじゃあ誰も来ないだろう。

この場所から見る海は複数の海峡や水道が集中する海上交通の要所であるため、たくさんの輸送船をみることができる。ゆっくりと海の上をすべっていくタンカーの群れは、ここを通って世界中に散っていくんだろう。無事最南端到達を果たした。あとは公園の入り口にもどって電話でタクシーを呼び出し、ポンティアンのバスターミナルに戻ろう。来たときと同じようなバスにのってジョホールバルへ。

長いながいバス移動を終え、今日お昼ご飯をたべたラーキンバスターミナルに到着する。そしてここからこの日に泊まるトロピカル・ホテルに移動したい。が、ここから出発する路線バスがどれだかわからない。なのでタクシーにのるしかないのだろう。どうせぼられるんだろうな、とおもい近くのタクシードライバーに声を掛けると30リンギット(800円)だという。すごい足下をみてきたぞ。ほんとこういうやつ死なねぇかな。

うわぁ高いな、という顔を露骨に見せたら25リンギットに負けるというがそれでもまだ高い。とはいえいつまでもここでうだうだしているのも時間の無駄だと思いタクシーに乗り込む。タクシーにのったら普通に料金メーターがついていた。たぶんこのタクシーは会社に管理されているもので、記録としてメーターを回しつつも乗客が払った料金との差額を掠めるつもりなのだろう。酷く不愉快な気持ちになる。モラルというものがない。東南アジア特有のタクシー文化は本当に人を悲しい気持ちにさせる。そりゃ日本の水準からしたら安いものだろう。しかしここでぼったくりに気づかなかったり、あるいはぼったくられていることを認識しながらも支払ってしまうことは絶対に避けたい。それは外国人旅行者なら多少高い金額を要求しても払ってくれるとタクシードライバーが考えるようになる。旅行者の立場を弱くし、その国のイメージを毀損し、そして犯罪者が小金をせしめる。私はそんな世界を許していない。

ホテルに近づき、自分の足で歩いて3分くらいの距離まできたところで車を止めさせる。最初にふっかけられた25リンギットは支払わず、メーターの示している料金だけをたたきつけて車を降りた。しめたドアの向こうで「25支払うと言ったじゃないか!」という声が聞こえた。無視してタクシーからみて後ろ方向へ歩き続ける。タクシーは空ぶかししたエンジン音で苛立ちを示しながら夜の街へ消えていった。

到着したトロピカル・ホテルはなんだかすごいところだった。受付で予約した旨を伝えると、ビルの最上階がアサインされていると知らされる。24階からみる夜景は見事なものだった。一晩しか泊まれないのがもったいない。朝食付きで2500円かそこらしか払ってないのにこのクオリティが提供されるとは。シンガポールだったら10倍は払わないといけないだろう。

翌朝、柔らかいベッドで目を覚ます。夜景を見るためカーテンを開け放したまま眠りについたので、窓からの光で部屋は隅々まで明るかった。暖かいシャワーをたっぷりあび、昨日のダメホテルではできなかったことを苦々しく思いながら髪を洗い髭をそる。持ち歩いている電子機器の充電が完了していることを確認し、忘れ物がないことを点検し、後ろ髪を引かれる思いで部屋をあとにした。

朝食ブッフェでおなかいっぱいになる。このブッフェでもナシレマッやナシゴレン(マレーシアの焼きそばみたいなもの)をたくさん食べたので郷土料理に関してはこの旅行でだいぶ満足できた。おいしかった。ヨーロッパの朝食はパンが定番だけど、やっぱり日本人にはご飯が合う。インディカ米最高だ。

名残おしさを強く感じながらホテルをチェックアウトする。いままで泊まったホテルのなかで、もしかしたら一番素晴らしい体験だったかもしれない。夜景の見えるホテルなんて金持ち専用だろうと思い込んで見ないふりをしてきたが、こうも人間の気持ちは簡単に変わってしまうのか。余談だがWi-Fiはとても弱かったので、ホテルのレビューサイトではその点をちゃんと指摘した。今後改善されたらいいんだけど。

ホテルを出ると少し雨が降っていることに気づく。でもホテルからジョホールバルの中央駅である「JB Sentral」までは歩いて10分ほどの距離だ。気にしないで歩く。今日はこの駅からシンガポールに行ってみることにした。とくに予定に組み込んでたわけじゃないけど、せっかく近くに別の国があるんだし、簡単にアクセスできる。そしてジョホールバルにはそれほど観光地がないのだからとりあえず行ってみよう。シンガポール自体が観光立国だし日本人からの人気も高い。うん、行ってみよう。きっとなにか面白いものがあるのだろう。

つづく