北極にいってきた その2
その1はこちら
空港送迎バスは街にあるすべての宿泊施設を順にまわる。空港を出発したころには通路までぎっしりと詰め込まれていた乗客はバスの停車ごとにすこしずつ数を減らしていく。私の泊まったホテルは街の外れにあるため、降車はみなが降りたあと、いちばん最後となった。
宿泊施設
この街に一般的な公共交通はない。レンタカーを借りないのであれば素直に街の中心部にあるホテルを予約したほうがいいのではないかと思う。こんなにたっぷりと土地があるのに、なんだってこんな街の外れに建っているのだろう。
私が泊まったのはCoal Miners’ Cabinsというところで、ここは街の中心地から離れているだけでなく、トイレやシャワーは共有、ベッドもセミシングルの小さいものが置かれているような、本当に寝るためだけにあるような場所だ。ホテル予約サイトで見つかるなかでは最安の宿泊施設であるものの、それでも一泊2万円以上する。3泊したので、これだけでも6.5万円となる。高いホテルは数あれど、クオリティに比例していない度合いでいえばこれほどのものもない。しかしこの街のほかのホテルは夏休みシーズンで旅行客の増える今、軒並み一泊かるく4-5万円する。それはさすがに選ぶ勇気が出なかった。
朝食はシンプルだが、ヨーロッパによくあるスタンダードな感じでとくに不満はない。ホットミールもサラダもないが、この街がノルウェーの領土であることを思い出させるブラウンチーズが提供されている。わたしはこれが大好きなのだ。他の国では手に入らないこのおいしいチーズがブッフェに置かれているなら一泊2万円の宿代だって許せるというものである。と、ここまで書いた時点で調べてみたら日本でもカルディで売っているらしい。一泊2万円の宿などたかがチーズの有無で許せるようになるわけがない。
良い値段するなぁとはおもうが、とはいえ決して悪い宿ではない。24時間使えるカフェスペース(食堂と兼用)ではコーヒーが飲み放題だし、フリースペースには共用のキッチンもあるし、気持ちの良い水圧がある温かいシャワーもうれしい。レセプションでは北極のアクティビティの予約も可能で、併設のバーでは朝から夜中まで飲食を提供している。高速なWi-Fiもあれば電源もあり、ちょっとしたコワーキングスペースとしてリモートワークだっておこなえる。居心地はなかなかいいところだった。
スーパー
現代に暮らす人間には、食料はもちろん服や家電、日々いろいろなものが必要になる。ロングイェールビーン唯一のスーパーSvalbardbutikkenではそれらのすべてが手に入る。
街の中心に位置しているので、誰であれ北極滞在中にこの店を利用しないということはないだろう。一階建てだがお店は広く、うろうろしているだけでもなかなか楽しめる。おみやげの購入にもぴったりだ。
この街では消費税が適用されない。また、夏の間に貨物船で大量輸送可能な商品については輸送費もさほど関係ないので、商品によっては25%の消費税が加算されるノルウェー本土のそれよりも安くなったりする。一方、冷凍できない新鮮な野菜や果物は基本的に本土からの空輸となるため非常に高価だ。この街でフルータリアンとして暮らしていくのは相当な出費が求められる。
シャツやぬいぐるみ、マグカップやスノードーム、グラス、マグネット、オーロラの写真集、キーホルダー、お菓子、文具、その他あらゆる種類の北極グッズもこのスーパーでそろう。この街の売店の、たぶん半分くらいは観光客相手のお土産物ショップだが、どこも似たようなものばかりなのでまとめてここで買ってしまってもよさそうだ。
このスーパーの中で店舗内店舗として営業している国営の酒屋も圧巻の品揃えだ。ビールなんかは本当に世界中からそろえられており、日本のそこらへんの酒屋とも比較にならないほど多様なブランドがみられ、日本のメジャーなビールはもちろん、エストニアで最近人気のクラフトビール、フィリピンでおなじみのサンミゲルビール、旅行中に見た覚えのある南米やオーストラリアのビールなど、北極に住むノルウェー人たちの旺盛な飲酒文化を力強く支えている様子が垣間見える。
とくにすることのない北極の長い吹雪の夜であっても、ここでいろいろなお酒を買って楽しむことができれば退屈とは無縁でいられそうだ。
世界最北のXXX
世界最北の街なので、このへんにあるものはすべて自動的に世界最北のサムシングになる。街を歩けば世界最北の日本人にだってなれるのだ。
北極観光のシーズンとして、実は気候のよい夏は観光客が多くてもそれほど楽しめるアクティビティがない。太陽が沈まない白夜のシーズンではオーロラは見えないし、雪も積もらないから犬ぞりも乗れないし、スノーモービルを運転することも氷の洞窟を探検することもできない。しかしネットで調べてみると、夏の間は街の観光案内所で自転車のレンタルができるらしい。徒歩で観光するには少し広すぎるロングイェールビーンの街を快適に回るため、さっそくその案内所へ向かってみることにした。
受付で申込用紙を記入してチェーンロックの暗証番号を受け取る。ホッキョクグマに出会うと危険なので絶対に街の外には出ないよう言い渡される。私は借りなかったが、ヘルメットも貸してもらえるようだ。レンタル料金は一日500円ほど。15台しか用意がないらしいが、あまりレンタル自転車で観光している人を見かけなかったし、すべての自転車がずっと出払っているということはなさそうに思う。
借りた自転車はブレーキレバーがついていない。そのかわりに、コースターブレーキというペダルを逆回転させることで後輪が締め付けられて制動されるという仕組みが備わっている。知識としては知っていたが、人生で初めてこのタイプの自転車に乗った。パリのヴェリブとかは普通のハンドブレーキだったので気づかなかったが、ことヨーロッパではこのタイプのブレーキの採用は珍しくないようだ。慣れないと信じられないほど使いにくいし、私はペダルを意味なく逆回転させるクセがあったようで急ブレーキが掛かって危ないなと思う場面も多かった。