東ティモールにいってきた その1

飛行機の窓からは21世紀最初の独立国、そして私にとっては東南アジア最後の地、東ティモール民主共和国の姿が見える。はじめて行った東南アジアの国は学生時代に2ヶ月ほど滞在したフィリピンで、それから長い時間をかけて東ティモール以外のすべての東南アジア諸国を巡った。安価な直行便も多く就航しているタイやマレーシアは観光はもちろん、南アジアや中東方面への乗り継ぎにも多用されるので数え切れないほど行ったけど、ブルネイやミャンマー(記事なし)あたりはLCCがあるわけでもないので到達までそれなりに時間が掛かってしまった。

そんな中でもさらに後回しにしつづけ、いつか行こう、いつか行こうと思ったまま、初めての海外旅行から実に12年も経ってから来ることになったのが東ティモールだった。東南アジアという日本人にとってもっとも気軽な旅行先に位置しているのに、いつまでたっても行くことのない国。ずっと埋まらない白地図。どうせバレやしないだろと思って「東南アジアは全部まわったんですよ〜」と言ったら「えっ東ティモールもですか!?」と直ちに斬られてしまった思い出。いわゆる喉の奥に刺さった小骨状態として気になり続ける存在でありつづけた。

普通の定期就航便を使ってはインドネシアのバリ島とオーストラリア北部の小さな都市ダーウィンからしか到達することのできないというアクセスの悪さ、そしてとくに観光名所があるわけでもないという理由からずっと後回しにしてきたが、ほかの多くの旅好きの人たちも同じような心持ちではないかと思う。日本からの物理的な距離は決して遠くはないし、渡航の制限も特に無いにも関わらず、この国へ行ったことがあるという日本人は、これまでのところ私自身いままで誰一人みたことがない。

同国唯一の国際空港「ニコラウ・ロバト空港」

東南アジアの国では珍しく、日本人の入国にビザが求められる。しかもe-VISAには対応しておらず、さらに東京千代田区にある在日東ティモール大使館ではビザの発給を行っていない。ただ、観光目的で30日以内の滞在であればアライバルビザを空港到着時にカウンターで発給してもらえる。一般的にはこれで事足りるはずだ。

到着したら大量の書類に個人情報や滞在先を何度も記入する。アライバルビザのステッカーが貼られ、領収書とともにパスポートは返却される。値段もしっかり記載されているのでヤバイ国みたいにボラれたりすることはない。支払いは現金で30米ドル、このビザ発行カウンターの近くにATMはないことに注意されたい。ビザを入手しないと入国もできないので、アライバルビザ制度を利用する場合はかならず現金を用意していこう。後述するがこの国の通貨は米ドルが採用されており、私は経由地のインドネシアで事前にいくらか入手しておいたが、ほかの入国者をみるとインドネシア・ルピアの支払いでも受け付けてくれるようだった。しかし米ドルに比べるとレートは悪かったのでできれば避けた方がよいと思う。

木陰のタクシーとドライバーさん

到着ロビーを抜けて空港の外にでればタクシードライバーたちがあふれている。オフィシャルなタクシーの配車カウンターがあるのでそこで宿の住所を伝えて連れて行ってもらおう。直接交渉する手間が省けるし、金額も10ドル(現在の価格)に固定されていて明快だ。節約するなら乗り合いバスでも市街地へ行くことができる。その場合は空港から10分ほど歩いた幹線道路のラウンドアバウトで拾ってもらう必要があるため、慣れてなければ素直にタクシーに乗るのをおすすめしたい。空港から市街地までは6kmほどしかなく、その道中も寂れているわけではないので元気があれば歩いて行くこともできる。

お金

この国はアジアで(たぶん)唯一、法定通貨として公式に米ドルが採用されている。もともと国境を接するインドネシアや近隣のオーストラリアの通貨などが入り乱れて利用されていたところ、国の独立に際し海外からの投資を呼び込むため安定した米ドルに統一したのだと現地で出会った世界銀行の職員さんにおしえてもらった。

