退職記念日

二年間バイトしていたケーブルテレビ局を退職する。 夜勤だったし週に2回か3回入ってたので結構なお金になった。おかげでずいぶん余裕のある大学生活を送れた。旅行にも行けた。 深夜の勤務は慣れるまで本当に辛いもので、ブラックコーヒーとフリスクで無理矢理覚醒させていた。それでも身体が慣れてくるとそれなりに何とかなるもんで、最近はずっとこの仕事でもいいかなーなんて思うようになっていた。 送出していたのはアメリカの放送波なので、そこそこ英語の勉強になったように思う。 この仕事をしてなければ、少なくともpopeって単語は永久に知らなかったんじゃないかな。 やめる理由に私の意思はなく、会社の規則で学生しか雇わないという方針があるためだ。 一緒に勤務している人は全員大学生で、留年か進級しないかぎり全員大学の卒業と同時に退社する。

ずいぶんゆるめの会社で、ミキサーデスクの前で飲食してもOKという普通の会社では完全な禁忌であろうことも許されていた。 なので皆いつもお菓子を持ってきてほかのバイトや社員とシェアしていた。私はケチだし面倒なのでいままで一回も持って行かず、ひたすら食い荒らすだけだった。 なので最後くらい今までのお礼と思い新宿の京王百貨店でバウムクーヘンを買った。

この時点で時刻は夜8時。勤務開始は夜11時。 さあ時間が余った。会社の最寄り駅、原宿で下車して時間をつぶせるところを探そう。 うろうろして見つけたレストランバー。一人で入っても浮かないいい感じの店だ。 店員に一人だと告げ、テーブル席に案内してもらう。ギネスビールを頼んだ。 コートを脱いでノートPCを取り出す。店にはQueenの曲が流れている。 贅沢な時間だなぁと思う。でもそんな時間ももう求めることができなくなる。

4年間かけて大学を卒業した。2年間勤めたバイトをやめた。 私は大学生でもフリーターでもない身分になった。

無職だ。

大学院も受験していない。さんざんバカにした就活ももちろんしていない。 卒業したら留学するなんてぼんやりとした夢というかなんというか、そんな感じのフワフワした未来だけを眺めて時間だけが過ぎていった。 周りはみんな進学か就職か留年をした。どこにも所属していないのは私だけだ。

毎日茫漠とした不安を抱えて、根拠の無いプライドばかりを塗り固めて、 いざ一人になったとき、身体一つで生きていけるほど私は強い生き物じゃなかった。 何かに所属する心地よさをどこかで求めていたみたいだ。

ビールが出てきた。

卒業おめでとう。進むべき未来が決まることを祈る。