2019-04-30

ナウルにいってきた その1

幾度と無い催促を重ね、やっとの思いで取得したナウルへの渡航許可証。あとはこれをもってブリスベンからナウルにむけてのフライトに乗り込むだけだ。いうまでもないが、ナウルへ就航している都市は少なく、ナウルの点在している島嶼国をのぞけばオーストラリアのブリスベンからのみになる。

初めてのオーストラリア観光をシドニー市内で十分堪能し、さあいよいよナウルだ。シドニー国際空港からブリスベン国際空港へカンタスの国内便で移動する。ブリスベンは、シドニー、メルボルンにつぐオーストラリア第三の都市だ。そのためいろいろな航空会社がたくさんの便を飛ばしている。直前でもフライトは十分購入できるだろう。ブリスベンにも観光名所はいろいろあり、ここ自体はとてもいいところであることをしばらく先に知ることになるが、いまはただナウルへのフライトを待つだけの場所となっている。島嶼国の多くはオーストラリアの北東に位置し、それゆえオーストラリア国内でもっとも距離が近い大都市がこのブリスベンなのだ。シドニーやメルボルンよりも多くの島嶼国いきのフライトが設定されている。

ナウルへのフライトは午前7時。かなり早い。国際線のチェックインは3時間前からオープンしているので、まだ夜もあけていない午前4時前後に空港至近の安ホテルから送迎用のバンで送ってもらった。「イエーイ!レッツゴー!きみはどこにいくんだ!?」と送迎車の座席に座る唯一の乗客であるわたしに尋ねてきたドライバーは、「ナウルです…」と答えるわたしに対してかなり反応に困っているようだった。これがフィジーだったりあるいは西オーストラリアのパースだったりしたら楽しくおしゃべりもできたというものだろう。日本人だってラオスに行ってくるよと言われたら反応に困る。

薄暗く肌寒いブリスベン空港に到着し、すでにオープンしているナウル空港のチェックインカウンターにパスポートを提出する。最初は渡航許可証を見せずにいたが、すぐに要求された。真正なものなので緊張する必要はないが、ナウルへの渡航は全てのチェックが大きな関門に他ならない。渡航許可証に記載されている番号を控えている。偽造はしないほうがよいだろう。しかし預け荷物もないわたしのチェックインは1分とかからず完了する。世にも珍しいナウル航空のチケットが無事発券された。

早朝のブリスベン空港での暇つぶしはむずかしい。店は多くがしまっているので、わたしはすぐに搭乗ゲートへ進んだ。なお、プライオリティパスを持っていればチェックインカウンターと同じフロアに36AUDまで無料で飲食できるカフェがあるので利用してもいい。どのメニューもやたら高いので普段だったら絶対につかわないが、朝5時だとホテルの朝食すら用意されていないはず、そういう時には重宝するかもしれない。朝5時ならこのカフェはオープンしている。

ブリスベン空港はかなり規模がおおきいものの、とはいえ歩いて何十分もかかるものでもない。80分ほど早くゲート前まで着いてしまった。空港内には横になれるタイプの柔らかいベンチがたくさん設置されているので、アラームを確実にセットした上でかるく寝る。

ブリスベン空港の窓から見える滑走路も明るくなってくる。搭乗ゲート付近にも人が集まってきた。いうまでもなくその人数は多くない。というか停泊している飛行機のサイズからすればかなり少ないと言える。待っている人のなかには日本人はいない。というか東アジア系の人間は1人もいないようだった。見受けられるのはナウル人だと思われる非常に恰幅の良いポリネシア系の男性ばかり、わずかに白人がいるようだった。

搭乗時刻になり、ビジネスクラスとエコノミークラスにわかれて並ぶ。人数がすくないのですぐに自分の番になる。チケット自体は上質なもので、ちゃんとバーコード管理されている。スキャンしてついに機内へ乗り込んだ。シートは鮮やかな青で、ナウルの海の色か国旗の色をモチーフにしているのかなと感じた。

自分のシートを探して座る。よくある3−3スタイルだが、案の定機内はガラガラでわたしの隣どころか前後列にも人がいない。よく経営がなりたつものである。ナウル政府のお金が入っているのかもしれない。そのナウル政府のお金ってのもまた他の国からの援助に他ならないだろうが。このフライトが廃止されたらナウルは本当に絶海の孤島になってしまう。

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ブリスベンから出発するナウル行きの便は、途中でソロモン諸島の首都ホニアラを経由する。中間点に位置するホニアラへの乗客を乗せることで効率のいい運航ができそうではあるが、ホニアラにいく客もまたかなり少ない。日本人にとっては先の大戦の激戦地であるガダルカナル島で知られているが、かといってそれを目当てに旅行客がいくとか、あるいはツアーを組まれているという話を耳にすることはない。失礼な話になってしまうが、やはりここもかなりの物好きでないとなかなか訪れることはないだろう。

