キプロスにいってきた その2

その1はこちら

キプロスの首都ニコシア(レフコシア)はキプロス島の中北部にある。海沿いのリゾートばかりのキプロスで、この街だけは内陸部に位置する大都市だ。1000年以上前に海岸部の各都市からの避難民が集まり一つの都市となった歴史を持つらしい。このニコシアは分断国家キプロスの首都であり、(北キプロスを国家とするならば)世界で唯一、同時に二つの国の首都となっている街でもある。大変気になるところだ。行ってみよう。

ラルナカからニコシアに向かう

いま滞在しているラルナカからニコシアまでは朝から晩まで30分から1時間ほどの間隔で高速バスが出ている。週末は半分ほどまで減便されるので注意しよう。乗車地点はラルナカの中心部にいくつかあるIntercity社のバスターミナルや道路脇のバス停で、朝晩の時間帯によっては乗客数はかなり変動し運が悪いと混雑する。満席になるとそれ以上乗せてくれないため、不安な場合はバスの出発地から乗り込むとよい。新横浜からのぞみ号の自由席に座れるかどうかみたいなギャンブル性がキプロスのバスにもあるし、むしろ予約ができないぶんよりアツい鉄火場になっている。

片道4ユーロで一日乗車券が7ユーロ、なので日帰りで往復する場合はその旨バスドライバーに伝えると1ユーロ安くいける。この路線も現金のみの取り扱いなのでできればピッタリの金額をもっていこう。一応バス車内でも20€までの紙幣は使えるらしい。

Solomos Square / Πλατεία Σολωμού

車内で一時間ちょっとのあいだをぼんやりしていればバスは終点のニコシアバスターミナルに到着する。ニコシア市内のいくつかの小さな停留所にも止まるが、この終点まで乗っていたほうが国境には近いので理由が無ければ焦らずそのまま乗っていよう。このバスターミナルはニコシアの中心地、繁華街に位置している。

北キプロスにいってみる

到着したニコシアの街は、これまでみてきたキプロスの街と異なりリゾートの雰囲気はない。といっても紛争地域というラベルから嗅ぎ取れる治安の悪さは感じられない。ヨーロッパの地方都市みたいな街並みだ。それ自体はつまらないといえばつまらないかもしれないが、しかし通りにも路地にもテラス席を出しているカフェや土産物店が並んでおり、活気ある雰囲気はとても居心地がよい。

道に立つ案内看板では北キプロスとの境界を超える北半分については描画されておらず、「1974年からトルコに占領されている」とだけ書かれている。ここより200メートルほど北、ほんの目と鼻の先には分断の象徴である軍事境界線があるのだ。

奥に見えるプレハブが検問

南北の軍事境界線を越えてもう一方の領域へ向かうには、グリーンラインとよばれる緩衝地帯に設けられた検問を通過する必要がある。キプロスと北キプロスそれぞれに出国と入国の手続きが個別に行われるため審査は二回にわかれており、緩衝地帯として設定された無人のエリアを50mほど歩いて渡る。

木製の屋根が着いた通路を越えると北キプロス

どうやって書いたのか、ONE CYPRUSの落書きがあった

キプロスの出国は簡単で、パスポートの提示だけでおわる。スタンプが押されることもなく、ページが検められることもない。高い鉄柵で区切られたこの「国境のようなもの」を超えることは、住民にとってごく当たり前の日常でしかないのだろう。

北キプロス国の入国プロセスも簡単なもので、パスポートを渡して入国の目的を聞かれたのみだった。観光のデイトリップだと答えるとすぐにパスポートは返却されて入国手続きはおわる。これで日本国から承認を受けていない国に入国したことになる。この街でたとえばパスポートを無くしたり、大きな怪我をしたりすると当然非常にこまったことになる。日本国外務省や在キプロス大使館はこの地で邦人保護活動を公的にとることができないのだ。在外公館もないためパスポートを無くしたら北キプロスの外に出ることもかなわなくなってしまう。この街の治安は決して悪くないが、とにかくパスポートの紛失にだけは注意を払おう。有効なパスポートさえあればなんとかなる。

Stray

いっちゃ悪いがゴーストタウンのようだった

南側にくらべると街はさほど活気が無くシャッターを閉じた建物や廃墟同然の家屋も多い。人もほとんど見かけない。看板の文字はトルコで使われるものだけになり、商店の値段表記もリラが使われている。キプロスで使われていたギリシア文字はまったく見られない。慣れたローマ字はやはりとても読みやすい。

ニコシアの文字の下にはTurkish Municipalityと書いてある

国際的に見ればあくまでも「トルコが実効支配しているキプロスの領土、国の不存在」という政治的立て付けであるため、この北キプロスを郵送先としたあらゆる郵便物は直接この場所へ届かない。トルコ南部の街メルスィンの私書箱経由となるため数ヶ月単位で遅延したり、相手国不存在で戻ってきたり紛失したりする確率が高いという。貿易もできないためトルコからの「国内輸送」でのみ成り立っている現状もあり、リビングコストはトルコ本国よりも高くなるようだ。国連はもとより、スポーツや芸術、あるいは単なる文化交流を目的とした国際的なつながりを持つことができない孤立感、北キプロス国のパスポートで入国できる国がトルコしかないという不便性を思うと心が痛む。

