東南アジアにいってきた 4 (インドネシア・バタム島)

ジョホールバルのホテルで目を覚まし、シャワーを浴びて朝食を食べる。そして特にすることのない一日が始まった。なかなかいいホテルだったけど、ここにずっといるのは絶対にいやだ。部屋に窓がない。そんなホテルに泊まったのは久しぶりだ。何年かまえに台湾にいったとき以来。まさかジョホールバルでそれなりのお金を払って泊まる部屋がこれだとは。ほとんど変わらない値段のトロピカル・ホテルはあんなに素晴らしかったのに…。ホテルに泊まるときは星の数だけじゃなくてレビューの文もちゃんと見なきゃだめみたいだ。でも朝ご飯のクオリティは悪くない。またしてもナシレマッだ。ちまき風に大きい葉っぱで三角錐状に包まれている。三つか四つ食べた。相変わらず本当においしい料理だ。ここ数日毎日ナシレマッを食べている。私の体のいくらかはすでにナシレマッによって作られているのだろう。

シンガポールにもいった、ジョホールバルに見るものがない、クアラルンプールに帰るにはまだ早い、となると今日一日をどうやってすごそうか考えてみる。WikitravelでJohor Bahruのページを見てみると、どうやらこの街には国際フェリーが就航しており、シンガポールの南にあるビンタン島やバタム島といったいくつかの離島に行けるらしい。これはおもしろそう! デイトリップにはぴったりだ。ビンタン島はリゾート開発されているらしいので、より普通の場所っぽいバタム島に行くことにした。国際フェリーターミナルはジョホールバル市街地の西の方にあるらしい。地図を調べてみると距離は5kmほど。よく晴れて暑いので徒歩で行くことは最初から諦めた。UBERでタクシーを呼んでフェリーターミナルへ向かう。バスが通っているのかどうかはわからないが、東南アジアのタクシーは100%ぼるので、現地の人も普通にタクシーを使うことはほとんどないらしい。みなスマホでUBERやGrab(マレーシアでメジャーなタクシーアプリ)を使っているようで、大きめのショッピングセンターなんかでは建物入り口の前に「Grab Pick-up Point」と書かれた大きな看板が立っていたりする。日本のタクシーでぼったくられるとかはあまり聞かないが、繁華街の居酒屋はクソしつこい客引きがいたり会計で謎のフィーを加算されてたりするわけで、なんか日本も発展途上国とやってること変わらないなという気持ちになる。居酒屋のキャッチやっている人は自分がどれほど恥ずかしい仕事をしているのかできるだけ早く認識していただきたい。そして一刻も早く絶滅してほしい。

フェリーターミナルに着く。タクシー代はたった150円だ。UBERがなかったら2、3倍ふっかけられてたんだろうな。時刻は午前9時すぎ。チケットカウンターへ向かうと、自分が行ってみようと思っていたナゴヤ地区の最寄りであるハーバーベイ行きのフェリーは全便欠航だということが掲示されている。こまった。これではナゴヤで味噌カツを食べることもできないし、大ナゴヤビルヂングを探すこともできない。しかたがないので唯一の航路であるバタムセンター行きの一番早い便を予約した。到着したらリコンファームしてくれ、という意味合いであろうことをカウンターのおばさんに言われる。すごい強い訛りで言ってることの半分くらいしかわからなかったが、たぶん合ってるだろう。

出航の40分前くらいになると、搭乗ゲートへ続く通路が開かれる。フェリーチケットとパスポートを渡し、出国審査を受ける。ここまででマレーシア入国、マレーシア出国、シンガポール入国、シンガポール出国、マレーシア入国、そしてマレーシア出国とインドネシア入国だ。こういう国が密集した地域の移動はこれまでもヨーロッパで経験はあるけど、あちらはシェンゲン協定圏内ならスタンプを押されることもない。でもここはそうではないため、たかだか一週間ばかりの旅行なのに大量のスタンプがたまってしまった。スタンプラリーのようだ。

