中央アジアにいってきた 3 (キルギスからウズベキスタンへ)
中央アジアにいってきた 2 -カザフスタンからキルギスへ-からのつづき。
どこか食事をとれる場所はないかと探しながらキルギスの首都ビシュケクの街を歩く。時間は昼のピークタイムをとうに過ぎている。しかし適当に入ったレストランはどこもやたら混雑しており着席まで時間がかかりそうな雰囲気を醸している。キルギス人の昼食は遅いのかもしれないし、キルギスにレストランがほとんどなくみな集まっているのかもしれない。あるいは年末年始だから親族が集まっているのかもしれない。いずれにせよ到着したばかりの自分にはよくわからないが、自分が見たいくつかのレストランでは満卓で入店できなかった。
ガイドブックにも掲載されている有名店とおぼしきキルギス料理のお店まで歩いてきた。街の中心地でバスを降りていたため徒歩で普通にアクセスできる距離にある。
客はそこそこいたが大きなお店なので待つことなくすぐに座れる。わたし一人だが4人用のテーブルに案内された。この時間にこれだけお客がいるなら人気店なのだろう。店員さんに聞いてみると日本からのツアー客も良くくるのだと言う。ビシュケクにくるツアー客など存在するのだろうか。英語のメニューも用意されているので観光客にも選びやすい。どの料理も色合い鮮やかでおいしそう。そして種類がおおいので一度の来訪で済ませてしまうよりはなんども通いたくなるメニューだ。しかし英語で書いてあるとはいえ料理の味は写真でも名称でも想像はまったく付かない。キリル文字転写による文字だけわかっても「TOI ASHI」と「KAZY」と「ADZHIKA」ではどんな食材をつかったどんな料理でどんな味がするのかはわからない。「CHIKUZEN-NI」とか「KITSUNE-UDON」とか外国の日本食レストランに書いてあっても味の想像はきっと現地の人にはできないだろうからしかたない。わたしは日本人だが関西の「きざみうどん」というワードからそこになにが入っているのか想像がつかなかったことがある。ネイティブスピーカーだって食文化変われば文字が読めても中身はわからない。なのでなにも考えず適当に注文しよう。
よくわからない熱いスープとプロフ(この地方の炊き込みご飯)が運ばれる。おいしい。この肉はなんだろう、と、ウミガメのスープを飲んだ直後の男みたいなことを考えながら口に運ぶ。キルギスでは羊肉がメジャーであるそうなのできっとこれもそうだろう。脂肪分の少なさは羊肉のそれを十分想起させる。
よくわからない料理がさらに二つ運ばれる。なにもわからない。口に入れればおいしいということだけはわかるので、料理としては十分だ。ハヤシライスだって美味しいが私は材料や製法をよく知らないし、テレビがどうやって受像し、各画素が光を発しているのかだってわからないがそこにうつる番組を見ることはできる。カプセル化による情報隠蔽だ。
注文した覚えのない白い液体が飲料が供される。これが馬乳酒だろうか。これまで馬乳酒を飲んだことないので味の知識はないし自分で注文したわけでもないので名前もわからないが、酸味と舌の上に感じるアルコールの感覚、きっとこれが馬乳酒なのだろう。唐突な初体験だ。
食事を終えて街を歩く。アラ・トー広場にはこの国の英雄であるマナス王の騎馬像が置かれている。後ろの四角い建物は博物館だ。これといった観光地のないこの街では、この広場が(あえていえば)観光地の一つにあげられる。しかしソビエト文化圏の影響下にあった国にありがちな堅く四角い広場と中央に立つ騎馬像の組み合わせに珍しい感じはない。
ビシュケクの目抜き通りをまっすぐ歩く。盆地だからか、風がないからか、工場でもあるのか、空気は非常に悪く排気ガスのにおいが立ちこめている。聞くにビシュケクの街は地域全体をパイプラインによる暖房で温めているのだが、そこからの排気ガスによって汚染されているらしい。というわけで特に冬はこのように濃密なスモッグに包まれているようだ。
今夜のホテルに到着する。街の外れに位置する小さな宿だが、予約サイトに寄せられる旅人からの評価は高い。実際なかなかいいところだった。ファストフード店の少ないビシュケクの街に泊まるときは、朝食付きのホテルを選んだ方がよさそうである。シャワーをあび、一人には広すぎる部屋で眠りについた。
