コアラをだっこした

オーストラリア第三の都市ブリスベン。この街に行くのはこれで二回目になる。一回目はナウルにいってきたときで、この時はナウルに行くためのメジャーな国際線がブリスベンとフィジーくらいにしか就航していなかったという消極的な理由で訪れた。当時は単なる乗り継ぎ地に過ぎなかったため、たかだか一泊かそこらしただけで、ろくに観光もすることなくオーストラリアの地を離れることになった。

それからしばらくたち、ブリスベンを観光の目的地にする日がやってきた。この街にきた理由の一つに、コアラをだっこしてみたかったというのがある。オーストラリアはコアラの生息するこの星で唯一の大陸であるが、しかし最大の都市シドニーの位置するニュー・サウス・ウェールズ州や第二の都市メルボルンのあるビクトリア州ではコアラに触ること自体が法律によって禁止されている。コアラへの接触が禁止されていない州は西オーストラリア州、南オーストラリア州、クイーンズランド州の三つ(タスマニア州にはコアラはいない)で、なかでもクイーンズランド州のブリスベンにあるローンパイン・コアラ・サンクチュアリという施設は、世界最長の歴史をもち、かつ世界最大のコアラ保護区となっている。この場所が数少ないコアラと合法的にふれ合える場所なのだ(もう一つは同州内のゴールドコーストにある)。コアラの飼育や繁殖についての研究も他に比類なき実績をもち、日本の動物園にもこの施設出身のコアラがいるらしい。

Lone Pine Koala Sanctuary

ブリスベンの市街地からはローンパインまではバスが頻発しているので簡単にアクセスできる。入場料と一緒にKoala Holds Ticketなるプラスティックのカードを購入すると、コアラを抱っこし、さらにプロのカメラマンが写真を撮ってくれるというオプションがアクティベートされる。一日18時間も寝て過ごすコアラの生活リズムによる制限に加え、クイーンズランド州の法律により一匹のコアラに人間が触れて良い時間の上限までも決まっている。それゆえコアラの体調管理のため、人に抱っこされる時間の総量を販売するカードの枚数で調節しているようだ。

ネコやイヌくらいのノリでふれあえる

園内はカンガルーやワラビーが大量に放し飼いにされていて、人にもなれているので普通に触ったり一緒に写真を撮ったりと、結構濃密に遊べる。警備員も飼育員もぜんぜんいない。とても開放的だ。私は美術館や博物館や動物園みたいな公共施設におけるルールと監視まみれの窮屈さが苦手なので居心地よく感じる。

みんな暇そうにしている

なんの生き物かわからないけどかわいい

動物たちはみな尋常じゃなく人なつっこく、エサがもらえるかもと期待しているのか、どの子に近づいても逃げたりしない。なんなら積極的に近寄ってくる。体をそっと撫でても怒らないし噛みつかない。とてもかわいい。私は動物が好きだ。

巨大なトカゲ。凜々しい

哺乳類以外にもいろいろいる。動物が好きなら、あるいはちいさな子供がいるのならこれほど楽しめる施設は世界的に見てもそう多くはないだろう。入場料もコアラフォト代もけっこう良い値段はするが、動物たちの保護や研究に活用されるとのことなので、ここは気前よく払ってあげよう。

コアラだっこカードの購入時に指定された時刻に合わせてゾーンに訪れると、そこにはすでに行列ができていた。私も含め、みなコアラを抱くという謎のアクティビティに参加するためにわざわざオーストラリアのコアラ保護区まで来ていると思うと笑ってしまう。

だっこ行列はゆっくりと捌かれていき、ついに私の順番がやってくる。スタッフはにこやかに私を所定の位置に立たせ、コアラの安全な抱き方を説明する。私は言われるままにコアラのお尻が支えられるよう手を組むと、スタッフがそろりとコアラを乗せた。絶滅危惧種を自分の体に乗せるのは人生で初めてだ。落としてはいけないと少し緊張する。

コアラ研究者みたい

コアラ研究者みたい

コアラは私の胸にシャツ越しに爪を立て、人形のようにじっとしている。コアラの毛皮は思ったよりゴワゴワとした感触で、短い毛に覆われた体は想像していたフワフワモチモチしたさわり心地とはまったく違う。その体には骨があり、重みがあり、手に感じる柔らかいタワシのようなコアラのお尻は体温でじんわり温かい。樹木にしがみつくために進化した鋭い爪が胸に刺さってすこし痛い。

コアラと一緒に撮った写真は園内の売店にいけば印刷したものを一部受け取れる。JPEG形式の巨大な画像データがダウンロードできるURLも印字されているので、Instagramやfacebookをみるとこの画像がそのまま投稿されている様子をたくさん見受けられた。良い思い出になった。

コアラを抱っこすることになにか意味があるかというと、もちろんそんなものなにもないのだが、しかしコアラを抱っこするまでは、その感触は当然まったくわからない。ゴワゴワとした体毛も、体温も、匂いもわからないままだ。私は自分の人生で摂取できる情報量を最大化したいなと思っているので、コアラという存在に対する解像度が飛躍的に上がったことはとても楽しかった。

金銭的には正直ちょっと高いし(入場料とコアラ抱っこ代を合わせておよそ7500円)、抱っこできる時間はせいぜい1分かそこらだ。しかし個人的にはおすすめできるアクティビティだと思う。人生を不要な体験で満たしていこう。