ブルガリアにいってきた その1

ヨーロッパの南東部、ギリシャのすぐ北、トルコの西にブルガリアという国がある。わたしはこの街に対しあっという間に恋に落ちた。すべてが素晴らしい街だった。あまりにも素敵な体験だったため2022年だけで3回も行ってしまった。

北マケドニアから向かう

北マケドニアの首都スコピエから高速バスで4時間ほど、ひたすら西に向かうとブルガリアの首都ソフィアに到着する。ブルガリアという名前は日本では非常に有名だが、実際に行ったことがあるという人はたぶん少ない。直行便もないし、ヨーロッパの最東端に位置する国のひとつという微妙な立地もある。ブルガリアの東隣にはトルコがあるとはいえ日本人に人気のあるトルコとセットで回る旅行客もおそらくほとんどいないだろう。なにしろソフィアとイスタンブールは高速バスでも10時間以上かかるし、イスタンブール単独でも観光名所にあふれすぎていて数日の滞在ではまったく物足りない旅行になってしまう。中途半端にあわせてまわるよりはトルコの都市を巡った方が便利だろうから仕方ない。

スコピエ(わたしは最近までパスピエと水曜日のカンパネラを混同していた。そんなに似てないのにね。これが老いですか)から乗ってきた高速バスはソフィア中央駅に隣接するバスターミナルへ到着する。もう結構遅い時間だが、歩いていける場所のホテルを予約したのでタクシーの客引きを断りスーツケースを転がして歩くことにする。旧ユーゴスラビア諸国に比べれば非常にマイルドで文明的な振る舞いのタクシードライバーたちは、一度断ればこちらに目をやることもない。

道も広くて歩きやすい。良い街だ。静かな夜のソフィア駅周辺は繁華街という感じはなく、駅もバスターミナルも照明は落ちている。冬の東欧、雰囲気はすこし寒々としているけれど、治安の悪さは感じない。トラブルがおきることに備えて最初の数日はアクセスのよいホテルをとるようにしていたが、これは正解だった。

Sofia

ソフィアをソフィアたらしめるのが、街中にやまほどある古代の遺跡だ。もちろんヨーロッパの遺跡といえば、イタリアやギリシャあたりにいけばそこら中に観光施設としてたくさんある。しかしソフィアはそれらとは大きく異なり、街中にボコボコと遺跡が露出しているところにその特徴がある。

柵で囲って観光客から入場料を取る一般的なスタイルの遺跡ではない。屋根もないし、なんなら遺跡の上を地元の子供たちは走り回っている。パルテノン神殿は20ユーロ、コロッセオは22ユーロも入場料で取られるが、ソフィアの遺跡は無料でいくらでも見られる。ソフィアっ子たちの日常は遺跡とともにあるのだ。

St. Alexander Nevski Cathedral

ソフィアのシンボルでもある「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」は、世界最大級の正教会の聖堂でもあり、もちろん観光客にとっては外せないチェックポイントだ。入場料はかからないし、朝7時から19時までオープンしているのもうれしい。中にはたくさんの絵が飾られているが、パイプオルガンやベンチはない。がらんとしている。そのがらんとした様子を写した写真がないのは、撮影に撮影チケットの購入が必要だからだ。

旧共産党本部。中には入れない

古くから同国は白ロシアにも似た、現在からすれば半ば異様にも見える外交政策を展開してきた。ソ連への併合を打診した歴史もあり、陰に陽にソビエトとその継承国ロシアとの密接な関係を持ってきたブルガリアだが、1989年のベルリンの壁崩壊に端を発する東欧の民主化運動によって、長きにわたるソ連の衛星国という立場からヨーロッパの一員を担う民主主義国家へと変わっていった。

とはいえ共産党による一党独裁国家時代の建築物や巨大な像を集めた博物館もあるし、街の端々にはソビエト・ノスタルジアがいまでもほんのりと感じ取れる。ソフィア中心地にある「The Red Flat」というそのまんまの名前の文化施設は特にオススメだ。1980年代、共産主義時代のブルガリアの平均的な家族が、どのような部屋でどのような日々を過ごし、何を食べ、子供たちは何を学んでいたのか、休暇はなにをしていたのか、なんかがわかる場所となっている。

ソフィアにはブルガリアで唯一の地下鉄が走っている。市内に露出している半地下の遺跡の多くもこの地下鉄を敷設する際の工事によって発見されたらしい。開業から25年程度しか経っておらず、駅は近代的で美しい。現金でも乗れるが、NFCによるタッチ決済にも対応しているので非常に助かる。ただ、タッチする箇所は向かって左側に設置されており、一般的な自動改札機と一致しておらずめちゃくちゃ紛らわしい。強く意識していなければならず、相当使いにくいので気をつけよう。私は一度間違えてしまい、隣の改札をガシャンと開けてしまった。

温泉

ソフィアは温泉が出る。この温泉はチェコで飲んだりハンガリーで浸かったりしたような温泉とはいささか異なる。ソフィア市民たちはこの温泉を日常の飲料水としてみな大量に汲んでいく。チェコでも飲めるが、あれは健康のためにまずくても我慢して飲むようなものだったが、ソフィアの温泉は癖がないお湯として普通に飲める。街の人によれば胃腸にもいいらしい。巨大なボトルを何本も持っていき、たっぷり汲んで帰るソフィア市民たちをみるにこの街ではミネラルウォーターはろくに売れないんだろうなと思った。

もちろん24時間365日湧いている

冬は湯気が立ち上っている。湯温は40度くらいだろうか。わたしも空になった水のペットボトルがリュックサックに入っていたので、かるくゆすいで温泉水をつめこんだ。薄いプラスティックごしに感じる温泉のぬくもりで冷えた手がじわりと暖かくなる。実際になかなかおいしく、冷えても普通のミネラルウォーターとして飲める味だった。この街にいるあいだは毎日ここでお湯を汲み、日々がぶがぶと飲むようになってしまった。健康を獲得できた気がする。しかも無料でだ。福祉である。

ボヤナ教会

日本の1/3くらいの面積を持つブルガリアの国土にも世界遺産が点在している。そのなかでも首都ソフィアからもっとも近いのがボヤナ教会だ。ブルガリアで広く信仰されているブルガリア正教の教会堂で、1000年以上前に建てられている。小屋のなかのフレスコ画が有名らしいので見に行くことにした。

ソフィア郊外の丘の上にあり、地下鉄ではアクセスできないが市バスで向かうことができる。バスも地下鉄と同じようにクレジットカードのタッチ決済で乗車できるのだが、今回は警備員が途中から二名乗り込んできて途中で検札された。タッチ決済をしたときの検札というのはこれまでで初めての体験だったので、乗車時にタッチしたスマホをこれでいいのかなとおそるおそる見せると、警備員の持っている謎の端末でスキャンされ適正であることを確認される。当たり前だがちゃんと考えられていた。

フレスコ画が保存されている小屋のなかは最大滞在時間が決まっており、スタッフがストップウォッチで計測している。見学者は私一人だったこともあり、適当でいいよと声をかけてもらえたが、フレスコ画はカメラで撮ることもできず、ちいさな小屋の中で壁や天井の絵をぼんやりと眺めるというのは10分もあれば十分かなと思う。