青ヶ島にいってきた

日本には6852の島があり、その中で有人島として認められているのは300ほどに過ぎません。日本はイギリスやニュージーランド、台湾などのように国土の全体が島です。その中でもとりわけアクセスの悪い島として青ヶ島という場所があります。ピトケアン諸島ブーベ島トリスタンダクーニャといったガチの孤島ほどじゃ無いにせよ、東京から南に360kmのところに浮かんでおり、週に4本ある定期船の就航率は5割ほど。黒潮の強い流れの中にある島なので海が荒れやすく、簡単に訪れることができない島として知られています。東京からの直行便はなく、ヘリコプターでも船でも八丈島を経由する必要があります。とにかく大変な僻地で、東京都の一部とはいえ文句なしの秘境。島自体も特徴的で、世界的にも珍しい二重カルデラ、断崖絶壁に囲まれた島影、絶海の孤島ゆえの美しい星空など、絶景を生み出す要素がこれでもかと詰め込まれているとか。緯度だけでいえば長崎県よりも南に位置しており、ケッペンの気候区分でいえば亜熱帯とされています。

Photo by Charly W. Karl

そんな青ヶ島にいつか行ってみたいなと思ってはいたのですが、いかんせん遠く、そして船の就航率をみるに「一度行ったらしばらく戻ってこられないかもしれない」という強烈な事実。 とはいえそんなことを言っていたらどこにも行けませんし、たまたま身近に青ヶ島に行ってみたいという人も現れたことも後押しし、ついにこの孤島への探訪が実現しました。

7月の終わり、まだ東京は梅雨明けしていません。浜松町から竹芝桟橋まで歩きます。乗船の待合室たる広場には、大学生と思われる集団がたくさんいます。きっとみんな伊豆大島や八丈島にいくのでしょう。青ヶ島に行く人はこのなかで数人というところでしょうか。

近くのコンビニでビールを買い、黄色い客船橘丸に乗り込みます。二等船室なので寝っ転がることしかできません。夜も遅いのですぐに消灯時間がやってきます。

目が覚めたころはまだ未明でした。日の出を見られるかなと思って展望デッキにあがってみましたが、7月の下旬だというのにかなり寒く、空も雲がたくさん泳いでいます。

東京からのった船の終点はこの八丈島です。伊豆諸島のなかではかなりの都市で、お店もホテルもたくさんあります。 ここであおがしま丸に乗り換えです。

雲はあるものの、よく晴れた日差しの強い夏の天気です。コバルトブルーの濃い海の色と空の色がはっきりと分かれて美しいコントラストを見せています。

八丈島からさらに船で3時間。進行方向に青ヶ島の島影が見えてきました。端正な二重カルデラ構造の島として知られる青ヶ島には浜辺がありません。また近年までまともな港湾設備もなく、波の影響を露骨に受けてしまうという船にとって、また住人にとっても優しいとは言いがたい環境でした。

港は島の南側にあるため、港に近づく頃には島をかこっている断崖絶壁が見られます。 現在は120億円掛けて竣工したという上等な船着き場とカルデラを貫通して移動できる長いトンネルが作られたため、かつての青ヶ島に比べればだいぶ容易にたどり着けるようになったそうです。

港が見えてきました。コンテナの積み卸しをするためのクレーンがみえます。

タラップを降りてあおがしま丸から下船すると、予約していた民宿のかたが送迎用の車で迎えに来てくれました。青ヶ島には食堂はなく、商店も一つしかありません。そのため多くの人は3食とも民宿で食べさせてもらうという形になります。私が泊まったあおがしま屋も3食を提供してくれるのですが、そのうちの一食はひんぎゃと呼ばれる蒸気噴出口で調理して食べるという体験ができます。

ひんぎゃがあるのは港から車で10分ほど移動したカルデラの中。高低差のかなりある青ヶ島の地形をものともせずに車は島の中央付近に位置する池の沢地区に向かいます。

ありました。青ヶ島について調べるとかならずでてくる地熱釜。ふたを開けて食べ物をいれ、釜のしたにある赤いハンドルをひねると高温の蒸気がでてきてなんでも蒸せるという、なかなかプリミティブな調理器具です。

