台中にだけ売ってるワインを求めて
台湾にはこれまで何度も行っている。しかしそれは台北や台南ばかりで、台中や花蓮のように大きな国際空港のない街は通過こそすれちゃんと滞在したことはなかった。いつか行こうと思ってはいたが、これといったきっかけがないまま時間が過ぎていく。
あるとき、台中でワインを造っているという話をきいた。ワイン用のブドウが生育するのに適している地域といえば乾燥していて冷涼というのが一般的であろう。台湾のようなポッカポカ常夏エリアでワインが造れるというのはにわかに信じがたい。調べてみると世界のワイン生産量のうち、0.0028%が台湾産のワインらしい。そりゃ出会わないわけである。造っているとはいっても台湾ワインの生産農家は事実上2社のみと非常に少なく、作付面積も当然少ない。それゆえ台北どころか台中の酒屋であっても手に入れることはむずかしく、というか現実的にはワイナリーで直接買うしか入手方法はないようだった。あんなに暑い国で造られるワイン、とても気になる。しかし台湾ではオンラインでのアルコール販売は違法であり通販もできない。どうしても飲んでみたくなった私はさっそく台中に行ってみることにした。
台中にも国際空港はあるが、同国最大の国際空港である台北の桃園空港から台中まではそれほどアクセスが悪いわけではないため、多くの人は台湾新幹線で台中まで向かう。わたしもそのようにしてたどり着いた。
台中市の中心にある台中駅と高鉄台中駅の位置は、ほかの高鉄駅と同様に相当離れている。両駅間は普通列車で結ばれている。15分ほどのって移動しよう。
翌朝、台中駅前のバス停から台中ワインを造っているワイナリーの草分けである樹生酒荘に向かう。バスは交通ICカードが必要なので事前にコンビニで手に入れておこう。乗るバスは651番。ほかのバスよりも本数は少ないし、乗っている人もほとんどいない。私が乗ったときは乗車した台中駅バス停から降車まで、乗客は私ひとりだけだった。
バスに揺られて1時間ほど、樹生酒荘の最寄りのバス停で降りてさらに20分ほど歩く。ワインなんてとうてい造れなさそうな高温多湿、体にまとわりつく台湾の濃密な空気を分け入って坂を上っていく。
いかにもワインをつくってそうな雰囲気の道を進んでいくと、小学校の体育館みたいな大きさの、工場とおぼしき建物が現れる。
やっとたどりついた。ここが樹生酒荘、世にも珍しい台湾ワインの生まれる場所である。目立つ建物だが、こちらは醸造工場なので入れない。この建物の裏手にちいさな売店がある。
台湾は世界的に見て最もワイン造りのハードルが高い国のひとつであるという。当然ながらこの高温多湿な気候がその大きな理由だが、ほかにもブドウの収穫シーズンと台風シーズンがかぶっていて生産高がまったく安定しないこと、ほかのフルーツのように政府からの補助金が提供されないこと、ワイン造りに適したカベルネソーヴィニオンやピノ・ノワールのようなメジャーな品種ではなく耐熱性を持つわずかな品種しか栽培させることができないことなど、いったいなぜこの国でワインを造っているのか不思議に思うほどの悪条件が重なっている。
ワインは試飲ができる。在庫しているワインには複数の種類があるのでせっかくだから一通り飲んでみよう。カウンターにいるおじさんは客もいなくて暇だったのか、飲め飲めとどんどん試飲用の小さなカップにそそいでくれる。英語も日本語も通じないが、ワインでつながるコミュニケーションがある。ワインの種類はよくわからないので、とりあえず一番スタンダードそうなものを3本と、ちょっと高そうなプレミアムラインのものを1本買った。
店をでて来た道をもどり、同じバスにのって駅前のホテルに戻る。ホテルに備え付けられていた冷蔵庫でボトルを冷やし、夜、買ったばかりの台湾ワインを飲んでみた。試飲しているので味はわかっているが、やはりとても甘い。貴腐ワインのようだ。好みは分かれるかもしれないが、まちがいなくおいしいワインである。世にも珍しい激レア台湾ワインを現地ワイナリーで購入して飲むことができたのはいい体験だった。