旧ユーゴスラビアの革命記念碑をみてきた
「彫刻家ドゥシャン・ジャモニャの革命記念碑を見る」というタスクが私のやりたいことリストに書き足されてから10年以上経過している。旧ユーゴスラビア、現在のクロアチアの中央部、モスラヴィナ(Moslavina)という地域の鉄道もバスも通ってない小さな村に異様な見た目をした戦争記念碑がたたずんでいるというネット記事をみて「いつか見に行こう」と追加した一行だったのだが、アクセスの悪さもあり微妙に達成が難しいタスクとして塩漬けになっていた。たまたまクロアチアの首都ザグレブに滞在していたときにその一行を思い出したので、実際に行ってみることにした。
出社するひとや登校するひとであふれている朝のザグレブ中央駅。ここから各駅停車の列車にのり、一時間半ほど南東方向へ向けてひた走る。
目的のポポヴァチャ駅に到着する。下車したのは私と地元の人らしき女性の2名だけだった。この駅は記念碑の最寄り駅ではあるものの、ここからさらに18kmくらい距離がある。もし駅前にタクシーでもいてくれたらいいななどと思ったが、利用客もほとんどいない小さな駅なので当然ながらバスもタクシーもなにもなかった。徒歩でいくしかない。スマホの地図アプリによれば片道4時間程度のようだ。往復36kmだが、フルマラソンよりは短いし、きっとなんとかなるだろう。19時の終電までには駅へ戻ろう。私がペーパードライバーでなければもっと楽に生きられたのになと悔やんでももう遅い。千里の道も一歩から。往復36kmくらい歩いてみよう。松尾芭蕉は一日に50km歩いた日もあるという。人間は数ある動物の中でも最も長距離を移動できる生き物なのだ。
本当に一本道であるため迷う心配はない。たまに自動車が通るが、大半が木材を運搬する大型のトラックだ。細く頼りないアスファルトの道を勢いよくヘビー級の車が走り抜けていくのはなかなかスリリングだ。つい道路脇に立ち入って道を譲ってしまう。
ひたすら歩き続けて目的のポドガリチ村に到着する。アップダウンのある山道をすでに3時間半歩き通しているが、ちらほら現れる人家をみるとここで疲れて倒れたとしても助けてもらえそうだという安心感がわいてきた。
これまでずっとポポヴァチャ駅から一本道をたどってきたが、ここで明確に左折する。さび付いて内容がまったくわからなくなってしまった看板が目印だ。そこから大きく円をかくような坂が続いており、その坂の終点に記念碑は建っている。液晶からしか見たことのなかった光景がまもなく現実のものになる。
ついに到着した。ずっと「いつか見にいこう」と思い続けたあの碑が目の前に現れる。そのすごい見た目は10年以上まえにネット記事でみたあのときの印象のままだ。この特徴的な非対称性、そのアンバランスさ、中央のアルミニウム板が集まるコア、記念碑の造形のすべてが見る者の心をつかんで離さない。芸術とはかくあるべきだといわんばかりの圧倒的迫力だ。
足下にはこの記念碑についての飾り板が埋め込まれている。
Ovdje je sahranjeno više od 900 boraca sa šireg područja Moslavine koji su svoje živote žrtvovali za slobodu i nezavisnost naših naroda u toku narodno oslobodilačke borbe od 1941. do 1945. godine.
クロアチア語は読めないのでDeeplで英訳してみたのが以下になる。
More than 900 fighters from the wider Moslavina region, who sacrificed their lives for the freedom and independence of our people in the course of the national liberation struggle from 1941 to 1945, are preserved here.
どうやら第二次世界大戦中に犠牲となった900人以上の兵士たちがここに眠っているようだ。
太陽が当たっている側のコアはまた別の見た目の金属板が並んでいる。まるで電波を送受信するアンテナのようにも見える。
ごく一部に落書きがあるものの、コンクリートはそれほど劣化していないし基本的には非常によく保存されていると思う。大変な僻地なのでおかしな人間もそれほどこないのだろう。
また4時間かけて山を越えポポヴァチャ駅まで戻るか、と気持ちを新たにもと来た道を歩いていると、ありがたいことに赤い自動車に乗ったおじいちゃんが「ポポヴァチャ!?」と窓越しに声を掛けてくれた。「Da!!(Yes)」と答えて助手席に乗せてもらう。行く道なら景色を楽しむとかできるにしても、帰り道など楽しいはずも無い。本当にありがたかった。十字架の丘に行ったときも帰路だけ車に乗せてもらえたな、と10年近く前の思い出がよみがえる。
車に乗せてくれたおじいちゃんにお礼を伝え、やっとのことで今朝降り立った駅まで到着する。17時40分の列車でザグレブに帰ることにする。往復切符を買えたなら3割ほど安い値段で往復できるのだが、クロアチア鉄道の往復切符は行きも帰りも乗る列車を指定する必要があるため、オープンチケットのように帰りの時間を未指定のままでは発券できない。滞在時間が正確に読めない今回のような旅だと片道切符を往路復路を別に買うしかないのだろう。このポポヴァチャ駅からザグレブに帰る列車も1時間おきくらいには出ているが、始発駅のザグレブ駅とは異なりこれまでの遅延が重なっているため定刻通りには列車はやってこない。復路の列車も15分ほど遅れてやってきた。
スマホの歩数計によれば43000歩もあるいていたようだ。途中で車に助けてもらったとはいえ30kmも歩く経験はこれまでない。両足とも棒のようになってしまった。翌朝、下半身全体が疲れているだけでなく背中が筋肉痛になっていた。徒歩というのは案外全身をつかう運動なんだと実感する。たとえ30kmや40kmを歩き抜く体力があったとしても疲れはするし、もし限られた旅行期間で見に行こうという場合は素直にレンタカーをつかおう。
余談だが、ポポヴァチャ駅からポドガリチ村まで歩いていたとき、一度だけタクシーを見かけた。人を乗せていたので捕まえることはできなかったが、予約などすればハイヤーとして使えるかもしれない。Uberなどの配車アプリでは近くに車は一切なかったものの、たとえばシサクあたりからタクシーにのって行くというのは悪くない手段に思える。