ホステルパスを使った

2018年10月、全国のホステルが泊まり放題になるという権利「ホステルパス」というものがクラウドファンディングに現れた。当時引っ越し先を探していた私は、面白い生活ができるかなという程度の気持ちで課金した。しかし購入後の説明会にて住民票を置くことはできないという制限を聞かされてガッカリしたきり返金もできずその権利は塩漬けとなった。一度でもホステルパスを使うと、そこから利用可能期間満了までのカウントダウンが始まるからだ。結局購入から2年がたち、この権利を一度も使わないままコロナ禍に見舞われ、全国のホステルがどんどん休業になるという自体が訪れる。このままだと権利を留保したまま一度も使わずにホステルがなくなってしまうのではと思い、半ば無理矢理に日本全国をまわって各地のホステルに宿泊することにした。リモートワーク全盛のいま、観光地をめぐるわけでもなく日本各地の都市に滞在しつつローカルグルメを楽しむような、いわゆるワーケーションにはちょうどよいと考えたのだ。

というわけで2020年の10月から12月にかけて仙台のホステルKiko、博多のホステル二木、屋久島のサウスビレッジと3カ所を5泊ずつまわった。普通のサラリーマンが有効に使うのは難しくても、リモートワークが自由にできるノマドワーカーなら活用できるかもしれない。私の場合はこの二ヶ月で15泊だったので一泊あたりの値段になおすとさして得したわけではないが大損というわけでもないくらいだろうか。そんな15泊のホステル暮らしを試行したあとでしみじみ感じるが、ホステルはどこも良いところだがホステルパス自体の使い勝手は正直に言って微妙だった。有効に使える人はかなり限られている。冒頭で触れたように最初の一泊をした時点から有効期限のカウントダウンが開始されるのでそこから短期集中で使う必要がある。しかしホステルパスを利用して予約できるのは最大二泊までという制限があったり、ホステルによっては追加料金の支払いを求められたり、予約時に「パスの利用可能者名簿に私の名前がない」と言われもめたり、なんともむずかしい仕組みだった。そもそもホステルという宿泊施設が十分安価なので、通常でも一泊3000円程度で宿泊できることを考えるとおよそ2ヶ月のあいだに20泊して初めてホステルパス購入の元がとれるという値段設定なのである。2ヶ月のうちホステルに20泊するのは一般的に見てかなり特殊な暮らしだと思うが、大学生の長期休暇をつかった旅行なんかに使うには良いかもしれない。毎週末国内旅行をするので…くらいの頻度であれば毎回ドミトリーを直接予約して泊まったり、あるいは宿泊数が2ヶ月あたり10泊程度なら普通のビジネスホテルに宿泊するほうが安価に収まることも多いだろう。そもそもホステル店舗の空きリソースを埋めるため安価に提供できるという仕組みなのは明らかで、たくさん宿泊してほしくはないし通常の金額を支払うユーザーを優先したいという制度設計は仕方の無いことなのかもしれない。

私はこれまで国内のホステルという場所に泊まったことはなかったが、海外旅行の折に同じ部屋に並ぶ二段ベッドに他人と寝るという経験はあるし、大学院留学では一つの部屋にほかの男子学生と一緒に暮らしていたので不便や不快を感じるところはなかった。おなじ宿泊者や施設のスタッフと仲良くなったりできるのはさみしくなりがちな一人旅に向いていると思う。応対してくれるスタッフも一般的なホテルの受付に比べるとかなりフレンドリーで、地酒をふるまってくれたりオススメのレストランを教えてもらえたのは嬉しい。良くも悪くも宿泊者はお客様という扱いではないのだ。人との交流が楽しめる人にはビジネスホテルよりおすすめできる。博多のホステル二木のスタッフはみな大変フレンドリーで親切だったし、屋久島のサウスビレッジは設備がものすごくよかった。各地のホステルはどこも強い特徴があり、それらの違いを味わうのもとても面白い。東横インやアパホテルの「いつもの感」もいいが、これからはホステルにも泊まってみたい。