北キプロスの公園。国旗が南キプロスのものと異なっていて、トルコ国旗とともに掲げられている

街を歩いていて出くわした工事現場。そこに描かれていた模様はトルコの国旗に似ているが、これが北キプロスの国旗だ。赤と白が反転しているだけの意匠で、同国の強い影響を示している。

激シブのネットカフェ。長いこと休業しているようだ

あまり強調したいわけではないのだが、私が行ったタイミングにおいては街はとにかく静まりかえっている。人口自体少ないのだろうとは思うものの、ここまで誰も居ないとは思わなかった。南側ではそれほど感じなかった中東諸国の雰囲気が感じられる。やはりここはトルコの一部だ。

とにかく強いキプロス島の日差しに皮膚は焼かれ熱をもつ。汗はすぐに乾くので不快ではないが真っ昼間の暑さで喉の渇きは増していく。道路脇で見かけた「BEER=2€」という看板につられてレストランのテラス席に吸い寄せられてしまった。ユーロもレストランやカフェなどでは普通に通用するようで助かる。ここには人がいて安心する。みな観光客だろうか。

やはりというか、ここ北キプロスでは南側で一般的なビールではなく、トルコでメジャーなブランドのビールが提供された。つめたく冷えたエフェスビールが喉を通り体にしみこむ。この感覚はリゾート然としていてたまらない。

大陸側のトルコの魅力は北キプロスにいったところで1ミリも感じられない。現時点では軍事境界線を越えたところで観光開発もろくにされておらず、有名なスポットもない静かな街がただあるのみだ。未承認国家をぶらりと歩いてみるという体験がいちばんのアクティビティといえる。もちろん南キプロスと同じように美しい海や遺跡も沿岸部には存在しているので、北キプロスをじっくり観光したい場合はキプロス島北部まで足を運んでみるのがよいだろう。鉄道や国内線はないが、バスがニコシアと北キプロス各地の小さな街を結んでいる。

数時間前に超えたばかりのグリーンラインを超えて南側にもどっていく。北キプロスからの出国は入国同様すんなりといったが、南キプロスについては出国時よりも入国時のほうが時間がかかった。パスポートの表紙にあるJAPANの文字をみると、審査官は壁に貼られたたくさんの国名が並ぶリストと照らし合わせて確認している。キプロスにビザなし入国が可能な国かどうか確認しているのだろう。当然なんら問題なく再入国ができた。

納得するようなしないような

名古屋の栄にあるオアシス21みたいな景色

ラルナカへもどろうとバスターミナルにやってきた。到着時とはうってかわってものすごく混雑している。車道部分まで人があふれていて乗り切れそうもない数の乗客がバスに群がっている。体育会系っぽく若い学生らしき人々ばかりなので、部活動やサークル活動のようなイベントごとで遠出するのかもしれない。

空港に向かう

ラルナカにも数日滞在していたが、この居心地のよいキプロスを後にする日がやってくる。なんとなく予定より長居することになったものの、いい街だからといってずっと同じ所にいるわけにもいかない。まだまだ回りたい場所はたくさんあるのだ。

ラルナカ空港と市街地は高頻度で運行している路線バスで移動することができる。片道2ユーロの現金払いだ。空港までの道中では乾いて白くなった塩湖が見える。

昔のApple製品を思い出すセリフ体

無人のカウンターのコンベアになんども乗せて調節した

私が乗ったキプロス航空のチケットは、フラッグキャリアとしては珍しいことに預け荷物が標準的には10kgまでに制限されている。40EUR支払うと通常の23kgまでOKになるのだが、いくらなんでも高いので手荷物として持って搭乗するリュックサックに重たいものを全て詰め込み、スーツケースの重量を極力軽くして預けた。飛行機にかかる負担は変わらないのだからまったく意味がない。

ラルナカ空港のラウンジはかなりちゃんとしている。せっかくなら早めに行ってゆったり過ごそう。新鮮なサラダもギリシャっぽいホットミールもあるのがうれしい。少し前は感染症対策でかなり簡素化されていたようだが、いまでは全ての制限が解除され元通りとなったようだ。

搭乗ゲートからベイルート行きの飛行機に乗り込む。日本人でこの機に乗ったことがあるという人は非常に少ないのではないかと思う。下手したらナウルに行った人よりも少ないかもしれない。何しろキプロス航空は機体を2機しか持っておらず、路線網も非常に貧弱なのだ。ほぼキプロス国内のギリシャ系の人々をギリシャの首都アテネに運ぶために使われていると思われるが、この路線は他にも5つの航空会社が就航している。苛烈な競争に晒されているエリアだ。

シートに腰をおろし短い空の旅の始まりを待つ。キプロスはいままで行った中でもトップクラスに良い国だった。リゾート地というのはえてして物価が高く、長期滞在するのはそれなりに裕福でないと厳しい。キプロスにはワイキキともマイアミとも全く劣ることのない美しい海と白い砂浜が待っているというのに、物価は比べものにならないほど安価で治安も非常によい。考古学的な歴史遺産も豊富だし観光にも事欠かない。ことヨーロッパからのアクセスであればキプロスは間違いなく最高のリゾート地だ。家族や恋人、あるいは友達とのんびり過ごすには最高の場所だと思う。

いつかまた(つぎはだれかと)行きたい。