アタカマ砂漠にいってきた

チリのサンティアゴにいってきたからの続き

朝早くのフライトに乗るため、まだ夜も明けきらないうちからサンティアゴ国際空港に向かう。この街に到着したときは空港連絡バスをつかったが、ホテルからバス停までの距離がかなりあることがすでにわかったため今度はUberで移動することにした。

空港までチリではUberの営業が違法なものとなっていて、当局に見つかると罰金を科されてしまう。それゆえ私も助手席に乗せられた。あくまでもドライバーの友人というかたちで乗車しているという体なのだ。市街地から空港までの距離は15kmほどだし、チリのタクシー相場は日本よりもかなり安価なのでオススメできる。ホテルの前から国内線ターミナルまで1600円ほど。

上空からの景色はやはりいつもと雰囲気が違う。一切緑がない。いわゆる砂砂漠とは違って山肌の岩石が直に見えているからか、かなり黒ずんだ景色だ。これは初めて見る光景かもしれない。

空港にはタクシーもおり、地元の人はそれを使っているようにみえる。わたしは最初からそれらに見向きもせず、ちゃんとしてそうな会社の運行する乗り合いタクシーをつかった。そちらのほうが安いということももちろんあるが、サンティアゴの空港ラウンジでチリ人のスタッフが「カラマではTransvipとかのバスつかったほうがいい。タクシーは危ない」というアドバイスをくれたことが大きい。チリの乗り合いタクシーだって評価が高いわけではないが、少なくとも犯罪に巻き込まれたというレビューは見当たらなかった。安くて安心なら乗り合いタクシーを使わない理由などない。

空港の到着ロビーのカウンターでカラマまでのチケットを購入し、同様にアタカマを目指す若いファミリーと一緒にバンに乗り込む。乗り合いタクシーは客がある程度集まるまで出発しないが、空港発ともなるとあとから客がやってくるということもない。結局私とそのファミリーだけを乗せてカラマ空港を後にした。こういう無害そうな人々と一緒だととても安心する。本来はホテルの前まで連れて行ってもらえる仕組みのようだが、私は日帰りのつもりなので街の中心地で下ろしてもらうように頼んだ。

一時間ちょっとのドライブでタクシーはアタカマの中心地に到着する。非常に日差しがつよく、そして乾燥している。舗装されていない道路もおおく、風が吹くと砂埃が舞う。町中で野良犬がうろうろ歩いているが、人になれているのか特に威嚇されたりはしない。それどころか私の後ろをずっとついたきたりする。どういう目的でついてくるのかはわからないが、なついてくれる動物はかわいい。

アメリカ南西部を旅していたときにも見かけたアドベ建築をアタカマでも見かける。そういえばアメリカ大陸の先住民たちに広く使われていた建材だった。ついニューメキシコ州の古都サンタフェのイメージがついてしまい、なんでこんなところにと思ってしまう。いろいろなところを回っていると、こういう形でこれまで見てきたもの、経験してきたものが偶然に結びつく機会がある。XXXでみたYYYのようだ、と頭の中でリンクできるのはこれまでの旅が自分を形作っているという実感が得られてうれしい。

コンクリート製の建物は少なく、土壁の通りが自然と調和した独特な町の雰囲気を醸成している。チリでも屈指の観光地なのでなんらかの建築ルールがありそうだ。観光客ばかりだが、路地を抜けてしばらく歩くと静かな住宅地も広がっている。この街で暮らすのはどういう感じなのだろう。大きなスーパーなんかもこのあたりにあるのだろうか。この街で暮らす高校生が通う学校はあるのだろうか。

乾燥しているアタカマの町を歩いていると喉が渇いてくる。観光地なのでレストランやカフェもあふれているので適当なお店に入ってみた。テラス席に案内してもらう。帆布の傘で強い日差しが遮られた心地よい空間でビールを飲んだ。一杯で足りるわけもないし、日本よりも物価は安いのでローカルっぽい別のビールを1本、メニューをみてまったくわからなかった料理を一皿注文した。マッシュポテトでツナを挟んだようなものがでてきた。とてもおいしい。

まだツアーが始まるまで時間があるので町を歩き回る。カラマに帰るときのバスターミナルの位置を把握し、最終バスの出発が20時であることを確認しておいた。ツアーの集合場所からは少し距離があるので注意しよう。

バスツアーの参加者は20人ほどだろうか、日本人もけっこういる。チリで初めて見かける日本人だった。日本語で話せる相手がいると気楽だ。4.5時間のツアーには絶景が詰め込まれている。こういう交通の不便な場所ではツアーを使ってしまうのがやはり定石だ。私はペーパードライバーなのでレンタカーもつかえないし、使えたところでこういう荒野のなかから各種の観光地を目指すのはかなり難しそうに思う。砂漠ともなれば携帯の電波も圏外になるところも多そうでなかなかこわい。

砂漠という言葉で思い浮かぶ光景は、一面の砂と歩くラクダや連なるキャラバンといったものじゃないかと思うが、アタカマ砂漠はそういった砂まみれの砂漠とはすこし違うかもしれない。ゴツゴツした岩場となめらかな砂地が混在している。

