キューバの首都ハバナにいってきた

トランジットのために降り立ったパナマのトクメン国際空港でツーリストカードを手に入れ、キューバ行きの国際線に乗り込む。アルゼンチンから始まり、南米、中米、北米の行ったことのない国々を巡り、今回の米大陸旅行の最終目的地がキューバだ。ここを最後にスペインを経由して日本までのんびり東進していこうと思っている。

キューバはクセのある国で、旅行者からの評判もまちまちだった。不便でつまんないという人も、面白かったとリピートする人も、これまでどちらも見かけた。その賛否両論具合はインドのようだ。私はインドという国がまったく好きではないが、他方インドが大好きで何度も行っているという日本人もまたたくさん見てきた。私の行ったことのない場所が賛否両論であるならば、やはり実際に訪れてみるしかない。私には刺さるかもしれないし、そうでないとしても行ったことのある国が一カ国増えるなら旅人としてそれもまたプラスだ。たまたまヨーロッパに戻る安価なフライトを探しているときに見つけたチケットがキューバ発マドリッド行き片道5万円ほどのもので、これは安くていいじゃないかとその場で購入した。その後キューバが最終目的地となるように米州全土を巡り、ついに5月の下旬、初めてのカリブの国、キューバに降り立つこととなる。

到着したハバナの空港は混雑していた。入国はすんなりいったものの、預けたスーツケースがいつまでたってもでてこない。大抵は次々に出てきてコンベアの上をゆっくり回り続けるものだが、なぜかおよそ一分につき一つのスーツケースくらいのペースで出てくる。めちゃくちゃ遅い。結局ここで30分以上待つことになった。

空港を出たところではいつものようにタクシーの客引きがあるが、私は事前にタクシーを手配しておいた。Taxi in Cubaという会社のもので、ネットで簡単に予約ができる。ハバナ空港から市街地までを結ぶ公共交通はなく、路線バスがやや離れたところから出ているという情報もあるにはあるのだが、時間もかかるし微妙らしい。予約したタクシーは1台あたり片道30米ドルの現金払いで、概ね外国人観光客が支払う金額としては妥当な額だ。2、3人いっしょに乗るのであればさらによい。キューバらしいところとしては、予約時に普通の車のほかクラシックカーも選択できる。この地の名物の一つなのでクルマが好きな人はそちらを選んでもよさそうだ。わたしは特に興味がないので乗り心地のよさそうなモダンな乗用車を選んだ。

荷物のピックアップで時間が取られてしまったが、ドライバーは自分の名前を掲げたまま待っていてくれた。これくらい時間が取られるというのは珍しいことでもないのだろう。スーツケースを預けてトランクに詰め込み、後部座席に乗り込んだ。中南米では英語が話せる人はそれほど多くないが、ハバナは観光客に人気の都市だからか普通に英語が通じた。滞在中はスペイン語が使えなくてもそれほど困らない。

タクシーにのって走っていると車窓からはカリブの国らしい暑く湿った空気が流れ込んでくる。この空気はベリーズに似ているが、ベリーズよりもかなり都市らしい雰囲気がある。楽しそうな印象だ。

キューバのホテルは一般的なホテル予約サイトでの予約に対応していない。さらにいくつかある普通のホテルであっても妙に高価でどこもおしなべて評判が悪い。国営で競争原理に晒されているわけでもないからだろう。最悪なことになぜかWi-Fiが有料だったりする。なので私はAirbnbで探した。中心地に位置しており、Wi-Fiは好きに使えるというところが見つかり実際そこはかなりよかった。普段はメッセージのやりとりが面倒でホテルばかり探していたが、Airbnbもセルフチェックインや専用のエントランスの有無などでフィルタを掛けられるようになっていて、ホテルよりもむしろ好条件の宿に安価で泊まれることが多いなと気づく。キューバではAirbnbを使おう。

荷物を置いて街歩きをしてみる。中心地はスペイン統治時代の建物も多く残る美しい街だ。観光客も多く活気があり朝晩問わず安心して出歩ける。

中心地には要塞の遺構が残っている。10円ほどで入場できるので入ってみよう。この要塞は中にいるスタッフがチップを求めてくる。無視してよい。

ハバナの街並みは色鮮やかだ。民家の多くはかなり古びているが、パステルカラーに塗られていると多少その古さが隠せているように見えなくもない。

お金

キューバの通貨はキューバペソ(CUP)で、これは1米ドルに対して24ペソでレートが公的に固定されている。そのため空港で営業している国営銀行やATMで現地通貨を引き出す場合はこのレートが適用される。絶対にこのレートでペソを入手してはいけない。キューバの市街地にある両替店や、あるいはホテルの受付、民泊ならそこの住民に聞けば気軽に両替してくれるので、キューバではとにかくオフィシャルレートの適用を避けよう。理由は単純で、ものすごく損をするからだ。公的レートが1USD=24CUPであったとしても、街で両替すれば1ドルは80ペソにも100ペソにもなる。偽札をつかまされる恐れがあるらしいのでオススメはできないが、街にいる謎のおじさんにお願いすれば1ドル=120ペソというレートを提示されることもある。とにかく公式レートを普通に適用しているATMからお金を引き出すとそれだけで70%以上価値が毀損されてしまうのだ。事前に米ドルを用意できなかったとしても、空港から街に移動するためだけの金額のみを確保しよう。この公式レートと闇レートの乖離はユーロであっても同様だ。

