グリーンランドにいってきた その1

北極に行きたいと思ってから約二ヶ月、さらにグリーンランド行きの航空券を買ってから一ヶ月、ぼんやり過ごしていたら行きの便の出発当日になってしまった。ついに、である。南極の次は北極だという雑な気持ちで往復14万円もする航空券を買った。グリーンランドにはグリーンランド航空しか就航しておらず、さらにグリーンランド航空はどのアライアンスにも所属していないし、グリーンランド航空とアドホックに提携しているほかの航空会社もない。なのでグリーンランドの首都ヌークと他の国を結ぶ航空券はどうやっても別切りとなる。というわけでナウルに行ったときと同じ理由で航空券は非常に高くつく。

いい国なのだが、今回はいかない

しかしレイキャビクにはもう行ったことあるな、と思ったので物価の高いアイスランドに一泊するのももったいないという貧乏根性が芽生えてしまい、結局2時間ほどの乗り継ぎ時間しかないスケジュールを立ててしまった。レイキャビクまでのフライトがちょっと遅れたら全部無駄になってしまうハイリスクなシロモノだ。そのうえ乗り継ぎに失敗したときの保険も掛けなかった。3.4万円というずいぶん高い保険料にひるんだからだ。何年も前にオランダのスキポール空港で乗り継ぎに失敗し、復路の片道だけ翌日分を取り直すことになった苦い思い出はあるのだが、それでもやはり賭けに勝てば3.4万の儲けだと思うと支払う気になれなかった。

そんな賭けに勝ち、定刻どおりにレイキャビク空港に到着する。相変わらず物価の高いアイスランドではカフェで時間を潰す気にもならない。いたるところに置かれたベンチには電源ソケットも備わっているし、空気中にはWi-Fiの電波も漂っている。アイスランド自慢のおいしい水道水のウォータークーラーもそこらじゅうに生えている。それらがあれば問題ない。

搭乗時刻になる。それまで閑散としていた搭乗ゲートの周りには、いつのまにか人が増えていた。といってもせいぜい20人ほどだ。老若男女いろいろいるが、日本人は私だけだった。航空券とパスポートは思いのほか念入りにチェックされる。一応シェンゲン圏に属している領土間の移動ではあるものの、グリーンランドの少ないであろう警察資源への配慮か、小さな機体内での航空保安のためか、相貌の確認も含めてしっかり行われた。普通の航空機に比べても、ごく少ない人数しか乗らないのである程度時間を掛けられるというだけかもしれない。

その後問題なくゲートを通過し、ゲートの外すぐの場所に横付けされたバスに乗り込む。バスに乗ってからドアを閉じるまでは少し待たされた。チェックイン済みの乗客が全員確実にバスに乗るまで待ってからの出発というルールになっているのだと思う。

曇天の空模様に真っ赤な機体が鮮烈だ。エアグリーンランド社はグリーンランド政府が運営している公営企業で、観光客やビジネス客の輸送はもちろん、広い国土を持つグリーンランド住民が町を移動するための生活路線でもあり、救急搬送にも使われるという国の生命線だ。グリーンランドは国土の大半が氷床と万年雪に覆われていて、沿岸部のごくわずかな陸地に小規模な町をつくって人が住んでいる。そのため町同士はどうやってもフィヨルドに阻まれてしまい基本的に陸路では結ばれていない。町を移動するときは常に船か飛行機なのだ。

プロペラ機らしい賑やかなノイズをたてて赤い機体は空を飛ぶ。チェックイン時に窓際の席をとれたならアイスランドとグリーンランドの美しい景色や海に浮かぶ流氷の姿も楽しめる。機内には電源もWi-Fiもなく、映画を見れたりもしないので3時間半のフライトで時間を潰せるような暇つぶし道具をもっていけるといい。

離陸後、しばらくするとドリンクサービスと機内食が配られる。ひんやりしたパスタとミートボール、デザートにはチョコレートマフィンがもらえた。機内食は一種類のみ、ドリンクはコーヒーと紅茶、お水から選べるし、乗務員さんに声を掛ければいつでももらえる。ところでプロペラ機の機内、とくに足下は非常に寒い。特に窓際だと耐えがたいほどに冷たい風が感じられるため冬用の靴下とブーツを忘れずに着用しよう。乗務員にお願いすればブランケットが借りられるので、わたしはそれを脚に巻いてしのいでいた。

ヌーク国際空港に降り立つ。かなり小規模な空港だ。日本の空港でいえば北大東空港や与那国空港みたいな規模だが、お土産物屋やカフェもないためかなりさみしい。シェンゲン圏としか結ばれていないこともありグリーンランド独自の入出国の審査もないため、機内から直接空港に歩いて入り、そのまま空港の外にでられる。気温は1度。さっきまでいたポーランドに比べればかなり寒い。南極にいったときと同じ気温だ。

空港出口にはタクシーが数台客待ちをしていたのでドアをノックして乗り込む。ドライバーに英語は通じなかったが、宿の住所を見せたらすぐわかったようだった。ちなみにヌークを走るタクシーはクレジットカードが使えるので、現地通貨のデンマーククローネを事前に持っていく必要はない。料金はメーターで計算される。空港から市街地までなら3000円くらいだ。

予約した宿に到着する。綺麗なアパートの一室を家主の不在時に旅人に貸し出しているようで、家具も家電も調味料も好きに使って良いという。フィリピン人のメイドさんが部屋を案内してくれた。こんな最果ての地に多少なりアジア圏の出身者がいることに少し安心した。

いままで泊まった宿の中で、ひょっとしたらいちばん素晴らしい場所かもしれない。いまは真っ暗だがリビングからは海が見渡せるらしい。長時間の移動で少し疲れていたので、メイドさんを玄関で見送り、とりあえず今夜は歯を磨いて眠りにつくことにした。

翌朝、ベッドを出てひとりリビングにきて驚いた。

素晴らしい眺望だ。窓から流氷が流れていく様子が見える。町の適当なホテルを取らなくて心底よかった。Airbnbを使った宿探しは当たり外れが激しいが、ここは大当たりだった。グリーンランド旅行で最高の選択は、間違いなくこの家を借りたことだ。

アパートを出て街を歩いてみることにする。目の前の海に近づくと、海岸には流氷の塊がゴロゴロと漂着していた。

OGP imageの元画像

波間に揺れる流氷を見ると、やっとのことでグリーンランドにたどり着いたんだなという実感が湧く。南極にいったことで全ての大陸へたどり着き、それに飽き足らず対極に位置する北極にもやってきた。一年間で南極と北極の両方へ訪れた人間は、世界全体で見てもかなり希少なのではなかろうか。日本人旅行者としての経験値はうっすらとカンストが見えてきた気がする。

つづく