食べ物に蒸気が当たるようにステンレス製のかごにいれてふたをします。入れた食べ物はジャガイモとサツマイモ、生卵とくさや、そして既製品のソーセージを入れます。それぞれ10分から20分程度、ジャガイモは40分くらい蒸します。

蒸している時間は暇なので周りをうろうろしてみます。ここ池の沢地区は地熱が島内でもっとも強く感じられる場所のようで、コンクリートの地面は手のひらを当てるとかなり熱くなっています。炎天下であることも影響しているのかと思いましたが、日陰でも同様ですし、土の地面からはもうもうと水蒸気が立ち上っています。

手を不用意にいれてしまったら一撃でやけどします。こういう場所には地中にも動物はあまりいなさそう。

しばらく歩いてから地熱釜に戻ってきました。きっとできあがっているでしょう。 最初にいれたジャガイモとサツマイモと卵のかごを取り出してみるとちょうどよく蒸し上がっています。

うまい! 夏の炎天下で食べるふかし芋がこんなにおいしいんですね。ソーセージ以外は青ヶ島でとれた食材らしく、まさしく地元の味です。この島で作っている「ひんぎゃの塩」という名産の塩をつけて食べてみます。さつまいもにもジャガイモにも、もちろんゆで卵にもよく合っておいしい。

つぎのかごには青ヶ島の名産のひとつ、くさやをいれました。くさやってマジで臭いんですが、蒸気で蒸したくさやはあんまり臭いません。すでに強めの塩味がついているので、じゃがいもと一緒にたべました。やっぱりおいしい。 大満足です。蒸すための食材と一緒におおきなおにぎりもいただいたのでおなかいっぱいです。

実は事前にお米も炊けるという噂をきいていたためジップロックに生米をいれて持って行ってたのですが、結局使わずじまいでした。 もしこの記事を読んでいるひとがいるなら試してみてください。水の量がむずかしそうですが、ひんぎゃで炊いた米なんて絶対旨いはず。

地熱釜のすぐとなりには「ふれあいサウナ」という公営の入浴場があります。この島の強烈な地熱をつかったサウナで、もちろんここも観光名所の一つです。島民も観光客も一律で一人一回300円。東京都の銭湯の料金はこの記事を書いている現在は460円に統一されていますが、ここはすこし違うようです。銭湯という扱いではないからでしょうか。それともなんらかの支援があるのかな。謎です。

汗を流し頭と体を洗ってさっぱりしたので探検を再開します。民宿のお兄さんがくれた青ヶ島の観光マップをたよりに徒歩移動。この島にはレンタルバイクはなく、レンタカーのみが提供されています。島に病院がないため、けがをしたときの対処がとれないから、というのがその理由らしい。

このオオタニワタリという植物は日本では絶滅危惧種に指定されている貴重な種です。これが青ヶ島には死ぬほど生えています。 大きく綺麗な葉をもつため園芸目的に採集されてしまい、いくつかの県ではすでに自然下で完全に絶滅してしまったのだとか。 これだけたくさん生えていると大して貴重には感じませんが、こういうのは大切にしていきたいですね。

青ヶ島に行った日は、ちょうど東京都知事選の真っ最中でした。この島でももちろん選挙はあります。 ですがメジャーな候補者3人のポスターしか貼ってありません。このポスターを貼ったのはどなたでしょう。 通常はボランティアのかたがはったりするんじゃないかと思いますが、ここでは村役場のひとが貼ることになりそうです。

ガソリンスタンドもあります。この島で唯一の商店「十一屋商店」の向かいにあり、 給油したぶんだけ商店で支払うそうです。不思議な感じがしますね。

宿に帰ってくると待ちに待った晩ご飯! ものすごい量がテーブルに並びます。 有名な伊豆諸島名物 島寿司 もあります。地元でとれた食材ばかり、揚げ煮、味噌漬け、煮付け、塩焼きに刺身、とにかく魚づくしの豪華な食卓でした。明日葉のすいとんまで。 シシトウの炒め物が尋常じゃなくおいしく、ほとんどひとりで食べてしまいました。

