釧路にいってきた
もう10年近く前になるが、仲の良かったクラスメイトと二人で北海道を回った。JR北海道の出している一週間乗り放題の乗車券を買って南は函館(と青森の竜飛海底)、北は稚内まで回った。当然それはずいぶんひどい貧乏旅行で、宿泊は全て各地の漫画喫茶、タクシー乗る金はないしローカルバスはルートも時刻もわからないしで結局めちゃくちゃな距離を歩き回る旅だった。しかし学生時代らしい青春の匂いが感じられる素敵な思い出として印象深くおぼえている。
それ以後に釧路に行く用事はなかったが(釧路に行く用事がある日本人はそれほどいないだろうけど)、ワーケーションということにして出かけることにした。釧路には道東を代表する拠点空港があり、東京と大阪と札幌から毎日各社のフライトが飛んでいる。釧路は手軽に行ける北国なのだ。
釧路の路上にはたぶん原寸大のリアルなシャケのプレートが埋まっている。
波止場にある船を係留するためのアレも路上に生えている。おそらく釧路は海が隆起してできあがったのだろう。
おいしいもの
かんそうさんのブログや寄稿記事で見てからずっと行きたかったお店がたくさんあった。できるだけたくさん回りたかったが、どうやっても滞在日数は足りなかった。空腹は有限のリソースであるためどうやっても1日3食以上食べることはできないし、この寒い季節に長い距離を歩くということもなく、そもそも空腹になりづらいのだ。当然行きたい店リストは溢れそうになったままだった。どうすればいいか、なんども釧路に行くしかない。
今回泊まったホテルはラビスタ釧路川というところで、これは北海道旅行が好きな人にとっての人気ホテルだ。朝食のクオリティが異常に高いことで知られている。私は普段駅から歩いて行ける距離で一番安いビジホを何も考えずに選んでいるが、朝から豪華な海鮮丼やいくら丼が食べられるというのだから今回ばかりは仕方がない。他のホテルよりも少し高いが、完全に正解の選択肢だった。気持ちのよい接客、入室前から暖かく居心地のいい部屋、ホテルの屋上には天然温泉の露天風呂がある。氷点下をゆうに下回る冬の釧路で入る露天風呂は最高に気持ちがよかった。5年くらい前に真冬の花巻温泉に行ったことを思い出した。炎天下でも氷点下でも露天風呂はいいものだ。微妙な泉質の違いは正直よくわからないが露天風呂の良さはわたしでもわかる。
竹老園という蕎麦の有名店にいってきた。昭和天皇が召し上がったという蘭切りそばと、名物のそば巻きをいただく。鶏卵をつなぎに使っているという黄色っぽいそばだ。とてもおいしい。高級蕎麦屋にありがちなことだが、例に漏れず量が成人男性にはぜんぜん足りなかった。大盛りにするか、茶そばとのセットを注文するのがいいかもしれない。ちなみにそのセットはなんと2900円する。なかなかいい値段だが、せっかく釧路にきて有名なそばを食べてイマイチ物足りないまま去るくらいなら課金してもよいだろう。またこのお店はお会計にクレジットカードが使えるのもすばらしい。
とても美味しくて量が少ない蘭切りそばを食べたあと、もうすこし何か食べたいなとおもって入ったフィッシャーマンズワーフMOOという商業施設の名物「さんまんま」だ。焼きたてのさんまんまがいつでも食べられるのはここだけだという。香ばしいサンマと大葉の組み合わせが素晴らしい。これもまた本当においしかった。
釧路のソウルフードとされるものに「スパカツ」がある。スパゲティの上にカツがのっていて、ミートソースが掛かっているという運動部所属の男子高校生以外に需要がなさそうなメニューだ。このスパカツの発祥の店とされる泉家に行った。運ばれてきたスパカツは、前情報と違わずよく熱された鉄板の上にスパゲティが載せられ、ミートソースは鉄板の上でぐつぐつと沸騰している。迫力のある見た目だが意外とするりと食べられてしまった。食べ進めると鉄板に熱されていたスパゲティがクリスピーになっていてこれもまた美味しい。ここ数年でどんどん値上がりしたらしい。1150円。
ところで北海道に行くとついセコマのオリジナル商品を買ってしまう。珍しいおにぎりやセコマでしか見かけないアルコールドリンク、北海道産の野菜を使った惣菜の数々。もうそれだけでホテルの部屋にもどったあとの晩酌が捗る。見慣れない地名の天気予報を眺めながら不思議な惣菜で晩酌をすることは、きっと北海道に出張で来ているビジネスパーソンはみな同じように楽しんでいるとおもう。
たてもの
釧路は衰退しつつある都市という印象で語られることがある。そのわかりやすい例が街中の廃墟たちだ。商店街はシャッター通りになっているし、街の目抜き通りには30年前には人気の量販店だったであろうビルが並んでいる。街の人も観光客もあまり歩いていないのは寒い季節とこのご時世によるものではあろうが、しかし立ち並ぶお店に活気がないのはここ10年20年ずっと同じ状況であるらしい。水産業と炭鉱業で大きく栄えた往時には街の中心地に人が集まり飲食店もたくさん営業していたようだが、いまでは街はコロナ禍もありすっかりしょんぼりとしている。
先ほど参照したかんそうさんのブログではこの地を「霧と嘆きの街クシロ」と表現されていたが、たしかにすこし悲しくなる風景だ。つい郊外のロードサイド店舗が中心地に回帰してくれればいいのに、あるいは中心地を宅地開発してくれればと思ってしまう。無印良品やドンキや回転寿司の店でもテナントとして入ってくれたら便利なのになと無責任に思いながら街を歩いていた。
日本中をまわったが、ここまで極端に空洞化が進んだ都市はほかにないかもしれない。どの街も人口が減ったとしてもたとえば駅の周りにはお店があり人通りがあった。郊外にお店があるというスタイルは車社会の道東の生活スタイルにはあっているようにみえるし、中心地にはいくらか瀟洒な新築マンションもあるのでどうにか復活して活気ある釧路を楽しみたい。
泊まったホテルの窓からは「鉄北ショッピングセンター」とうっすら、かろうじて判読できるくらいのコントラストで書かれたコンクリート製の建物が見えていた。気になって駅の南北を結ぶ地下道を通っていくと、駅徒歩1分とは思えないくらいに寂れた場所にでる。
ホテルから見えていた建物に近づいてみると、レトロな雰囲気の看板が並ぶ商店街のような場所だった。飲み屋街のようだが、営業している店はほとんどなさそうだ。窓が割れている箇所もある。
太古の文化に思われるテレクラはいまでも全国各地にあるらしい。あるらしいが、さすがにここはもう相当長期に渡って営業していないだろう。
たかだか四日ほどの滞在だったけど、釧路はとにかくごはんの質が高かった。夏に釧路湿原を見にいくみたいなわかりやすい観光というのが冬はあまり楽しめないし、実のところそもそもこの街の都市部に有名な観光地もない。しかしローカルグルメもローカルチェーンも滞在中にそれらを回るだけで純度の高い幸福が手に入る。近いうちにまた来たい。すでに行った店でも別のメニューを食べてみたいし、釧路都市圏ではあるがひとつふたつ隣の駅が最寄りとなっているお店もあったりする。ペーパードライバーの私には訪問のハードルが高いが、公共交通を活用して全部まわってみたい。オフシーズンでひっそりした冬の釧路旅行は最高だった。おいしいごはんが食べたくなったらまた釧路へ行こう。大好きな街、釧路へ。