中央アジアにいってきた 1 (成田からカザフスタンへ)
2018年は旅行を趣味だと語る自分の人生としては例になく不作の年だった。ここ数年、毎年10カ国くらい訪れているのに今年を振り返ってみてもせいぜい3カ国かそこらだ。忙しかったと言えばその通りなのだが、旅行以外にさしたる趣味がない自分が旅行にいかなくなってしまえばそれは自分のアイデンティティの喪失と同じだ。古い友人たちと行った鹿児島旅行もとても楽しかったが、やはり長期の休みくらいは海外に出かけたい。そんなわけで2019年のスタートダッシュを決めるためにも年末年始はしっかり休みをとって海外で過ごすことにした。これまで行ったことのない場所に行き、みたことのないものを見に行くことが目的であるため、基本的には自分が未踏の場所であればどこでもいい。いくつかの候補の中からこの冬に行こうと決めたのは中央アジアだった。
中央アジア、一般的にはカザフスタンやウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタンなどのXXスタン系国家5つを指している(パキスタンやアフガニスタンもあるが、地理的にあまり含まれないように思う)。日本からの定期便は2018年1月現在タシケントにのみ就航しているが、ビザの問題もあるのか都市自体の魅力の問題か、日本からの観光客は多くない。私もトルクメニスタンの地獄の門とかサマルカンドの青い遺跡くらいしか知らないし、あとはカザフの英雄オタベック・アルティンの出身地であることをしばらく前に知ったくらいだ。しかし2018年に入ると相次いでビザの申請免除や大幅な緩和が発表され、現在ではトルクメニスタンとアフガニスタン以外は気軽に入国できるようになった。渡航の機会としては悪くない。
年末年始を海外で過ごす人は数多く、そのためかなり前からチケットを確保しておかないと価格はどんどんつりあがっていく。過去に年末年始をギリシャで過ごした時は大晦日発のフライトだったため多少安く買えたものの、今回は仕事との兼ね合いもあるのでできるだけ早くチケットを確保することで値段を抑える作戦に出た。私が購入したのはS7航空のチケットで、ロシアの2都市を経由する非常に不便なものだった。ワンワールド系航空会社なので多少マイルやFOPもたまるだろうと思って選んだが、どう考えても快適な旅に向いているものではない。日本からいくなら直行便のあるタシケントか、あるいはソウル乗り換えを選ぶのが本来正しい選択であろう。
12月27日、出発当日の昼、エストニアに住んでいた頃に買った防寒性能の高いジャケットに久々に腕を通す。厚いスウェード素材でできていて、中には綿が入っているようで日本で使うには多くの場所において全くもって向いてない。真冬でも東京では汗をかくような代物なのだ。ずっしり重たいので登山にも向いてないし、それなりにかさばるためひとたび北国を離れてしまうと引越しのたびに邪魔に思っていた。しかし寒冷地ではこのジャケットは便利なもので、ジッパーを上まであげればとりあえずマフラーがなくてもなんとかなる。久々の出番だ。邪魔だと捨てずにいてよかった。
いつものリュックサックに適当に下着や靴下や歯ブラシなんかを詰め込み、普段ならホテルでは素っ裸で寝てしまうため不要な寝間着用のスウェットを上下、さらに普段なら買わない地球の歩き方(中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々編)を持っていく。いまどきネットで観光情報くらいいくらでも出てくるが、ことマイナーな発展途上国ではガイドブックはあると便利だったりもする。ロンドンやパリに行くのとはわけが違う。SIMカードを買うほどでもないくらいの滞在時間、それに空港と市街地を連絡する鉄道やバスがないような場所では到着した瞬間から旅行の難易度は上がる。スマホの電源が切れた時の暇つぶしにもなる。中央アジアの国々はまだまだマイナーだし観光地も少ない。それゆえなんと5カ国が一冊にまとめられ、首都であっても観光情報が立ったの2ページしか載ってない都市もある。そう考えるとコストパフォーマンスは悪いし、後から知ることになるが掲載されている情報はもうかなり古い。10年前の内容をほとんどそのまま使いまわしているような感じだった。