そして女将さんのご厚意でいただいた地元のお酒 青酎。本土ではほとんど出回ることのない珍しいお酒です。 独特な風味があり、好みが分かれるかもしれません。私は大好きです。ロックでいただきました。

完全に満腹になりました。まだ煮付けが残っているのを心苦しく思いつつも限界です。 私は別段小食なわけではないですが、これはさすがにすごい量でした。 重たい体を持ち上げて部屋に戻ります。布団のうえに寝転がると本当に幸せな気分になりました。

青ヶ島を有名にするひとつの要素は星空です。孤島なのでまわりは海、民家もすくないため島の明かりもほとんどありません。 そして今日は幸運にも昼間から晴れていました。せっかくなので島の展望公園まで歩きます。街頭もない真っ暗な道を歩いて行くと、途中から地面は土になります。階段状に整備されているものの、海に囲まれている地形だからか強烈な量の夜露で草木はびちょびちょです。雨でもないのにサンダルはそうそうにぬれてしまいました。それでもスマホの懐中電灯機能をたよりに進んでいくと、ついにひらけた展望台にたどりつきます。

本当に綺麗な星空でした。北斗七星もくっきりみえます。天の川だってみえますし、天球がすべて星で埋め尽くされていました。人生でみた星空の中でもトップクラスのものでした。私の使っている安いコンデジでは星空は撮れませんが、青ヶ島村役場の公式サイトでも紹介されているのでぜひどうぞ。

しばらくその展望公園から星を眺めます。私と友人の二人しかそこにはいません。虫の声だけが聞こえます。 静かな星空には時折流れ星が光ります。こんなにたくさん流れるものなのですね。流星群が見えるときはもっとすごいことになるかもしれません。

宿への帰り道、居酒屋から聞こえてきたのはAiのStory。おじさんがカラオケをしている声でした。死ぬほど下手でした。

翌朝、気持ちよく目が覚めました。船で一晩中移動し、そのあと一日中このしまをハイキングしていたわけですからかなり疲れもたまっていたみたいです。普段よりもだいぶ遅く起きてしまい、外を見るとすでに日がのぼりきっていました。

朝ご飯は軽めですが、おかずはやっぱり多彩です。むかし伊豆大島で食べて感動するほどおいしかった明日葉の天ぷらもたべられました。

船の出向まではもうしばらく時間があります。昨日行けなかったところを回りましょう。 最初に青ヶ島で最も高い場所、大凸部(おおとんぶ)に向かいます。

15分かそこらの山登りです。あっという間に頂上へ。祭壇のようになっている展望台からは青ヶ島のカルデラ地形が一望できます。 昨日行ったサウナも見えました。上の写真でいうと右端です。残念ながら曇ってしまい、青い海はみえませんが、風は涼しく昨日よりもすごしやすかったかな。

青ヶ島は古くから肥沃で食料にこまることもないというわりと裕福な島でしたが、江戸時代に起こった巨大な噴火によって生活が奪われてしまうという悲劇がありました。島から避難し、そして数十年後にまた戻るまでの歴史は本当に苦難そのものだったと偲ばれます。Wikipediaの記事が非常に秀逸で読み物としてすばらしいものなので、そちらもご覧ください。(Wikipedia:還住)

さて、ついに島を去る時がきました。我々が泊まったこのあおがしま屋、最高でした。女将さんもすてきですが、この民宿で働いていたお兄さんがめっちゃいい人なんです。 最初この島に降り立ったときに尋ねてみたのですが、どうやらこの島の出身というわけではないそう。 普段は東京の区部で働いているけど、夏の繁忙期だけ民宿を手伝っているとのこと。 「この島なんにも無いので早く戻りたいですね…」というリアルな声にはすこし笑ってしまいました。

民宿のおかみさんが我々の昼食用にとおにぎりをつくってくれました。島を離れていく船の展望デッキに座り、海風を感じながら食べます。

どんどん遠くなる青ヶ島はちょっとさみしい感じがしました。同じ東京都なのに。

船内に戻って仮眠をとります。あと2時間もすれば八丈島に到着です。きのう港で乗り継ぎのためだけに上陸したけど、もちろん島の観光名所もたくさんまわりたい。

つづく