わたしが泊まったホテルから空港までは数十キロあり、街と結ぶ空港シャトルバスのようなものはない。マルシュルートカはあるようだが、これはその土地に慣れてないと使うのは結構難しい。ソフィスティケイテッドな管理があるわけでもないので運行の時間も出発の地もよくわからない。こういうときはホテルの受付でタクシーを呼んでもらうに限る。ホテルの評判に直結するサービスなので案外問題もおこりづらく、なんならさきに支払いもできる。客引きしているタクシーに乗ったらドライバーにぼられるが、ホテルで呼べば相場を事前にしらべて金額感を把握した状態で合意の上お願いできる。私が呼んでもらったタクシーは金額も安価で、直接支払いをしなくて済むようホテルの受付でクレジットカード決済もおこなえた。しかし翌朝呼び出したタクシーのドライバーが実にひどいやつで、この経験によってわたしのビシュケク滞在体験は毀損されることになる。
まずもってホテルの前に停まったタクシーの中でドライバーは眠りこけていた。ドアも窓も閉め切っており(朝だし寒いからそれはいいのだが)予約した時間にちょうどやってくるというわけではなくしばらくまえからこの場所に停車していたのだろう。運転席をリクライニングしてぐっすり寝ているようだった。タクシーを呼んでくれたホテル受付のお兄さんが窓ガラスをドンドンとたたき、大きな声をだして起こそうとしているがなかなか起きない。結局わたしとホテルマンの二人で窓をたたきながらクルマをゆっさゆっさと揺らして起こした。なんで朝からこんなことをしているのだろう。
ホテルのお兄さんにタクシーを呼んでくれたことへの感謝と別れをつげ、さっき起こしたばかりのドライバーとともにタクシーは出発する。当初はなんの問題もなくクルマは国道を走っていく。もちろんラグジュアリーなクルマではないが、乗り心地だって悪くない。ごく普通のクルマである。窓から見える冬のビシュケクの街は曇って冷え冷えとしていた。この長く寒い道を歩いて空港までいくことを考えてみたが、さすがに厳しい。旅慣れた若者はタクシーを避けがちだが、こういう歩いてもさして楽しくない場所は課金してショートカットできたほうがよい。そう思えるようになったのは私もずいぶん大人になったのだなと感じる場面だ。ちょっとまえまではいくら物価の安い国でも、公共交通よりはるかに高いタクシー代を支払うのが嫌で仕方なかったのだ。
タクシードライバーは移動の途中でクルマを路肩にとめ、たばこを買いに売店へ向かう。そしてドライバーはその買ったたばこを開封して火をつけると、その場でおもむろに吸い始めた。吸い終わるまで私は車内で待たされる。たばこを買うまではまぁ百歩譲ってわからないでもない。クルマを止めて売店に行ってたばこを買うまでせいぜい1,2分だ。しかし買ったたばこを彼が吸い終わるまで私は車内でなにをするでもなくただ待たされるというのはいくらなんでも承服しがたい。私は売店の前でのんびりとたばこをふかすこのおっさんを見つめることしかできないし、これが飛行機の出発までわずかだったらもっと怒るべきところだが、ここまで堂々としているとこれがこの国のスタンダードなのかと錯覚してしまう。ドライバーはたばこ休憩を終えると運転席にもどり、本来の業務を再開した。のちのちホテル予約サイトから宿泊の感想を求められたのでホテルに苦情をいれた。例のホテルマンが回答してくれたのかどうかは定かではないが平謝りしていた。別にホテルの人がわるい訳ではないので恐縮してしまうが、今後あのホテルに泊まる旅人の元にやってくるタクシーはもうすこしまともなドライバーがついていることだろう。
到着したマナス国際空港はそこそこ混んでいた。ビシュケクからタシケントに向かう路線は需要が大きいようだ。100万人が住む都市と220万人が住む都市を結ぶ路線なのだから、ヨーロッパで言えばパリとミュンヘンを結ぶくらいの感覚だろうか。
次の街へ向かう。中央アジア最大の都市、タシケントは人口219万人を抱える大都市で、古くからシルクロード交易の中継地点として物流の中心地でありつづけた。観光名所にもあふれている。たのしみだ。