10分かそこらで荷物の準備を終える。頭の中で旅行の行程をイメージして必要な持ち物を忘れていないことを確認し、成田空港へ向かう。成田まで向かうのは久しぶりだ。海外旅行はもう8ヶ月していない。初めて海外旅行に行った時からそれなりに頻繁に出かけていたからこそ、この程度の隙間が生まれるだけでも不安になる。久々の車の運転が怖く感じるように、メジャーじゃない国に旅行する経験に間隔が開いてしまうのはなんとなく緊張する。トラブルなく旅行ができるように祈ろう。
成田スカイアクセス線に乗り換えて数十分、到着した成田空港ではすでに自分が乗るハバロフスク行きの便のチェックインが始まっていた。カウンターに並ぶ人々はみな白人で、まぁみんなロシア人なのだろう。列に混じってチェックインを済ませる。いつものごとくリュックサックだけなので時間はかからない。チェックイン後はそのまま搭乗ゲートまで向かうことにした。
出発は75分遅延するらしい。幸先が悪いが乗り継ぎには問題はない。今日はハバロフスクに一泊するので1時間や2時間の遅延はなんにも影響はない。友人が書いている書籍の試読をしながら飛行機の遅延時間分という虚無の極みみたいな時間を過ごす。
しばらく待ってやっと搭乗となった。S7は記憶の限りでは初めて乗る。やはりLCCに近いキャリアなようで、前の席の背もたれにディスプレイが埋め込まれているわけでも電源があるわけでもない。国際線ながらアルコールドリンクや暖かい機内食も出されない。
しばらくすると軽食としてサンドイッチが提供される。パンがボソボソしてるとかパンくずが無限に出てくるとかの不穏な前情報を聞いていたが、特にそんなこともなく普通に平らげた。ネットの旅行記ではやたら評判が悪いので楽しみにしていたのに、ごく普通の美味しいサンドイッチだった。私の「美味しい」の閾値はわりと低いため大抵のものは美味しいと感じるし、苦手な人も多いエコノミークラスの機内食だって風邪でもひいてなければ毎食喜んで食べきる。得な体だ。
ハバロフスク
私は過去にロシア国内でオーバーステイによる罰金を支払っており、その記録があれば(普通は残っているだろう)ビザの発給を受けていても入国を拒絶する可能性があるとロシア連邦領事部のサイトにはある。不安に思ってはいたがなにしろ5年も前の話だ。大した影響はないのだろう。そうは思いつつもドキドキしながらパスポートコントロールの列に並んだが、私のときだけ妙に時間はかかったものの無事入国はできた。
ハバロフスク空港に到着したのはもう夜も深くなってからだった。成田からは思いのほか長いフライトで、ただでさえ出発時刻が遅延していることもあり今日一日たいしたこともしてないのに疲れている。飛行機を出ると東京ではまず味わえない冷たい空気が肌を刺す。この寒さはエストニアで過ごした冬以来だ。呼気は全て白くなり、風がないから顔の近くで渦を巻いている。鼻息が白くなるのは4度以下のときだと聞いたことがあるが、もうそんなレベルではない。ネットの天気予報サイトによれば、その時のハバロフスクの気温はマイナス17度だった。
空港を出て急いでホテルに向かう。ホテルの位置をよくわかってなかったが、予約時に一番空港から近いホテルを選んだので歩いてすぐのところにあるということだけはわかる。とりあえず空港の案内所で具体的な位置を尋ねてみるが、案の定英語はほとんど通じない。ここはロシアだ。しかもモスクワでもサンクトペテルブルクでもない。この国では大都市であっても英語が通じないことが多い。ホテルの名前を伝えてみると「あっちのほう」とばかりに指をさしてくれたので、とりあえず空港を出て自分で探すことにする。
凍えるような寒さの中、キョロキョロとホテルの名前が書いてある看板でもないかと探しながら歩く。その途中で道を歩いているおばさんにホテルの場所をきく。きくと言ったってロシア語はカタコトですら話せないのでホテルの名前をゆっくり言い、いたるところを指差して「どっち?」と問いかけるだけだ。しかし幸いにもそれで私の意思はつうじ、その場所から5メートルほど離れたところにあるホテルを指差してくれた。「スパシーバ!」とお礼を言ってホテルに入った。本当に空港からは近い。空港の到着ゲートから歩いて3分もかからないだろう。
