20年以上自分の名前を間違えていた
私の名字は内藤という。珍しくはないがそれほど日常生活でおなじ名字の人に会うこともないというくらいのものだ。Naitoという名前自体は日本語圏以外ではカッコイイねと言われることたまにあるので嫌いではない。
あるとき、自動車運転免許証に記載の住所を変更するために最寄りの警察署にいってきた。新住所に届いた郵便物と既存の免許証を持っていき、警察署に置かれている書類に新住所を書いて合わせて提出すれば5分とかからずに終わる手続きだ。私は当時頻繁に引っ越す暮らしをしていたのでとくに迷うこともなく警察署の受付窓口に一式を提出する。そのとき受付にいた女性スタッフから「この『藤』の字は普通の藤ですか?」と聞かれた。意味がわからず「普通といいますと?」と答えると、曰く私の書く「藤」の字が草冠になっておらず、前田の「前」のように2本の縦線が下に突き抜けない形状に書かれているという指摘だった。言われてみればこれまでなにも気にしてこなかったけど、わたしは「花」とか「芸」とか「菅」という字を書くときは突き抜ける普通の草冠を書いていたが、どういうわけか「藤」に限っては「前」と同じように点をふたつ乗せるように書いていた。そしてこの日、人生で初めてそれが誤字であると認識した。
自分の名前に異字体が含まれているという話は聞いたことがなく、単純に間違って憶えていたのだろう。小学校低学年で学ぶ「前」の字にひきづられてしまったのかもしれないが、まさか自分の名前を正確に書けていないまま成人し、さらに10年以上たってしまっていたということに衝撃を受けた。考えてみれば自分の名前の漢字を間違っていると指摘される機会などまず無いのだから直す機会が限られるとはいえ、じつのところかなりショックだった。端から見たら些細な違いかもしれないが、しかしこれまでおそらく最も多く目にし、自らの手で書いてきた文字だ。かずある文字の中で、なかんずく重要なものである自分の名前を間違っておぼえていたというのは、なぜかとても落ち込んでしまう。
小学校低学年のころの作文をひっぱりだして確認してみたところ、少なくとも8歳の時点で誤った字を書いていることがわかる。というわけで20年以上間違え続けていたようだ。
異字体や旧字体で「前」の上部のような「藤」があるのではないかと思い、法務局の提供している戸籍統一文字情報で「藤」の異字体を検索しても、出てくるのは「十」が二つ並んでいる旧式の書き方があるのみだった。ちなみに「前」の部首は右下にあるリットウであり、上部は「止」という字が変化したものであるため、草冠とはもとよりなんの関係もない。ただ、「藤」の草冠が「前」の上部になっている漢字は「誤字俗字・正字一覧表」と呼ばれる行政用の文書や登記統一文字の一つとして採録されているのを見つけた。とはいえこれは当然に誤字を名寄せするためだけの存在であろう。
藤井聡太二冠はサインとして自作の詰め将棋を出題してくれると聞いたけど、ついにラーメン店で見かけた。二十七手詰。 pic.twitter.com/IkWvOP0a5c
— 辰井裕紀 (@pega3) August 29, 2021
誰か間違えている人いないかな、と思って最初に思いついた藤井聡太五冠のサインを見てみると当然のごとく美しい草冠だった。
一方で、別の「藤」界の大物である伊藤博文の署名は突き抜けていないのでセーフではないか、という気もしてきた。……まぁ誤りの言い訳を探すのはやめ、これからは正字とともに生きていこうと思う。
この記事を読んでいるあなたも、実は普段書いている名前が間違っているかもしれませんよ。
もともと記事タイトルを「30年以上」としていたけど、生まれてすぐ漢字で記名していたわけじゃないなと思って20年以上に変えた