キューバの街には碇のマークがいたるところにある。左右非対称でアンバランスなマークは見るものの意識を奪う。目に入るたびに「あっまたあのマークだ」「あっここにも」と毎度毎度気になってしまうこのマークは民泊営業の許可をキューバ政府から得ていることを表すサインだ。

ホテルに泊まるより安いだけでなく、現在つかわれている民家であるので基本的には綺麗で安い。街を歩けば無数にあるため予約せず飛び入りで使えるのも便利だ。

ヘミングウェイとダイキリ

キューバでいちばんの観光名所といえば、バー「フロリディータ」ではないだろうか。アメリカの大作家アーネスト・ヘミングウェイがこのハバナに滞在していたとき、足繁く通っていたバーのひとつらしい。このバーで飲むダイキリが彼のオキニで毎夜バカスカ飲んでいたといわれている。行ってみることにした。

街の中心地にあり、アクセスはとてもよい。店内はバンド演奏と人々のおしゃべりで賑わっている。どの席の客もスマホで写真を撮ったり動画サイト用になのか内装を説明しながら自撮りをしている。見事に観光客しかいない。

バーカウンターの端にはヘミングウェイの銅像が置かれており、店内を見つめている。この像と記念写真をとる客は後を絶えないので像の隣に席取るのはやめておくとよさそうだ。

カウンターに座り、店員に目をやるとラミネート加工されたメニューを見せてくれる。一番目立つところに書いてあるダイキリを注文すると、店員はミキサーに目分量で材料を入れていく。できあがったダイキリはたしかに美味しかった。観光客相手の店なんだからさぞ高値が付くだろうと思いきや、これ一杯でたったの200円ほどなので、これなら毎日きてもいいなと思った。ついでに同じくキューバ名物のモヒートも飲んでみた。ミントの香りがしっかり立っていてこれもおいしい。暑いハバナの街をずっとあるいて体の水分が抜けていたのだろうか、カクテル二杯だけしか飲んでいないのにすこし酔いがまわって気持ちよくなってきた。

水が手に入らない

ハバナの街はいつ訪れても暑い。年間を通して平均気温が25度を下回ることはなく、こまめな水分補給は欠かせない。とはいえここはキューバ、欲しいものがあっても手に入るかどうかは運に左右される。暑い国で欲しいものといえば水だが、そう簡単には手に入らないのだ。新しい建物であれば水道水も飲めるかもしれないが、ロンリープラネットなどのガイドブックでは水道水をそのまま飲むことは非推奨となっていた。

街にはスーパーもあるしショッピングモールもある。ではそこになにがないのか、売っている商品が無いのだ。どの店も棚は空っぽか、あるいは同じ商品がぎっしり並んでいる。国がまとめて輸入している都合上、手に入るものは無数に手に入るが、手に入らないものはどうやったって手に入らない。

水のボトルは手に入れづらいものの一つで、写真にあるスーパーでは1.5リットルの水のペットボトル6本セットを定期的に販売しているのだが、販売開始の前には店の前にキューバ人たちの行列が伸びる。首尾良く手に入れたとしても6本セットはちょっと多い。かといって一本単位では売ってくれないので、少量ほしいときはカフェなどで購入することになる。この場合の売価はかなりたかい。キューバ滞在中もっとも不便だったのはこの点だ。これまで100カ国くらい回ってきたが、好きな飲み物が気軽に購入できない体験はこれが初めてだった。街の商店でも飲み物は手に入るけど商品の選択肢は与えられない。並んでいるものを買って飲むことだけが許されている。

チェ・ゲバラ

キューバ独立の国民的英雄でありこの国のアイコンでもある。彼の肖像は至る所にあり、キューバでは貨幣にも印刷されているし、街のグラフィティのモチーフにもなっている。フランスにとってのナポレオンであり、ギリシアにとってのアレクサンダー3世なのだろう。

没後五十余年たつが、彼の威光はいまでも色あせることなくキューバの地に根付いている。ところでチェゲバラの「チェ」は名前ではなく、セルビアのチトーのように呼びかけの語が転じて名前と扱われるようになったものらしい。