中米には米ドルを自国の通貨として使っている国はいくつかある。通貨発行益も独自の金融政策も捨てることになるが、こういった盤石な経済を持たない国でたまに見られる。パナマやエクアドルと同じく、東ティモールでも通貨に米ドルを用いコインのみを自国で発行している。1〜2年で損傷して寿命を迎え、かつ自国で自由に印刷できない紙幣の代わりに、数十年にわたって長く使える丈夫な硬貨のみを発行して少額決済用に流通させるのはとても合理的だ。旧ポルトガル植民地だったなごりで、コインはセンタボという補助単位で使われる。

東ティモールではマスターカードが使えない。同社がこの国で事業を展開していないためで、ほかのアメックスもダイナースもJCBもなにも使えない。VISAのみが国内で使用可能なカードブランドとなっている。そもそもこの国でクレジットカードが使える場面は限られるものの、あえて持って行くのであればVISAカードを用意していこう。

街のショッピングモールにはMoneyGramのブースがあり、そこで米ドルに両替してもらえる。私の手持ちのインドネシア・ルピアやユーロの紙幣をここで交換してもらった。

街を歩く

首都ディリの街はインドネシアの地方都市にしか見えない風景が広がっている。赤道に近いこの国では、一年を通して気温は高く、日差しは強く、海の近くで湿度も高い。熱中症に気をつけてまわろう。

ディリの街はけっこう自動車社会で、勇気をもたないと通りを渡るのは少し怖い。車は全然道を譲ってくれない。地元の人もめんどくさそうに時間を掛けて車の流れが途切れるのを待っている。

海沿いには中東のコルニーシュのようなプロムナードが広がる。地元の人たちが木陰でおしゃべりしている。近年まで紛争が絶えず、国連平和維持軍の駐留によって治安が維持されてきたとは思えないほどのどかで平和そのものだ。

ポルトガルの植民地だったころの大砲

ディリの海辺からはなにやら大きな島の影がみえる。なんとなく気になって地図アプリで調べてみると、これはアタウロという島らしい。週に2回、今いるディリ市内からのフェリーが往復するのでそれに乗れば訪れることができるほか、海上タクシーを呼んだり、あるいはそこら辺の漁船に10ドル渡せば運んでくれるという話もきいた。在東ティモール日本国大使館のサイトに職員さんの旅行記がある。それによるとマジで何もないところらしい。川も湖もないので淡水の確保すら難儀する場所のようだが、なんと過去にはJICAの海外協力隊の人がお住まいだったとのことで、これには大変敬服する。

道ばたで青いシャツを着た若いお兄さんがココナツを売っていた。同じ人から買ったと思われるココナツを抱えている子供とその親が歩道に座っていたので、その親子に値段を聞いてみる。ひとつ1ドル。やすい。こういうのは店員に聞くより市民に聞いた方が安心する。適正な価格は旅行者にはわからないので、私は常に手近な消費者に尋ねている。1ドル分のコインをお兄さんに手渡すと、彼はスパン、スパンと手際よく鉈でココナツをカットしていく。ちょうどストローが刺さるような小さい穴が開く器用なカットを眺めていると、フィリピンあたりでココナツの実と格闘した記憶がよみがえってきた。めちゃくちゃ堅いこの実を結局そのときのわたしは開けることができなかった。こうやって開けるものだったんだね。

飲んでみる。ポカリスエットを10倍に薄めて植物らしいほのかな青臭さを加えたような、ぬるくて薄い液体が入っていた。栄養価は高く、天然のスポーツドリンクとも言われているらしい。好みが分かれそうな味だが、東ティモールでの暑い町歩きにはぴったりかもしれない。

飲み終わった空のココナツを鉈のお兄さんに渡すと、それを半分に割ってスプーン代わりのココナツの皮と合わせて返してくれる。さっきの親子に教えてもらいながら見よう見まねで果肉をほじくり食べてみる。やはり味は薄いが、美味しいような気がする。東ティモール産の新鮮なココナツを飲み食いするというのは良い体験だった。

つづく