定刻が近づき、ジョホール水道に係留されているボートに乗り込む。フェリーというほどの規模ではない。東南アジア特有の死ぬほど寒い空調が船内を冷蔵庫のように冷やしている。霊安室だってもっとあったかいだろうと言いたくなるほどの寒さだ。リュックサックに詰め込んだジャケットをきこみ、大きめのシャツをひろげて膝かけにする。猛烈に寒い。うとうとしたら帰らぬ人になりそうだ。フィリピンでもそうだったように、東南アジアでは冷房を強くすれば強くするほど喜ばれると思われているんじゃないだろうか。極限まで冷やした部屋が最高のおもてなしだと考えられているとしか思えない。いくらなんでも寒すぎる。7月の半ば、外は炎天下だというのに周りの乗客もみな秋冬物のジャケットを着込んでいる。ああ、なんでこんな誰も得しない状態が固定化されているのだろう。手足は冷たくなり首筋にあたる冷気は痛いほどだ。仕方ないのでデッキに出る。こっちはこっちでかなりあつい。交互浴のようだ。直射日光と海の上特有の湿気。寒いよりかはましだが、なんでこう極端なのだ。東大だって図書館の冷房を止めて利用者に嫌がらせをしているが、強力すぎる冷房だってかなりつらいものがある。

二度三度甲板と船内を往復して温度変化に耐えていると、船は航行速度を落とし始めた。窓の外からは新たな街が見えてきており、まもなく船が到着することを示している。ゴミを船内のゴミ箱に捨て、冷房でよく冷えたリュックサックを背負い船の外へ出る。暖かい日差しさしこむ南の島とはとても表現しがたい、猥雑でタクシーの客引きがあふれる、よく言えば活気ある賑やかな街に到着した。

出発のフェリーターミナルで言われたようにチケットカウンターでリコンファームする。出発の時間を選ばせてくれるものだと思ったら、50分後にバタム島を出発するチケットを発行されてしまった。やってしまった。滞在時間50分、回った観光地ゼロ、フェリーターミナルに降り立っただけの運び屋みたいなスケジュールになってしまった。さすがにこれではあまりにも無意味な時間の使い方なので、カウンターで出発時刻変更とチケット再発行のおねがいをしてみると、すんなり受け入れてくれた。よかった。これで観光の時間が確保できる。

フェリーターミナルの周りに無限にあふれるぼったくりタクシーの客引きを無視しながら街を歩いてみる。歩いて1分もしないところに大きな公園があった。高い塀に囲まれているが、公園の入り口には鉄の門が開かれた状態で固定されている。入ってみると、モスクのような建物と町役場のような建物がある記念公園のような場所だった。この街の高校生らしき子供たちが大きな旗を振ってダンスの練習をしている。運動会のようなイベントはこの国にもあるのだろうか。

公園の周りをあるく。日差しは強くかなり暑い。ただ道路をひとりで歩いているだけでも後ろから近づいてきた流しのタクシーにクラクションを鳴らされながら「タクシー!?」と聞かれる。いらないっつってんだろ!と思いながら無視する。むかしは東南アジアのしつこい客引きタクシーのドライバーに中指を立てて大声で罵声をあげたりしていたころもあったが、いまはもうそんな危ないことはしない。

途中結婚式の会場を目にしたり、車道を歩きながら車のドライバー相手に新聞を売っている少年たちをながめたり、観光客の写真撮影を手伝ったりしていると、それなりにちょうどいい時間がたっていた。フェリーターミナルと陸橋でつながっている大きなショッピングセンターで水や日本で手に入らないお気に入りの歯磨き粉を買う。おやつに丸くて香ばしいパンのようなものを買って食べながら、この町を去るための手続きを始めた。

荷物検査を終わらせ、支払った出国税を証明する紙片を提出して出国審査もおわる。帰りの便は行きで乗ったフェリーとは違う船で、冷房はとても中立的にキャビンを冷やしていた。あの極寒の部屋にまた90分いなきゃいけないのは正気の沙汰じゃないし、このときばかりはフェリーの時間変更が成功した時よりも心やすらかな気持ちになった。

バタム島が観光地として優れた場所なのかどうかは短時間のデイトリップだけでは実のところまだよくわからないが、個人的にはなかなか楽しかった。ハーバーベイ行きのフェリーに乗れなかったのでナゴヤ地区には行けなかったが、なかなか面白い体験ができた。日帰りのデイトリップにはちょうどいいし、朝出発して夕方にジョホールバルに到着できるスケジュール感もちょうどいい。バタムセンターにはもう行くことはないと思うけど、もし今後ナゴヤ地区に行きたくなったら、そのときはシンガポールからいこうと思う。ジョホールバルとの航路よりも本数はかなり多いみたいだ。

