2021-09-19

友が島にいってきた

大阪から鉄道で南下し、和歌山県にちょうど入るあたりの港から紀淡海峡に浮かぶ無人島群への渡船が出ている。4つの島を総称して友が島という名前がついていて、第二次世界大戦までは要塞施設として立ち入りが禁じられていた場所らしい。現在は天空の城ラピュタの作中にでる建造物のような雰囲気が色濃くでているということで人気の観光地になっているときき、いってみることにした。

友が島へ向かう渡船の乗り場の最寄り駅である加太駅へ向かう。南海電鉄加太線にはめでたい電車という観光列車が運行していた。

同路線の全ての列車がめでたい電車になっているわけではないため、そのときタイミングが合えばみられるというものらしい。運が良かった。つり革の形やシートの生地にも沿線の豊かな海の幸をモチーフにしたデザインが施されなかなか凝っている。普通電車でここまで素敵なものは見たことない。幸先の良さを感じて気分が高まる。

加太に到着する。海沿いののどかなところだ。大久野島に行ったときにも感じたが、戦時下におけるこの海や島の役割の重要さと、現在の平和そのものとなった休暇のための保養地というギャップに趣がある。

ところで千葉の銚子市からこの加太の海岸までを結ぶサイクリングロードが設定されているようだ。この距離はさすがに私には厳しいが、大学の自転車部とかなら春夏の長い休みを使って挑んだりするのかもしれない。

船着き場で友が島までの往復乗船券を購入する。受付に立つ関西特有の人なつっこい女性二人にマスク越しに話しかけられる。「きれいな時計してるねー」「ありがとうございますー気に入ってるんですよ〜」などと二、三言葉をかわした。アメリカのレジみたいだ。いわく限られた便数しかないため、時間に気をつけて乗り場にきてねとのことである。たしかにこの手の離島で取り残されると結構困ったことになる。絶対に本土に戻りたいな、と南洋諸島で戦った日本兵のような気持ちになった。

停泊している船は二艘、「ラピュタ」と「ともがしま」のうち、「ともがしま」のほうへ乗客は乗り込んでいく。ラピュタ号という命名をきいたスペイン語話者はどういう気持ちになるのだろうと思ったが、英語とは異なりスペイン語では女性を指す代名詞を人では無いものに対してつかわないらしい。ひとあんしんである。

この大きさの船にのって移動するのは久しぶりだ。4年前のおなじころ、わたしはジョホールバルからインドネシアのバタム島に似たような船で移動していた。あのころのように自由に国境を越えられる世の中が恋しい。

前日の雨のせいか7月の気候のせいか(両方だろう)熱帯雨林のような高温多湿で一部ぬかるんだ道を歩く。舗装はされていない。岩がごつごつと露出しているところも多く、出かけるときにサンダルを選ばなかった自分の賢さを褒めてやりたい気分になった。土に還るさなかの落ち葉を踏みしめてあるいていると、タンジュンピアイに行ったときを思い出す。旅行で訪れた場所が増えるたびに共通点や特徴点を見いだして「ここはXXに似ている」とか「YYもこんな天気だったな」と記憶がリンクする機会が増える。この感覚は当然自分のなかにしかないもので、誰かと共有できない感情であることはすこし残念だ。道中でカフカ少年が二人の兵隊のあとをついて森を進んだシーンも思い出したが、あれはこんなハイキング気分ではなかっただろう。

うっそうと木々が生い茂る山道をひとしきり進んだ頃、島でもっとも有名な箇所である「第三砲台跡」に着く。雨水が樋を伝っているようで、壁から水がずっとしたたり落ちている。だれもいない遺構にその水音と鳥の声だけが響いている。重厚なレンガ造りの建築で、明治23年に落成したらしい。100年以上前につくられているが、いまでも十分に頑丈そうだ。

実際に砲門が設置されていた箇所は丸くくぼみ、水たまりになっていたり草木が茂ったりしている。このような箇所がいくつもあり、島の外から砲身が見えないような構造となっているらしい。

砲台跡の最奥部にある弾薬庫は暗くひんやりとしている。照明がなければ何も見えない。ひとりでここにいるのはちょっと怖い。

島の端にある第二砲台跡までやってきた。こちらは戦後に爆破解体されたらしく、また海に面したまま百年間の波浪と風雨に晒されたことによる風化もあり近寄れないよう立ち入り禁止になっている。傷み著しいその姿は長年にわたり戦火を交えることなくつづく我が国の平和を象徴しているようでもある。ここから淡路島まで見通せるこの紀淡海峡をとおり大阪湾に侵入しようとする敵艦を迎撃するために設置されたという解説が掲示されている。たしかにこうしてみるとこの地域の防衛戦略上極めて重要な拠点であることを実感する。

本土に戻る船の時間が近づいてきた。船着き場にもどる途中、私の歩いている道にジョルジュ・キリコの「通りの神秘と憂愁」を彷彿とさせる陰ができていた。