イギリスのビザを取得してみた

18歳から30歳までの日本人は、日本と取決めを結んだ国に対して1年から2年程度の休暇目的の滞在、加えて滞在資金を補うための就労を認められている。ワーキングホリデーと呼ばれるその取決めを我が国は26の諸外国と結んでおり、年間15000人の日本人が希望する国へ旅立っている。私は日本からワンホップで到着できる全ての国に行き尽くしてしまったということもあり、生活の拠点をまだ行ったことのない国が集中している国の近辺に移したいと思っていた。年齢的にも私はまだビザの付与対象である30歳以下の若者にあたることもあり、ほかのビザ種別に比べれば取得も安価で審査も緩いこのワーキングホリデービザをとりあえず取得することにした。このところ人生が凪の状態でなんとも暇だったのだ。ご時世もあるが、つつがなく流れていく日常にささやかな波風を立ててみたいなと思うようになっていたのである。

特に強く行きたい国があったわけではないが、私はイギリスを選んだ。イギリスは厳密にいえばワーホリ制度ではなくYouth mobility schemeという名称で、まぁ中身は似たようなものだが滞在可能期間が2年に延びていたりする。また、現在この手のビザの申請をなんらの制限無く受け付けている国はそもそもかなり少ない。本当はまだ行ったことのないデンマークあたりに行きたいなと思っていた。イギリスにはもう既に何度も行っており、物価も高いしそんなに心惹かれるわけではないものの、たとえば他のカントリー(ウェールズとか北アイルランドとか)は未踏なので訪れる良い機会だともいえる。そうでなくてもEUから離脱したとはいえヨーロッパ地域圏の覇者とも言える大国イギリスとその事実上の首都であるロンドンからは南北アメリカやアフリカへのアクセスも便利に使えるわけで、日本からアクセスのよい東南アジアやオセアニア地域に行くには不便になるが、当面はアフリカや中南米へのアクセスを重視したらこれほど便利な場所もそれほど多くない(フランスくらいだろう)。

私はこれまで80カ国ほど訪れているが、その大半の国々はごく短期の観光目的の滞在にビザが不要な国だったり、ビザが必要だとしても基本的に拒否されることのない儀式的な申請で済んでしまう国ばかりだった(いま話題のナウルはその数少ない例外である)。実はイギリスのビザを申請するのはこれが2回目であるが、この国のビザの申請はとても面倒でかなり費用もかかる。申請費用に4万円、健康保険に15万円、ビザセンターへ支払う手数料が1万円…。無限にアップセルを試みる窓口にもげんなりとした気持ちになるが、滞在許可さえ取得してしまえばこっちのものだ。健康保険に関しては日本より安いのでとりあえず目をつむろう。申請用のフォームは猛烈に設問が多い。多い上に細かい。細かい上にわかりにくい。一番絶望的な気持ちになったのが「過去10年以内の海外渡航歴をすべて記入せよ」という指示で、30個のテキストエリアがあるが当然そこに収まらない。別添の資料としてPDF書類を作成しアップロードした。3年くらい前にマレーシアを拠点に周辺の国へ日帰りとか一泊だけの短い旅行をしていたのだが、結果としてマレーシア入国の記録がごく短期間で6回とか7回とかになっている。運び屋のような渡航履歴になってしまった。資金証明の取得についてもうだうだと細かく指定した解説記事がネットにあるが、普通に自分の使っている銀行で英文の残高証明を取得すればそれでよい。私は普段使いしている新生銀行の最寄りの支店で英文の残高証明を受け取り、ネットバンキングで毎月の取引明細PDFをダウンロードして提出した。取引明細のPDFはネット上では毎月英文と日本文のどちらか一方しか発行できないらしく(ひどい仕組みだ)、サポートセンターに連絡すると翌月から言語が切り替わる。日本で暮らすにしても英文のままで困ることはないのでデフォルトの日本文にしている人はとっとと英文に切り替えておいたほうが楽かもしれない。

ビザの申請のため、大阪の本町にあるUK Visa Centreという場所に訪れる。東京のビザセンターで申請すれば掛からないという謎の追加費用が8000円もかかる。わけがわからない。パスポートの返却も直接取りに行くか、あるいは郵送もしてくれるが手数料として2000円もかかる。しかしそれをのぞけば職員の応対は意外と親切だった。これまでの行ったことのある大使館での応対は大概いやなものだったのでここもそうだろうと腹をくくって覚悟していたが、拍子抜けするほどスルスルと手続きは済んだ。一度もいやな思いをすることはなく、みな親切だった。少なくとも大阪のUKビザセンター(オーストラリアやシンガポールやマルタやエストニアのビザセンターも兼ねている)はいいところである。

3週間ほどで入国の許可証が手に入った。返却されたパスポートには4万円したそのステッカーが貼ってある。実際はこのステッカーを貼ったパスポートをもって入国し、現地で生体認証カードを受け取ることで2年間イギリスに自由に出入りできるようになる。入国のタイミングはある程度自由がきくので急ぐ必要はとくにない。ゆっくり準備をしよう。何年か前にエストニアに引っ越したときのように、どこか遠くで自分の人生のルートが少し変わる音がした。