直射日光で熱せられた砂地は本当に熱く、サンダルで来てしまったことも災いして非常に歩きづらい。気温だけみてサンダルを履いてきたが、さらさらとした砂の上をそこそこな距離歩くのでここは普通にスニーカーで来るべきだった。素足で履いているためサンダルの革と足の間に砂が入り込み痛い。諦めて砂の上では裸足で歩くことにしたが、それはそれで足の裏が熱された砂に直接触れて熱い。四面楚歌である。

月の谷と呼ばれる場所が眼下に広がる。日本にもヨーロッパにも無い景色だ。世界で最も降水量の少ない地域として知られているだけある。

Tres Marias(三人のマリア)と呼ばれる塩でできた像が立つ名所にやってくる。この地がかつて海だったことを示す塩原に立つ天然の石柱だ。人の形をしている塩の柱ときくと、旧約聖書にあるロトの妻の塩柱を思いおこさせる。とくに囲いがあるわけではないが、近づいて躓いて破壊しては大変なので遠巻きに眺めていた。

マリアたちの足下は広くひろがる塩原になっており、地面は割れた塩のかけらが散らばっている。手についた白い粉をすこしなめてみたが、当然にしょっぱかった。この塩は一億年以上かけてこの地に形成されたものだという。

谷が見渡せる高所が最後の観光地で、この場所から見る夕焼けが大変素晴らしいのだと案内された。ほかのツアーに参加していた観光客たちも同じ場所に集まってなかなか賑やかだ。わたしも知り合った日本人二人と岩に座ってしゃべりながら落日を待つ。

太陽が沈みきる直前の谷はごくわずかなあいだだけ鮮やかなオレンジに染まる。そしてすぐに谷全体が暗闇に支配された。素晴らしい光景だった。

夕焼けを見届けた後はあたり一帯の気温は急激に下がる。あんなに暑かった昼間の砂漠とはうってかわって肌寒くなり、とてもじゃないが半袖でうろつくなんてできなくなる。砂漠の気温が変わりやすいというのは知識としては知っていたが、こうわかりやすく実感したことは初めてだった。集合時間も迫っているのでツアーバスに急ぐ。経験則としてこういうとき時間通り集まるのなんて日本人くらいのもので、大抵バスのなかで出発までしばらく待つことになる。

案の定遅れて出発したバスの中、昼間から日暮れまで歩き回った一日を過ごしている人たちばかりの車内では、濃密なけだるさが漂っている。添乗員もそれを知っているからだろう、特に話したりもしていない。私もバスの車窓から見える荒野をぼんやり眺めていた。眺めていたが、心の中は落ち着いていなかった。わたしが予約したホテルはカラマ市内のもので、このツアーバスの解散場所は乗車場所と同じサンペドロ・デ・アタカマ市内、そのためわたしはここからさらにバスに乗ってカラマ市内まで戻らなくてはならないのだ。往路で乗った乗り合いタクシーは空港だから簡単に捕まえられたが、復路では都市の規模も小さいアタカマでタクシーを捕まえることもできない。最初からアタカマでホテルを予約していればよかったが、この観光地にはホテルの数は限られており、値段も高く、そしてすぐ埋まってしまう。カラマで安価なホテルを予約した私を誰が責められよう。気をもみながらツアー解散の場所に到着し、いち早く荷物をピックアップしてバスターミナルに向けて駆ける。散々歩きまわって疲れていたが、この寒いなか野宿はしたくない。

息を弾ませながらやってきたバスターミナルは、今日の最終バス1本だけがまだ来ていない唯一のバスとなっていて、待合室(といっても木造の倉庫みたいな場所にベンチが並んでいるだけだが)で待つ乗客たちがその到着を待っているという状況だった。とりあえず間に合ったらしい。しかし全てのチケットカウンターはすでにクローズしている。英語が話せる人をなんとか見つけ出し(でかいバックパックを背負った若者は旅慣れていて助けてもらえる確率が高い)、チケットは車内でも購入できるということを教えてもらう。一安心だ。

結局バスは定刻にやってこなかったため重たい荷物を抱えて走らなくてもよかった。最終バスでカラマの街に戻ってくることができた。到着したバスから降りると何人ものタクシーの客引きに囲まれる。それらを全て無視してホテルまでまた歩く。疲れた体には若干遠いが歩けない距離じゃない。タクシーの金額交渉をするくらいなら歩きたい。安い値段を言ってなめられたくないし、高い値段を言って損したくないのだ。配車アプリを使わないタクシー利用で嫌な思いをしたことは一度や二度じゃない。

15分ほどで今夜のホテルに到着する。チェックインを済ませると大柄なホテルマンが私の荷物を抱えて部屋まで持って行ってくれた。ありがたい。砂漠を長々歩いたせいで足はすすけて汚れているしそこそこ疲れている。服を床にすべて脱ぎ散らし、シャワーを浴びたあとはベッドに倒れてすぐ眠りについた。

つづく