タペシンコンをたべた
私はまだ食べたことのないものを食べるのが好きで、これは自分の最大の趣味である旅行にも言えることだが、自分のやったことないことや見たことないものを知ることに対して最高に喜びを感じる。そのせいでこれまでたくさんの国を巡ってみたり、 めずらしい食べ物、たとえば猿とか、バター餅とか、サラダパンとか、シュールストレミングとか、オオノガイとか、ビンロウとか、カヴァとか、いろいろと試してきた。
あるとき、インドネシアにはキャッサバを発酵させて作る「タペシンコン」という食べ物があるときいた。自然由来のアルコールが含まれる大人のおやつらしい。インドネシアには行ったことがあれどその名をこれまで耳にしたことはなく、ChatGPTにきいても「一般的な単語ではなく、特定の分野や造語の可能性があります」と言われてしまったが、身近なインドネシア人に尋ねてみると「インドネシアの一部地域では日常的によく食べられている」とのことだった。
ひとたび話を聞いてからずっと食べてみたいなと思い日本各地のインドネシア食材店やインドネシア料理の店を巡ってみたが、どこに行っても取り扱いがないという。そんなもの見たことないよという感じでもなく、「そういえば最近見ないねぇ」といったコメントを店員からもらうことが多かった。タイミングよく輸入されることがあれば日本でも目にすることができるかもしれない。
あまりにも気になるその魅惑的な食べ物を知って以来、日常生活でインドネシア人に会うたびに誰彼構わずタペシンコンたべたいタペシンコンたべたいと言い続けていたら、あるときふいにタペシンコンをプレゼントしてもらった。
テクスチャはしっとりとしていて、スプーンですくえるくらいの柔らかさがある。皿にあけただけだと特に強い匂いもない。黄色みを帯びた色合いもあってサツマイモのようにしか見えない。キャッサバ特有の中央にとても固い繊維が入っている点をのぞけばふかし芋にしか見えない。
カスタードみたい
結論からいうと本当においしかった。ねっとりとしたイモの食感にアルコールの風味を感じる。これまで食べてきたものの組み合わせで説明するならスイートポテトを焼酎に漬けたような感じというか、しっかりとした自然の甘さと舌にのこるアルコールの感触は高級な洋菓子のようでもある。これは日本でも絶対に支持される。タペシンコンをさらに炭火で焼いた別の料理もあるらしい。それも食べてみたい。
アルコールが含まれているとはいってもこれを食べたことで酔っ払ったりするような感じはない。イスラム教徒の多いインドネシアでも、こういった伝統食品に含まれる数パーセントのアルコールであればムスリム社会で広く受容されているようで、一般的にはハラール扱いされているという。
手元にあるタペシンコンを食べ終わったいま、私の中ではタペシンコンがマイブームになってしまった。しかしタペシンコンはインドネシアまで出かけないと食べることができない。悲しいかな今後タペ欲を満たすことは簡単ではないのだ。日本とインドネシアの間にはLCCが一本も飛んでいないこともあり、気軽に出かけて食べに行こうかなというには彼の地はあまりにも遠い。キャッサバくらいならインドネシア国外でも手に入るとしても、ラギタペと呼ばれる発酵菌の入手が困難なため自作もむずかしい。しかし制限は創造の母である。日本で自在にタペシンコンが作れる人間を目指してみよう。
と思ったが、酒税法、関税法、植物防疫法、食品衛生法に固く守られた食材であるため、やめておくことにしよう。食べたくなったらインドネシアに行きましょう。