交通ICカードが溜まっていく

多くの国で公共交通の料金支払いにICカードが使われている。大抵300円とか500円とかのデポジットを払って新品のカードを購入し、同時に500円とか1000円とか、滞在中に使いそうな金額ぶんをチャージして使う。ふつうはその国でしか使えないどころかその街の一部の路線でしか使えなかったりするため、街を離れればゴミとなってしまう。返却するとデポジットのお金が返ってくることもあるが、そうでないカードも多い。後者であれば手元のカードは記念品としてとっておくか、他の旅行者にあげてしまうか、あるいは捨ててしまうことになる。ロンドンやニューヨークの地下鉄なんかではNFC決済による乗車も可能な場合があり、そういうときは無駄なカードもじゃらじゃらした小銭も不要でとても便利に過ごすことができる。普段使ってるクレジットカードやスマホをかざすだけで済むのが一番便利だがそうでない国はおおい。日本も異様な数の交通ICカード規格があり互換性がなく不便に思う機会は少なくない。はやく天下統一されてほしい分野だ。

こんなのが20枚くらいある

わたしもたくさんの国を旅してきて、多分に漏れずたかだか数日か数週間しか必要としないカードを何枚も買ってきた。カード自体が紙などのちゃちな素材でデポジットも不要なら何も考えずに空港で捨ててしまえばいいやとなるが、PASMOくらいの存在感があるカードだったり、ぴったり残額を使い切れなかったりすると捨てるのはなんとなく惜しい。わたしは細かいお金をぴったり使い切ることに情熱を燃やしているため、空っぽにできなかったカードを捨てることはできない。

ゼロになるまで捨てられない。捨てたくない

しばらく前、中米のグアテマラで知り合った若い日本人旅行者がいる。彼は順当に中米から南米へ南下していく方向に旅をしており、私は逆にアルゼンチンから北上していくように旅をしていた。あるとき、私がコロンビアに滞在している折、彼が数日後にコロンビアに到着するということを知る。残念ながら予約した航空券の都合上滞在が被ることはなかったのだが、私はコロンビアを最後に中南米を離れるつもりだったため、これから南下して南米を旅する彼に交通ICカードをあげてしまうことにした。とはいえ滞在の日程が被るわけではないので直接手渡すことはできないし、使うホテルの傾向がかなり異なるタイプであることもあって誰かに預けることもできそうになかった。

写真中央やや右下、2台の公衆電話

というわけでコロンビアのボゴタ国際空港、到着ロビー近くにある公衆電話の裏にカードをまとめて置いておいた。薬物売買の緊張感はこんな感じだろうか。気分は梶井基次郎だ。レモンではなく数枚の交通ICカードなので爆発はしないだろう。2022年に空港の公衆電話を使うやつなどニホンオオカミより珍しいだろうし、数日放置したところで公衆電話の裏が丁寧に清掃されるイメージもつかない。見つけやすい場所で、かつ全ての人の視界から完全に外れる場所をピンポイントで見つけた自分の(今後使わないであろう)意外なスキルを誇らしく思う。

ブツを隠した場所をテキストメッセージで送り、コロンビアを後にする。一仕事おえたような妙な満足感で顔がすこしニヤけた。

コロンビアを出国してから四日後、カナダのトロントにいる私のスマホにはカードを無事受け取ったという旨のメッセージが届いた。私が南米諸国をまわってきた証、思い出のバトンを次の旅人に渡す感じはなんとも気分が良い。

数枚誰かに渡したところで、まだまだ自分の手元にはいろいろな国の交通ICカードが何枚も残っている。その全てを気持ちよく手放せる日がくるといいのだけれど。これからもいろんな旅人たちに押しつけていこう。