ギリシャ・イオアイナにいってきた

目が覚めたとき、まだ外は暗かった。たっぷり温かいお湯が出るシャワーを浴びて服を着替える。ホテルに併設されているカフェでトーストとコーヒーをいただき、イオアイナの街を散策する。せっかくのすてきなホテルをチェックアウトするのは名残惜しいけど、こればかりは仕方ない。今までの経験上、大概の街に再訪することがないのできっとイオアイナに戻ってくることもない。長い人生のなかでたったの9時間だけ滞在したホテル、いい思い出になりそうだ。何十回も泊まっているibisホテルみたいなチェーン店は印象がほぼない。

昨日降っていた雪はすでにやんでいた。車の上にはすこし雪が残っているが、地面は割と乾いている。

街の中には城壁があり、そのゲートをくぐるとまた街がある。旧市街だろうか。

城壁の中には古城があり、工芸品や昔の武器を展示した博物館があるようだ。

イオアイナの街は湖とともにあり、夏はボートにのったりできるらしい。いまは完全なオフシーズンだ。ひどく寒いし観光客なんてだれもいない。

街のパン屋で昼食を買い、街の服屋でシャツとパンツを買う。日本ではLやXLは太った人用に作られていることが多くて合わないが、ヨーロッパだと大きいサイズの服が安価で手に入るので助かる。私は海外旅行の時に古くなった服や下着をもって出かけ、現地で全て捨てて新しい服を買うようにしている。荷物が減るので便利なのだ。

そろそろアテネに帰ろうかと思った。道でたばこを吸っているおじさんにバスターミナルの場所を聞く。どうやら街のはずれにあるらしい。さっき買ったパンをかじりながら歩いて向かった。

バスターミナルの時刻表を眺めてみると、どうやらアテネまでは一日に6本のバスが出ているらしいことがわかる。片道6時間くらいだろうか。13時発なので、おそらく晩ご飯はアテネで食べることになるだろう。車中でホテルをとらないと…。そんなことを考えながらチケットカウンターでアテネまでの片道切符を買ってバスを待つ。定刻通りにバスが来たので運転手さんらしき男にチケットを見せて乗り込んだ。

バスよりも鉄道のほうが好きだけど、まぁなんだって同じだ。着けばよろしい。高速道路に乗ってしまえば暖かいシートに身を預けるだけだ。何もかわらない。アテネまでの道中、車窓を眺めてのんびりしよう。

ところがこのバス、全然つかないのである。

イオアイナからアテネまでの高速バス

一回やんだようにみえた雪が、バスの出発とともに激しさを増してきた。イオアイナのバスターミナルから順調に南下し、数日前に訪れたパトラにつく。徒歩でも通った例の斜張橋を、こんどはバスで悠々と通り抜ける。ギリシャにもETCのような仕組みがあるようで、車によってはすっと通り抜けることもできるみたいだった。バスの通過料は60ユーロほど。もちろん私が直接払うわけではないが、結構高価だ。

橋を通り過ぎ、ハイウェイに戻ろうとしたときに警察官がバスを止めた。路肩にバスを寄せ、警官の誘導に従い下道に出る。なにがあったのだろうと心配になり、ほかのギリシャ人の乗客に話を聞いてみる。

「すいません、なにがあったのでしょうか」
「雪が強くなってきたので、大型のバスはハイウェイの通行ができなくなってしまったの」
「なるほど…きっと到着は遅れるんでしょうね」
「たぶん1時間とか2時間は。でもわからないわ」
「わかりました。ありがとうございます」

うーん。天候ばかりは仕方がない。パトラからアテネまで4時間程度だっただろうか。このときの時刻が17:40だったので、もしかしたらアテネ着はかなり遅い時間になるかもしれない。とはいえ最終日に移動を含ませるわけにはいかず(もしどこかでディレイがあったら飛行機に乗れなくなってしまう)、できるだけ早い段階でアテネにもどり、今後の旅行はそこを基点にしなくては。飛行機は無情で待ってくれないし、お金ももどらない。たとえ自分が悪くなかったとしても、誰も助けてくれないので保険をかけておかないと。何度も旅行をしていて経験則が身についてきた。何年かまえ、搭乗した飛行機の出発が整備不良で遅れてしまい乗り継ぎができなくなってしまったことがある。スキポール空港で支払った片道9万円の恨みは忘れない。

バスはパトラを後にして一般道をじわじわと進み続ける。日は暮れてあたりはどんどん暗くなってきた。雪の勢いはおさまってきたが、道の脇にはかなり厚く雪がつもっている。とてもじゃないが速いとはいえない速度でアテネに向かってバスは走っている。きっと晴れていたら風光明媚な景勝地にもなっていただろうなと思う崖沿いの道だ。エーゲ海はもはや空の色と混じって境界がわからない。灰色に囲まれて18時を迎えた。