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ブリスベン空港を離陸し、飛行機は乗客にドリンクや機内食のサービスが施される。機内で飲むビールといえば地元のメジャーなブランドだったりするが、ナウル航空ではオーストラリアのビールだった。ナウルで酒造をしているイメージはないので、まぁそういうものだろう。機内食はおいしかった。ちゃんと生野菜を利用している。おそらくブリスベン空港に併設されている業者が調理しているわけで、美味しいのはあたりまえかもしれない。オーストラリアは美食文化が花開いているという。大英帝国のDNAは失われてしまったのだろうか。

経由地のホニアラ空港に到着し、3割くらいの乗客がここで降りていった。ナウルが最終目的地の乗客はここで降りることはできない。座席にすわってホニアラ空港からナウルへいくわずかな乗客をあらたに乗せ、ナウルへむけてフライトが始まった。

高度がさがり、海の青がいっそう鮮やかにうつるころ、眼下にはナウルが見えてきた。ごく小さな島であるため、ナウルを目視できるようになったらもう着陸はすぐ。ナウル全体を目にすることは難しいが、そうこうしている間に飛行機はナウル国際空港に到着した。

飛行機が滑走路を移動し、ターミナルの前でとまる。ナウルは孤島で、そしてこの島だけがその領土であるため、この空港から発着する全てのフライトは自動的に国際便だけになる。ナウルの経済が崩壊したとき、オーストラリア領として併合される道を打診されたが、ナウル政府はそれを断ったという。そんなネット記事を思い出しながら、入国審査の列に並んだ。

審査列はそれなりにながく、そして並列処理がなされていないので時間がかかる。自分の番になり、ブリスベン空港でも見せた渡航許可証と自分のパスポートを手渡す。電子的な照合は行っていないようだが、許可証の番号をここでも控えている。パスポートにナウルビザとかかれた大判のスタンプをおし、そのなかに渡航の目的やさきほどの番号をさらに記入している。このなんてことのない島に入国するためにどれだけの手間をかけるのだとあきれてしまうが、若い女性の審査官の手元を眺めて待つ。高校生くらいじゃないのかと思うほど若い。

そしてついにナウルへの入国が完了した。なかなか長い道のりだった。ナウル政府の役人をなのる人へのGMailアドレスにコンタクトをとってからここまでろくに気が休まらなかった。高い金と手間をかけてここまできた。本来日本国民が日本国内でビザを取得するのはとても簡単なのだ。そもそも渡航に際してビザが不要な国ばかり、たとえ必要でも大抵の国の大使館がそろっているのでそこへ向かうとか、あるいは郵送で必要書類を送るとか、最近ではインターネット上で申請することができる場合もおおい。まぁ、いろいろな事情があるのだろう。この多様性もまた楽しいじゃないか。そう思って自分を納得させる。

空港ターミナルは意外にも混雑していた。ナウル人たちが溢れており、旅行者の受け入れや親類家族の迎えだろうか。わたしも事前に予約していたAirbnbの部屋のオーナーが迎えてくれた。ざわざわとした空間でよくひとめて見つけられるなと思うが、やはりアジア人はそれなりに珍しいのかもしれない。

わたしが宿泊した部屋は空港から徒歩で3分とかからない場所で、実際とても近い。あっという間に到着する。コンクリートの基礎になかなかおおきい家が建っている。この家主はナウルではかなりの名士なのでは、とも思った。道中で話をきくに、過去日本で働いていたこともあるという。この島の出身で日本で働くまでのルートはかなり大変そうだが、ということはつまりこの人はけっこうやり手のビジネスマンだったようだ。

自分の部屋を案内され、水道やトイレやシャワーの使い方を教わる。Airbnbを使ったことは何度かあるが、しかしここまで家主の家族との距離が近いケースは初めてだ。自室のドアを開ければ奥さんらしき人がテレビを見ている。お子さんは現在オーストラリアに留学しているということだった。やはりかなり裕福な人々なのだろう。

しかしこの部屋にはインターネットがない。この不思議な国にきたことをSNSで自慢するのは出国後にしようと考える。わたしは旅行者なので天気が良ければ外を出歩き観光名所をまわりたい。そうオーナーにはなす。レンタルバイクを紹介しようか、と言ってくれたが、ナウルは港区と同じくらいの大きさだと聞いていたので、可能ならレンタルサイクルがいいのだけどと言ってみた。すると「家の前にある自転車を好きにつかっていいよ」とのこと。ありがたくもそれを使わせていただくことにした。まもなく知ることになるが、これは誤った選択だった。

つづく