グリーンランドにいってきた その2

グリーンランドの首都ヌークの町を歩いてみる。グリーンランドの各都市はどこも海岸に面しており、ヌークも例外ではない。半島になっているこの町では適当に歩けばすぐに海にぶつかる。冷たい海水が打ち寄せる海岸には丸く削れた石が転がっている。どの浜辺にも海氷の塊がじっとたたずんでいて、やはりこれは大変な北方にきたのだなという気持ちに浸れる。寒々とした気候と足下に横たわる大量の昆布をみると、留萌の町を歩いたときを思い出す。たくさんの国々を巡っていると、私はそこから旅の思い出同士の類似を勝手に見いだして気持ちよくなれる。

イヌイットの女神Arnakuagsak

流氷を砕いてグラスにいれてウイスキーオンザロックを飲んでみるというエンタメを実行しようとおもったが、実際に流氷を見てみると細かな海藻が混じっていてキモかったのでやめておいた。

グリーンランドでは家々の壁はカラフルに塗装されている。デンマークによる植民地時代に導入されたシステムで、建物の機能をひとめで識別可能にすることを目的としていた。例えば黄色い建物は医者が住んでいるとか、赤い建物には牧師や教師が、青い建物には水産業が、といったルールになっている。もちろん現代では単なる伝統でしかなく、みな好き好きに塗ってもいいのだが、それでもなんとなく慣習的な色合いが好まれているようだ。

案内看板は3つの言語で記されている。一番上にあるのがグリーンランド語だ。見るからに単語が長い。グリーンランド語は(理論上は)単語をいくらでも長くすることができる言語で、日本人にとって見慣れた英文とは文法も発音も全く異なる。言語習得のためには基礎単語を組み合わせてひとつの長い単語を作り出す方法と、できあがった長大な単語を組み合わせて文を作り出す方法の二つを習得しなくてはならない。

発音も非常に独特だ。なんて魅力的な言語なのだろう。文法も発音も全てがデンマーク語とかけ離れていて、さらにグリーンランド外には話者がほとんどいないという特別さも心躍る。グリーンランド人の多くがデンマーク語も使えるため、法務などをはじめとする本国とのやりとりには常にデンマーク語が用いられているらしい。ヌークの町ではグリーンランド出身者とデンマーク本土出身者が共に生活していてどちらの言葉も広く使われている。若い人は英語が通じるが、高齢者だとグリーンランド語かデンマーク語しか伝わらないということもあった。

舗装されていない大地にはコケがわさわさと生えている。歩くと非常にふかふかしていておもしろい。グリーンランドにはその全土に渡って天然の木が一本も生えていない。個人のガーデニングとして庭などに立てている場合を除けば樹木は古来から存在せず、植生としては苔や背の低い藪しかない。ちなみにクリスマスツリーはどうするのかな、と思って現地の人に聞いてみたところ、毎年クリスマスの数ヶ月前にヨーロッパからフェリーで運んでくるとのことだった。

町の目抜き通りにきた。シンプルな町だ。土産物屋やカフェが並んでいる。それでも規模はヨーロッパの大都市とは比べものにならない。建築物の間隔は広く、その隙間は路地と言うよりは道路として町民があるいているくらいだ。

グリーンランド最大、かつ最も高いビル「ヌークセンター」が町の中心にある。一階と二階はお店やレストランがはいったショッピングモールで、上階部はオフィスになっている。

ビルの中は明るくて賑わっている。しかし入居している店舗はどれも他の国で見ることがないローカルなお店ばかりだ。グリーンランドにはマクドナルドもスターバックスもない(スターバックスの豆を使っていると掲示しているカフェはあった)。ヨーロッパ的な雰囲気はあるのにどこか違う違和感が感じられてとてもおもしろい。日本人が韓国や台湾に行ったときに感じる「似てるのに全然違う」というパラレルワールドのような感覚をおぼえた。

ちなみにデロイトはある。人口5万人の島で日々どのような仕事をしているのだろう。デロイトで働いている友人に聞いてみたが、やはり彼も首を捻っていた。

ヌークセンターの中には大きなスーパーマーケットがある。あまり安くはないが、新鮮な野菜は意外にも簡単に手に入る。温暖化で農耕地が広がっているため、北海道で作られるような野菜は自給できるようになっているらしい。

グリーンランド名物のフィッシュジャーキー。でもパッケージを見てわかるとおりこれは食文化を共有しているアイスランドの商品だった。そのままかじったり、バターを塗ったりして食べる。おやつにちょうどいいなと思ったが、結構良い値段するので毎日バクバク食べるようなものではない。ただタンパク質をはじめとした栄養価は非常に高いので、単純にそのまま北海道で同じものを作ったらそれなりに流行るのではないかと思っている。

グリーンランドのビール「カヤック」。カヤックというワードは日本語でも英語でも広く使われているが、もともとはイヌイットの言葉だ。そんなカヤックには製法の違う5種類がある。全部買って飲んでみた。どれも素晴らしく美味しかったが、しかしごく普通のビールでもあった。こう言っては悪いがグリーンランドで作っているということに一番の価値があると思う。間違いなく世界一レアなビールのひとつだろう。グリーンランドの外で入手するのは相当難しいはずだ。

エヴァっぽさがある

ヌークの墓地。亡くなった人を弔う気持ちは世界中同じであっても形態は幾分異なる。名前も死没日も書かれていない木製のシンプルな十字架が刺さっただけの墓標が並ぶ光景はヨーロッパ本土ではほとんど見られない。イヌイットの死生観の表れかもしれないが、よくわからない。どうなのだろう。

結構しっかりと雪が降っていてもグリーンランドの人たちは誰も傘をささない。みな髪の毛の上を白くさせながら驚くほど無関心に歩いている。

つづく