19:20。バスは渋滞に捕まったままうごかない。雪はやんだが海は荒れている。


20:13。バスはAigioという街にいるようだ。進みはどんどん遅くなる。これはバスの中で夜を明かすことになるだろうか。もしそうならネットが使えなかったせいでホテルの予約ができなかったことも意味がでてくる。とはいえ午前3時にアテネで放り出されてもこまるので、遅れるなら遅れるで思いっきり遅れてほしいものだ。


21:11。車内は賑やかだ。ギリシャ人の若者3人がさっきからずっとしゃべってる。べつにそれはいいんだけど、バスから出ようとしているからまたすこし不安になる。なにが起こったのか聞いてみると、「ちょっとご飯を食べてくるよ!」とのこと。一安心。確かに13時にイオアイナを出発してからすでに8時間も何も食べれてないわけだ。私もたまにトイレ休憩が挟まれたときに水のボトルを買ったりしているが、いいかげんおなかがすいてきた。バス乗り場で買ったハムとチーズが入ったパイはとっくに無くなっている。うーん。このペースだと到着は明日の朝くらいだろうか。いや、もしかしたら昼かもしれない。覚悟を決めよう。今日はバス泊だ。交代がいないであろうバスの運転手さんには同情する。超長時間労働だ。明日は朝からサントリーニ島にいこうと思っていたけど、そううまくはいかないかもしれない。雪はとても強い。遠くが白くかすんでいる。


22:44。眠くなってきた。車内は静かになった。ドライバーが聞いている音楽だけがうっすらと聞こえる。 雪はやんで遠くも見えるようになったけど、渋滞はまったく改善しない。Aigioからもほとんど進んでいない。車中泊は確定だ。のろのろとバスは進んではいるが、クリープ現象程度の速度しか出せないようだ。すこし眠ろう。おやすみなさい。


5:30。目を覚ましたとき、バスはすいすいと進んでいた。GPSで現在地を確認してみると、ちょうどアテネ市街地に入ったようだ。バスの運転手はずっと一人で運転していたのだろうか。ねぎらいたい気持ちになる。どうせなら9時くらいまで暖かいバスのなかにいたかったけど、そうもいかない。まもなくバスターミナルに着くだろう。


6:00。アテネについた。別にすることも無ければ行くところもない。早朝なのでお店もやってないしとにかく寒い。風は冷たく頬をさす。十字架の丘もそうだったけど、私の旅行はいつも寒い時期に寒い思いをしているような気がする。

運転手さんはもちろん、乗ってきたバスもねぎらってあげたい。結局15時間くらい乗っていたのだろうか。疲れてはいないが、すこし体がこわばっている。

寒すぎる。キオスクでチョコレートを買ってかじりながら歩く。電車の中で時間をつぶして喫茶店が開いたらそこで暖をとろうかな…。

ハロー、アゲイン! アテネ

そんなこんなで戻ってきたアテネ。こちらでも結構雪が降ったみたいだ。パルテノン神殿を見たときは結構暖かかったんだけどなぁ。

旅行の終盤、残された時間を楽しむために、まだ行ってなかった観光名所をいろいろ見て回る。まだ三日間のこっている。最終日は昼過ぎに空港に向かわなくてはならないが、それでもまだまだ時間はたっぷりあるのだ。

国会まえの衛兵交代式。ブーツの先に黒くて丸いなにかがついている。かわいらしい。

土産物屋が軒をつらねる地区。地面の模様がマカオを思い出させる。このあたりは清潔で活気もある。初日に訪れた地区とはそう離れていないが、街の様子とはこうもガラリと変わるものなのか。

雰囲気はいいけど、まぁこういう場所はだいたい観光客目当ての値段設定だ。特になにも買わない。お土産を買うのはスーパーとかのほうがいい。ちょっと大きい店舗なら地元の商品なんかをたくさん扱っているものだ。

雰囲気のいい喫茶店があったから入ってみる。私は普段からコーヒーをほとんど飲まないのでよくわからないが、たぶん美味しいのだろう。隣に座っていたギリシャのおばあさん二人はホットチョコレートを頼んでいた。あっちにすればよかったなぁ。コーヒーといっしょに小さなビスケットっぽいお菓子を持ってきてくれるのはなんでだろう。日本でもそういう店はあるのかな。

