レーシックを受けてきた

私は昔からかなり目が悪く、確か小学校5年生くらいからずっとめがねを掛けて生活している。高校生くらいから外出するときを中心にコンタクトレンズを使うようになっていったが、それでも夜になってくると目が疲れるのでめがねを掛けてしまう。コンタクトレンズの使用中は目薬が手放せないし、定期的にネット通販で安いレンズをまとめ買いするのも面倒、それなりにお金も掛かっていた。それに花粉症のシーズンだとコンタクトもおちおちつけられない。

ところが。まとめ買いしていたコンタクトレンズの在庫が尽きた。さらに長いこと使ってきためがねのレンズには大きなキズが入ってしまった。ハワイ青ヶ島で見た満点の星空もめがね無しではほとんど見られず、プラスチックの板を通した(劣化した)光を受け取っていた。なんだか自分の状況や経験が視力矯正手術をうけるためにしつらえられたように思えてくる。手術自体の値段も10年前に比べると格段に下がった。手術を受けた人もとても多くなった。検診と手術を1日で済ませてしまうことも可能だという。ここが良い時期なんじゃないだろうか。もう受けてもいいだろう。時は満ちた。毎朝目が覚めたときに手を広げて枕元をあさり「めがねめがね…」と探すこともなく、これからも幾度となく訪れるであろう様々な旅行先や絶景スポットの景色をプラスチック越しにみることもない。花粉症も問題ないらしいし、定期的なコンタクトレンズ購入にお金を捨てることもない。そう思うといても立ってもいられなくなった。

よし、レーシックを受けよう。

いまどきレーシックなんて珍しくもなんともないが、とはいえ自分の眼に切り込みを入れてペロリと膜をめくるとかいう術式は狂気そのものに感じてしまうし、「レーシック難民」という言葉もある(こういう言葉で画像検索などはしないほうがいいだろう)。いつか受けたいなと思いつつもそれを阻害する心理的・経済的なハードルがあった。しかし一度「やりたい」と思うとこれまでぼんやりとやらない理由として立ちはだかっていた壁がいともたやすく崩れ去る。我ながらちょろい性格なのだ。

次にどこの病院で手術をうけようかということを考える。ネットで調べると宣伝にお金をたっぷりかけているクリニックが山ほどでてくるので迷うが、適宜条件をもうけてフィルタリングしていこう。私の場合は、東京近郊に所在していること、高価な自費診療なのでクレジットカードで会計ができること、経験者のレビューが多いところを基準に選んだ。品川近視クリニックと神戸神奈川アイクリニックが候補に挙がったが、後者は現金会計とクレジットカード会計で料金に差を付けているというなんとも嫌な料金体系だったのでやめておいた。

診察は品川近視クリニックの公式サイトからオンラインで予約できる。しばらく待つとケータイに電話が掛かってきて予約の確認と問診がなされる。かなり効率がいい。コンタクトレンズを手術前しばらくの期間装用してはいけないとか、常用している薬はあるかとか、手術の経験はあるか、なんかを尋ねられる。花粉症以外は概ね健康なのでいつだって手術Readyだ。いつでもできる。しかし事前検査と手術と術後検診で3日ほど潰れてしまうので、日付としてはゴールデンウィークのど真ん中にする。午前9時からの診察、午後14時ごろからの手術となった。品川近視クリニックでは最初の検査と手術を同日に行うと1万円割引になるという制度があったので、私はこれを利用した。紹介者割引クーポン券と、この同日割引を両方適用して2万円引き。消費税等全部込みで14万円となる。最も安価なプランの二倍する。正直価格差に意味があるのかどうかもわからないし、見え方に違いがあるのかどうかもわからない。情報量として患者が圧倒的に不利な状況にあるわけなので、ビジネスとしては患者の不安を煽って高いプランを選ばせるということはするだろう。しないわけがない。

検査と手術

数日前に予約した日がゆっくりと近づき、ついに当日になった。日比谷駅から有楽町イトシアビル13Fにあるクリニックに向かう。大変綺麗な院内には溢れるほどの患者がいた。実際のところ本当に溢れており、一番広い待合室のベンチは全て埋まっているし、二番目の待合室にもかなり人がいる。