クラシックカー

キューバといえばクラシックカーだ。米国からの経済制裁の結果、アメリカからの自動車輸入は長期にわたり止まっており、それ以前に輸入した旧車をひたすら延命しながら乗り続けている。他の地域からの輸入について止まっているわけではないため、地味な色合いの比較的新しい自動車が走っている場合はヨーロッパやアジアからの輸入車となる。しかしキューバ政府の規制で自動車の販売価格は8倍に定められているうえ、キューバ人の平均的な収入ではとてもじゃないが車の購入はむずかしいらしく、事実上旧車を数世代にわたって乗り続ける以外の手立てがないようだ。

結果として世界でもここだけのクラシックカー天国となっている。クルマに興味が薄いので(ペーパードライバーだし)私はとくに所有したいとか乗りたいとかは思わないが、キューバではクラシックカーツアーというものが人気でもある。興味がある人は参加してみるといいだろう。

ピザが美味い

キューバの食事として広く知られているものはあまり無い。カクテルや葉巻など、キューバ名物は多々あれどこの国での食事については他の国でも食べられるようなものばかりだ。しかし街中のピザ屋で売っているピザがめちゃくちゃ美味い。塩をバサバサ掛けて食べるという独特の文化があるが、掛けても掛けなくてもおいしい。普通のレストランやカフェにも入ってみたが、正直街で食べるピザが一番美味しかった。私にとってはイタリアで食べたピザよりも美味しく感じた。

どの店もコピー用紙やルーズリーフの上に置いて提供してくれるが、当然ながら持つと猛烈に熱い。ひっかかりが無くてピザは紙の上を滑ることにも気をつけよう。

キューバ人たちが大勢集まり行列を作っているようなお店も多く、そしてそういうお店はえてして安価でもある。写真にあるようなピザ一枚で100円もしない。一緒に冷たく甘い謎のドリンクも注文できるのだが、それも10円ほどなので一緒に頼めば気分はキューバ人だ。焼きたてのピザはチーズの脂がしたたるので服を汚さないように注意しよう。私は見事にハマってしまい、街で店を見かけるたびにピザを買い脂をボタボタたらしながら毎日食べ歩いていた。

キューバからスペインへ

欲しいものが気軽に手に入らない生活には疲れてしまう。滞在から5日が過ぎ出国の日がやってきた。来たときと同じように予約したタクシーをつかって空港に向かう。帰路は25ドルだった。4時間も前だったがチェックインカウンターは開いておりスーツケースを預けて搭乗券を受け取る。出国の手続きを済ませ搭乗までの時間を潰そうと空港ラウンジに入室する。このときワンワールドの会員でよかったとこのとき心から思った。なぜならハバナ空港のラウンジにはこの五日間ずっとほしかったものが用意されていたからだ。

ハバナ空港にはプライオリティパスで入れるラウンジがない

そう、水のボトルである。滞在中私の体は慢性的に水不足だった。ここではデカい水のボトルが(なんで1.5Lなんだ)たくさんある。飲み放題だ。スペインなら水のボトルなんていつでも手に入ることはわかっているのに、どこか貴重なもののように感じてリュックサックに一本忍ばせた。

搭乗時刻が近づく。飛行機に乗り込むと「セニョール・タカオ!」と呼びかけられた。客室乗務員のおじさんからこっちにおいでと手招きされ、ついて行ってみるとプレミアムエコノミークラスとおぼしき席にアップグレードしてもらえた。こういうのが一番うれしい。

とはいえイベリア航空の便ではあるが実際に運行しているのはスペインを本拠地にするLCCだったためそれほどゴージャスなサービスが受けられるというわけではない。ただ着席時にオレンジジュースと水のサービスがあるのみだった。

キューバは1960年くらいの情勢のまま現代まで生き続けているような国だ。街には数十年もののクラシックカーがたくさん走り、高速インターネット回線は国内でほとんど使用不可、スーパーには恒常的にモノがなく、クレジットカードだって使えない。大手ホテル予約サイトもほとんど役に立たず、いうまでもなくUberだって使えない。正直あまりにも不便な国は面倒なので行きたくないと思ってしまうし、キューバ渡航の日が近づくにつれ「いきたくね〜」という気持ちまで芽生えていた。しかし一度行ってみると居心地は不思議と悪くない。治安もいいし気候も温暖で物価も安い。たしかにクセは強い国だった。外貨両替のレートはめちゃくちゃで公共交通も使い勝手はよくない。水のボトルすら満足に手に入れることができない国だったが、それでもキューバはまた行ってみたいなと思わせるだけの魅力にあふれていた。日本からの直行便こそないが、周辺の国々からのフライトは多く案外アクセスの良い国でもある。いつかまた行きたい。