到着したジョホールバルのフェリーターミナル近くにあるグロッサリーストアでSIMカードのクレジットを追加し、UBERでタクシーを呼ぶ。こうやってトップアップでクレジットを追加するのは5年くらい前のフィリピン滞在以来だ。なんか懐かしい。当時はまだガラケーをつかっていたな。

明日は日本から未踏プロジェクトで同期だった友人がクアラルンプールにくるとのことなので、ジョホールバル駅からクアラルンプール駅までを夜行列車で移動することにした。来たときのようにラーキンバスターミナルから夜行バスに乗った方が安いし早いし乗り換えがない分便利ではある。でも高くて眠れなくて途中乗り換え駅で待たされたとしても、マレー鉄道の夜行列車に乗ってみたかったのだ。バックパッカーのバイブルこと、沢木耕太郎著「深夜特急」の作中で、主人公はこのマレー鉄道の夜行列車にのるのだ。私もバックパッカーのひとりとしてこのルートでいちど帰ってみようかと思い立ってしまったのだからしかたない。実のところ、現在運行している鉄道は作中で主人公が乗った夜行列車よりもかなり酷いしろものではある。現在は寝台車もないし、乗る電車は日本から輸入した国鉄時代に製造された相当な年代物だし、電化された路線とディーゼルで走る区間で列車の乗り換えが必要だし、あとで知ることになるがその乗り換えはエアコンもない駅のプラスチックベンチで4時間待つというのだ。普通の思考をしていたらこんな選択はあり得ない。得するところがなにもない。バスでいいじゃないか。

でも、まぁ、一生に一度だし。

チケットカウンターのスタッフに「ほんとにこれ買うのか?途中で4時間乗り換え待ちがあるぞ」と確認されたりもしたが、とりあえず買ってしまった。出発は夜の11時すぎ。晩ご飯でも食べて時間を潰そう。

ジョホールバル中央駅は近年リニューアルしており、かなりきれいで便利に作られている。街で一番大きなショッピングモールも橋でつながっているので出発までの時間つぶしにはもってこいだ。日本を発つときにもってきた小説はクアラルンプール国際空港への到着前にすべて読み切ってしまっていたので、モールの中にある大きな書店でペーパーバックの小説を買った。いつか読もうと思っていた「The Martian」。火星にひとり取り残された人間が知恵を働かせて生き延びていくという内容だ。科学考証が秀逸だと話題になっていたのでずっと気になっていた。そして適当な飲食店に入ってラーメンとビールを頼む。街の食堂とは違って結構高いけど、一日くらいはいいだろう。ガラガラの店内で買ったばかりの小説を読みながらラーメンとビールをいただく。場末のラーメン屋のカウンターにいるおっさんそのものじゃないか。あまりかっこいいものではなかったな。

イスラム教の女性でも、やはり夜行列車で移動しながら一眠りするときは人目を気にせずヒシャブを脱いでいた。見ていいのかな、と一瞬思ったが、まぁアッラーも夜行列車の中をのぞいたりはきっとしないだろう。

深夜三時をまわったころ、列車は終点のグマス(GEMAS)駅に着く。一緒に降りた乗客たちとともにプラットフォームから駅舎に移動するが、みんな言葉少なにあいてるベンチを探して横になる。眠そうだ。まぁ午前3時すぎだもの。私も同じように客のいないひとつづきのベンチを探して横になる。コンセントがあったのでスマホの充電器をつないだ。リュックサックを枕にして少し寝ることにした。

3時間ほどで目を覚ます。駅から徒歩3分ほどのところにあるセブンイレブンで朝ご飯代わりにとシフォンケーキみたいなものを二つ買った。あとしばらく待てば電車が出発する。もうちょっとの我慢だ。

ようやく乗り換える電車がきた。クアラルンプール市街地に向かうための電車は新しくてきれいだった。各座席に電源までついている。すばらしい。

再度長々と電車に揺られ、やっとのことでクアラルンプール中央駅に到着する。長かった…。ふつうに夜行バスに乗ったらよかったなぁと何度も思ったけど、やっぱりこれはこれで、一度経験しておくのは悪くないかなと全部終わったいまは思っている。強烈なバイアスがかかっているのだろう。初日にやらなかったクアラルンプール観光をしよう。

つづく