名前を呼ばれ、最初に遺伝子検査をおこなう。綿棒で頬の内側をこすって提出するのだが、この検査に1万円がかかる。そのままレーシックを受けると会計時に1万円を引いた額が請求されるとのことで、実質は無料になる。しかしレーシックを受けるのをやめたくなった時、この検査代1万円は返ってこない。 ということはつまり、この1万円は人質となるのだ。ここでレーシックを受けないと1万円ドブに捨てることになりますよ、ということなのでこのシステムは賛同しかねる。

その後も大量の患者(病を患っているわけではないのでこの呼び方は正しくないかもしれない)をさばく為に非常に効率よく検査と診察を進めていく。複数の検査機器が並んだテーブルの前に座り、一つずつ座る椅子をずらしていく。ベルトコンベアで商品を移動させる工場が思い浮かんだ。検査技師のかたや看護師のかたは非常に丁寧だが、診察を担当するドクターはかなりぶっきらぼうで、正直こいつに自分の大切な一対の眼球とそこから見られる視界を預けていいのか、と思わないでもない。そのうえ「視力が悪すぎるので安いプランでは対応できず、ワンランク上の方式をとるが問題ないですね」と、有無を言わせないような物腰で料金プランの変更を求められた。正直6万円も高くなるし変更の根拠も説明してくれないし、かなり不審に思った。とはいえすでに1万円を遺伝子検査に支払う必要があり、2時間もかけて実施した大量の視能検査まで完了している。このタイミングで他のクリニックを選ぶことなんかできはしない。けっこう嫌な気持ちになりながらしぶしぶ了承した。

その後会計カウンターで料金を支払う。割引をきかせた状態で税込19万円。最初にネットで調べてきた価格よりもかなり高いが、それでも他のクリニックのイントラレーシックよりは安いと目をつぶる。

午前中の検査を全て終え、午後は実際の施術となる。3時間ほど有楽町の街をうろついたりアンテナショップを覗いたりして時間を潰した。いつか食べたいと思っていた北秋田市の名物バター餅を秋田県のアンテナショップで見つけた。この話はあまりにも関係ないので別の記事にする。

定刻の15分前にクリニックへ戻り、最後の診察と視力検査を行う。午前中に検査した内容と変わることはないが、本来は術前検査と手術の日程は異なる場合が多いため再度の検査が必要なのだろう。手術前の人専用の待合室で髪の毛と耳を覆うキャップを被り、まもなくおとずれる手術をどきどきしながら待っていた。

スタッフにいざなわれて手術用の区画に入る。こちらもたくさんの部屋があり、各部屋の前には一人がけのベンチがある。同じように手術を待つ患者が座って待っている。私も同じように座り、生まれてからずっと付き合ってきたこの視界がもうすぐ失われるのかと考えていた。実際は正しい視力に戻るだけで失われることはなにもないが、手術前の自分の心境としてはそれが一番近かった。

再度呼名され、手術室に入る。部屋の中には硬いベッドがあり、ちょうど頭を上から覆い隠すように大ぶりな機械が浮いている。ベッドの上に仰向けに寝転び、「ああ…ついに…この体が改造されてしまう…」とビクビクしながら目の前に迫るレーザー照射光を見つめる。ドクターから言われる極めて作業的でなんの感情もこもってないテキパキとした指示に従う。きっと今日だけですでに数十人の目にレーザーを当てたのだろう。それには同情しなくもないが、私にとっては人生で最初で最後の大変な問題なのだ。もうちょっと優しくしてほしい。寝そべり手をももにピタリとつけたまっすぐの状態で待っていると、時計仕掛けのオレンジで見るような開瞼器(かいけんき)を使い、まぶたが閉じないようにされる。もちろん目が乾かないようにたっぷり目薬をさされるので痛みなどは全くない。しかし実際にフラップをつくるための作業は想像を超える圧迫感だった。開瞼器で見開いた目に謎の器具が押し付けられている。何かを押し当てられていることは間違いないのだが、視野が狭いこの状態では何が起こっているのかさっぱりわからない。目の前にはレーザー光がまたたいている。自分の意思とは無関係に処置は進んでいく。点眼するタイプの麻酔をさされているので痛くもなんともない。しかし自分の視界には小さな黄色っぽいレーザーの走査が見えていた。

数分で両眼のフラップ作成が終わる。実際にレーザー光が当たっていた時間だけなら両眼合わせても1分程度のものだろう。目の周りの器具を全部外されると、視界が白くぼやけていた。少なくとも視力は失っていない。そもそもレーシックは視力を失うような工程は全く含まれていないが、とはいえ不安なのだ。一つ一つの過程が自分にとって精神的な負担として重くのしかかる。肉体的には大したことなくても、だ。

