旅行業務取扱管理者試験を受けてきた

私は旅行がやたら好きで、これまでずいぶんたくさんのお金を国内外の交通費や宿泊費についやしてきた。しかしこまったことに新型感染症の流行によって気軽な外出がむずかしくなり、海外旅行はおろか国内であっても大都市からの観光目的の訪問はどうしてもネガティブな目で見られる。実際、「東京からの観光客はお断り」と店先にポスターを貼っているお店を北海道や東北で見かけたし、県外ナンバーの車に誹謗中傷の張り紙を貼ったり傷つけたりなどという報道もある。この国には都道府県単位でのヘイトクライムが存在しているのかと思うと悲しい気持ちになるばかりだが、店だって客を選ぶ権利はあるので個人的にはそういうお店の判断を非難するつもりはない。いつか日常がもどったときにこれまで邪険にされた旅行者からはそんなお店は嫌われるだろうが、それはきっと理解してのことだろう。私だってそんな店には絶対にいかない。

そんな2020年の初夏、全ての海外旅行をキャンセルして暇になってしまった毎日を無駄にするのももったいないと思い、せっかくならと旅行系の国家資格として唯一の存在である「旅行業務取扱管理者」の資格取得を目指してみることにした。この資格はさらに総合、国内、地域限定の三つに分類される。実質的に前者は後者の上位資格となっており、総合旅行業務取扱管理者になれば本邦における全ての旅行業務を取り扱うことができるようになる。

じつのところこの資格を持つ必要がある場合というのは限られており、旅行会社を立ち上げるか、あるいはその支店長にでもならない限り有効に使える場面はほとんどない。JTBの店舗で割引されるわけでもなければ、JALから航空券を仕入れ値で購入できるわけでもない。旅行会社に勤めない限り大抵は自己満足に過ぎないので、普通に考えればソフトウェアエンジニアとしてIPAのスペシャリスト資格なりクラウド認定試験なりの合格を目指したほうがキャリアのためにはよかろうと思う。しかし趣味というものに意味を見いだす必要もまたないだろう。趣味の旅行ができなくなってしまったことによって浮いた時間と生まれたストレス、それをぶつける先が旅行関連のなにがしかであることはおかしくないはずだ。

最初から総合旅行業務取扱者としての資格を取得できるならそれが一番安価におさまる。しかし総合のほうは国内にくらべて合格率が低い。過去数年の合格率の推移をみるに、国内は30%から40%程度、総合は8%から15%程度のようだった。せっかくなので両方申し込んでおくことにする。国内試験におちても総合で挽回できるかもしれないし、国内にうかってしまえば翌年の総合試験で一部科目の免除があったりする。チャンスはつかえるだけ使おう。

資格試験の受験なんていつ以来になるだろうか。応用情報技術者試験を10年くらい前に受けた気がするが、たぶんそれ以降では初めてかもしれない。ちゃんと参考書を買ってペンでルーズリーフにメモを取るスタイルの勉強なんていうのはもはや高校以来の感がある。過去問を解いてみてもそれらはうんざりするくらい難しいし、これまで好き勝手行っていた旅行の経験がそれほど活きてこないことにも少しがっかりする。私はいままで旅行先で何を見てきたのだろう。

2020年9月6日、東京都の試験会場である立教大学へ向かう。感染症予防のため、会場は人同士の間隔が広く確保されていて配慮がうかがえる。

試験後、問題の解答は国家試験にありがちなことだがいくつかの予備校が公開する。自分の回答を持ち帰りが許されている問題用紙にメモしておき、ブラウザで入力すると合格判定を非公式にではあるが実施してくれるのだ。試験の翌日になり、恐る恐る回答を判定ページに入力してみたところ、どうやら合格点にあるらしい。やっと肩の荷がおりた…といいたいところだが、次は総合旅行業務取扱者試験が一ヶ月後に迫っている。ダブル受験を申し込んだのでまだペンを置くことはできない。

休む暇もなく総合の対策にとりかかる。国内試験に比べて1.6倍くらいの試験範囲になるし、重複する問題分野についても難易度が上がる。なかなか手強い。結局それなりに自信をもって過去問を一通り回答できるようになったのは試験の前日だった。

総合試験は同年10月11日、国内試験から1ヶ月ほどたったころの早稲田大学で実施された。もともと設定されていた試験会場よりもかなり会場の数も増えているようだ。コロナ禍で広く会場を使うようにしていることと、台風で去年分の試験が中止になっていることによるものだろう。早稲田大学にくるのはかなり久しぶりだ。10年くらいまえにこの場所でバイトしていた思い出がよみがえる。

午前午後に別れた長丁場の試験がおわる。疲れた。例年に比べて難易度が高かったようで、自分が悩んだ問題が他の人も同じように悩ませていたことがTwitterに怨嗟の声として渦巻いていた。この試験を指導している資格予備校や大学はたくさんあるため、試験日の夕方には各社各校から競うように解答速報が公開される。私のスコアは4つの分野のうち3つがそれなりに余裕をもって合格点を超え、1つが当落線上にのっているという状態だった。難易度の高い海外旅行実務試験にはどの出版社の参考書にも書いてない(とTwitterで指摘されていた)項目が出題されるなど、例年にない試験だったことがそのまま点数に影響を与えているように感じる。120点が例年の合格ラインであるところに対し、自分の点数はたぶん120点。マークミスが一つあれば終わってしまう。年に一回しか出願できない試験であるため、今回を逃すと次の機会は自動的に2021年になる。2019年度の試験が台風とコロナ禍により中止になってしまったこともあり、数年単位で合格を手にすることができなかった受験者も生まれるのだろう。とてもシビアだ。当落が明確な点数ならよかったものの、これでは合格発表までの1ヶ月をもんもんと過ごすことになる。受かっていることを祈ろう。

試験から5週間後の2020年11月20日、朝10時に試験実施機関であるJATAの公式サイトが更新される。ページにはいくつかのPDFファイルへのリンクがならんでいる。手元に受験票を用意して合格者受験番号一覧を開く。私の受験番号「東京 A0287」は、そこにあった。

受かっていた。なんどか自分の手元の受験票とPDFファイルに並ぶ合格者一覧を見比べる。どうやら受かっているらしい。ほっとした。あとは合格証を受け取るだけなのだが、この合格証も11時には手元に簡易書留で届いた。てっきり合格発表当日に発送されるのかと思っていたが、どうやらこのタイミングでの受領ということは前日に発送されているようである。せっかくなので国内旅行業務取扱管理者試験の合格証と並べてみた。

なにかに合格するという体験は気持ちのいいものだ。旅行業界においては我が国で取得できる最高の資格なわけで、とりあえずこの分野では専門家といえるかもしれない。とはいえこの資格を使う用事は当面ない。いつか旅行会社を立ち上げる時がきたとして、そのときに焦ることなく対応できるようになった。そんなときがいつかくるといいなと思う。