スニオン岬

アテネの観光地はわりと固まっているので回りやすい。その反面、半日もあればメジャーなスポットは周りきれてしまう。 どうしようかなと喫茶店でラップトップを開いて調べてみると、アテネ中心部からバスで1時間45分。70kmほど離れたアッティカ半島の最南端に岬と海の神ポセイドンを祭る神殿があるらしい。 おもしろそうだ。行ってみよう。

バス停の場所は猛烈にわかりづらい。シンタグマ広場から歩いて10分ほどの場所だけど、看板はちいさいし案の定時刻表もない。オレンジ色のポールが道路脇にしれっと立っている。このバス停を探すためにずいぶんうろうろしてしまった。そして時刻表がないのでいったい何分、あるいは何十分待てばいいのかわからない。仕方ないのでバス停の前でぼんやりとバスを待つことにした。

実はタイムテーブル自体は存在する。ネットで言及されることもなく、またこれまでたくさんの旅行者がどれだけ待つのかわからないまま待たされていたことだろうが、一応終点のスニオン岬には時刻表が掲示されていた。これはアテネにも貼った方がいいだろうと例外なく全員が思うことだろうが、一回スニオン岬に行けたらみな満足して後に続く旅行者のことなんか気にしない。そしてギリシャのバス会社も気にしない。結局これからもあまたの旅行者がバス停の前で待つことになる。

バスに乗ってから1時間ほどしておばさんが料金の回収にきた。「スニオン」と、行き先を伝えて6.9ユーロを支払う。そのあとはとくにすることはない。崖沿いの綺麗な景色を見ながら贅沢な気持ちになる。本当に美しい。ついこの間までの曇天が嘘のようだ。

バスの車窓からは陽光にきらめく郊外の大きな邸宅がみえる。オーシャンビューだ。いったいどんな人が住んでいるんだろう。

1時間40分ほどで到着する。海風がつよい。

ドーリア様式の柱が堂々と立っている。いったいどれほど長いあいだここで海を見ていたのだろう。

青空にクリーム色の大理石がよく映える。非常に美しい。来てよかった。

周りは全て崖だ。柵もなく身を乗り出せば下をのぞき込める。なかなか怖い。

同じバスできた観光客は3人。やはりオフシーズンだ。独り占めって言ってもいいかもしれない。

淡々と書いているが、この時はパルテノン神殿なんかよりよほど感動していた。この神殿だけをひたすらバシャバシャ撮影してた。スマホの空き容量がなくなった。

オリンピック記念スタジアム

アテネにもどってまた街をうろつく。初代オリンピックが開催された会場があった。現在はコンサートをやったりする場所として活用されているほか、Wikipediaによれば2004年のアテネ五輪での聖火リレーのゴール地点だったらしい。

表彰台は実際に何かの試合で使われたのだろうか。とりあえず中央にのぼって1位になってみた。これからの未来、何かで一位をとることがあるんだろうか。たとえあっても、それはオリンピックではなさそうだ。

すこし雪が残っているが静かで趣深い。案の定だれもいない。独り占めだ。

アテネ国立考古学博物館

コンピュータをいじってご飯を食べている人間には、あるいは雑学好きな人間には、計算機の起源というものが非常に曖昧で人口に膾炙した定説が存在しないことは広く知られている。中でも最古のアナログコンピュータと称されるアンティキティラ島の機械には心躍らされるものがある。この機械、実はアテネの博物館に展示されているらしい。それ以外にも貴重な史料がたくさんあるとはわかっていても、とりあえず例の機械を一目見ておきたい。 博物館はシンタグマ広場からもすこし遠いが歩いていける。バスや地下鉄を使ってもいいが、天気もいいので私は歩いてみた。

博物館につく。建物の中は広く規模はかなり大きい。テーマや時代ごとに分かれてたくさんの部屋がつながった構成になっている。どの展示も教科書でみるような有名な作品ばかり。つくづくギリシャという国の尋常じゃない歴史の長さを感じさせる。

ついにみれた。本物のオーパーツだ。黄金ロケットや水晶どくろと違って本当に失われてしまった古代技術存在の証左。感動的だ。千数百年前にこんなものがあったのだ。千年前に失われた技術が現代まで途切れずに受け継がれていたのなら、我々がもつ科学技術は千年先のものだったかもしれない。なんだかアレクサンドリア図書館のようだ。

かえろう

アテネ国際空港へ向かう。来たときと同じように地下鉄にのり、到着したカウンターでチェックイン。搭乗ゲートが開いたら乗り込む。まだまだ見るべき観光スポットはギリシャにはたくさんある(ティラナとバーリにはなさそう)。次きたときはサントリーニ島やミコノス島、ロードス島なんかを見てみようかな。

2017年最初の旅行、楽しかった。