私の目にどんな処置が施されていたのかについては以下の動画がわかりやすい。普通施術する場所に他人を入れてくれるクリニックは日本にはないだろうが、アメリカはこういうとき柔軟だ。ただ途中の映像は少しグロテスクなので(我々にもある器官なのだが)注意されたい。

私が施術中に感じていた異常な圧迫感の正体も、手術後にこの映像を見てわかった。人間の目というのは案外丈夫にできているんだなという別の感動がある。

フラップの作成が完了すると、次はそのフラップの下に別のレーザーを当てる。そのための機械が設置してある部屋に歩いて移動する。今思えば大したことではないし、スタッフもいつもの作業くらいにしか思ってないだろうが、スタッフについて徒歩で次の部屋に歩いていく時の自分の気持ちとしては、あまりにも心細いしなんで同じ部屋に機械を置かないのだ、という愚痴が口をついて出そうだった。実はもっと高い手術だと徒歩で歩いたりしないらしい。資本主義社会なのだ。そのことに文句は何もない。

次の部屋の前で10分ほど待つ。スタッフに呼ばれて部屋に入り、先ほどと同じようにベッドの上に仰向けになる。黄色い大きな機械がさっきと同じように自分の上に覆い被さり、フラップの中へレーザー光を放つ。「キョロキョロしないでねー緑色の光をみててねー」と抑揚のない声でドクターが話す。「ヒエェ〜こわいよ〜」と心の中でぼやきつつ、変なところにレーザーが当たらないように必死でまっすぐ前をみる。かなり滲んではいるが緑の光が見える。それをまっすぐ見据え、とにかく早く終わってくれることを祈っていた。

とはいえ手術の時間は事前に知らされていた通り大変短いもので、レーザーを当てたあとは小さな刷毛のようなものでフラップを戻して麻酔か何かの点眼薬をさしたら終わりだった。その後は休憩室のような場所に座らされ、目を閉じてじっと待つ。15分くらいしたらスタッフがやってきて、最後に一度診察して解散となる。あっけない終わりかただった。自分の人生をかけて挑むつもりだった手術の終わりが「それではこれで終わりですのでこのままおかえりください、お疲れ様でした」だけとは。ブリーフィングとかは無い。

手術後

手術後は視界が白くぼやけている。しかし説明によると数時間で解消されるらしい。術後数日間に渡ってさしつづけないとならない点眼薬を4種類、目を保護するためのサングラスを一つ受け取る。色も度もついてないシンプルなデザインなので、さっき貼った動画のやつよりは抵抗なくつけられるし、つけたまま外を歩いても恥ずかしい思いをすることは無い。しかし顔に当たる風もあり目は大きく開けられない。なんとなく目がよくなった気はするが、ずっと目を細めて歩いているので術後の結果はまだよくわからなかった。

家についた時点で夕方ころ、まだ就寝には早い。しかしPCの利用も読書も禁止されており、夜寝る時間まで暇つぶしが封じられている。私はYouTubeでネットラジオ番組を流しながら目をつぶって仰向けでじっとしていた。

翌朝、目を開けると視界がとてもクリアだった。「うわ、コンタクトつけたまま寝ちゃった…?」と一瞬びっくりするが、すぐに自分がレーシックを受けたことを思い出す。起床してすぐささなきゃいけない点眼薬をさし、しばらくしてから自分の周りを見回す。

小学校以来失っていた裸眼で物を見るという体験を取り戻すことができたのだ。

術後検査

手術の翌日には術後検査がある。また有楽町まで向かって視力検査をしてもらい、医師にフラップの状態を確認してもらう。両方とも特に問題なく、綺麗に仕上がっているとのことだった。

しばらく点眼薬との付き合いは続くが、それも使い切ったら晴れて快適な視界を手にした第二の人生が始まるのだろう。目がもとよりいい人にとっては、何を大げさな、と思われるかもしれないが、15年もメガネやコンタクトレンズという足枷を引きずってきた自分にとって、それらを捨て去ることの喜びは大変なものなのだ。レーシック、受けてよかった。

やはりそう簡単に15年間の癖はぬけず、お風呂に入るときや就寝するときにメガネを外そうとして空中をスカッと空振りすることがある。これもあと数日もすれば頭が順応してなくってしまうのだろう。

最後に

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