寒冷地特有の二重扉をあけ、カウンターにパスポートをだす。「英語は苦手なの」という女性スタッフに案内されて一階の奥の部屋へたどりつく。部屋はTシャツ一枚で過ごせるくらいに暖かく、ベッドも清潔だった。トイレやシャワーは共同で廊下にあるものを使う必要があるが、これで1200ルーブル(≒2000円)はとても安い。ルーブル硬貨を持っていない状態なので、公共交通で街まで出ないですむというのもありがたかった。
晩御飯がわりにホテルのカウンターで販売していたハイネケンを買い、メールの返信を済ませて眠りについた。
翌朝、着替えを済ませてホテルを後にする。二つある空港ターミナルを間違えてしまい気を揉んだが、また道を歩いていた親切なロシア人による難解なロシア語の道案内をヒントにして正しいターミナルに移動できた。このときの気温はなんとマイナス30度。少し深い呼吸をするだけでむせるし、耳は冷えすぎて感覚がない。外気に露出している顔が痛い。自分がこれまで体感した気温の中では、おそらくもっとも寒い状況だ。小走りで国内線ターミナルに駆け込むと、暖房がよくきいた部屋にいきなり飛び込んだせいか、はなみずが止まらなかった。
自動販売機でチョコパイとミネラルウォーターを買い、それを朝食にした。ずっと自宅の引き出しに眠っていたルーブルを、これでやっと使い切れた。私は現地通貨をうまく使い切ることに対して強い情熱を燃やしている。
朝ごはんとして食べる機内食は小麦だらけだった。パンが二つとパンケーキ。美味しいけど栄養価の偏りがすごい。
ノボシビルスク
往路最後の飛行機だ。ハバロフスクからの到着便はターミナルAへ、アルマトイへの出発便はターミナルBからでる。ターミナル間を移動するためには一度到着ロビーへ出る必要がある。この情報は検索しても出てこなかったので、もしかしたらこれから同じルートを使う旅行者の参考になるかもしれない。面倒ではあるが、もう一度荷物検査を済ませ、今度はロシアを出国するのでパスポートコントロールを済ませなければならない。つまり、ノボシビルスクでターミナルがことなる乗り換えはロシアのトランジットビザが必要である。
ターミナルBの登場ゲート付近には土産物屋やいくつかのカフェが併設されている。ロシアの土産物屋は例外なく大量のマトリョーシカがならんでおりショーケースを彩っている。カフェどこもそれなりに混んでいたのと、どうせまたなにかしら機内食が出るんだろうと思って何も食べずにいた。
これが3回目の搭乗となる。ツポレフとか乗れるのかなと思ったけど、やはりそんなわけはなく普通のエンブラエル機だった。このフライトでも1回目のフライトで食べたサンドイッチと同じものが出る。同じ味がした。
アルマトイ
そんな感じでやっとカザフスタン最大の都市アルマトイに到着する。ダブリンに行った時以来の手間のかかる行程だった。飛行機を降りて感じるアルマトイの風はそれほど冷たくなく、これくらいなら十分快適に観光できるだろうと感じた。いくら寒かったとしても高いお金を払って訪れているんだから観光はするけどね。
空港出口のインフォメーション・カウンターではタクシーを呼んでくれる。言うまでもないが空港で「タクシー?」と声を掛けてくる輩は絶対にふっかけてくるため、配車アプリを使うか空港スタッフに依頼して呼んでもらうのが鉄則である。中央アジアは全体的にマナーがわるく、声を掛けてくるドライバーは後を絶たない。完全に無視してカウンターへいこう。まだホテルのチェックインタイムには早いため、街の中心地にある博物館に向かうことにする。空港スタッフはアプリでタクシーをよび、必要な金額も記入してくれた。1220テンゲ、およそ300円。空港からアルマトイ中心部からは20km程度離れているのに安く済んだ。公共のバスを使うともっと安く30円から50円程度、空港のオフィシャルタクシーの場合は600円程度。
呼んでもらったタクシーにのって博物館へむかう。特に渋滞することもない。やっとアルマトイの観光が始まった。