ツバルにいってきた その1

最近はやりの気候変動系の話になると「近い将来海に沈む国」なんてことが公然と言われるかわいそうな国、ツバル。南太平洋の環礁のみを領土とする独立国で、その国土は当然ながら非常に小さい。世界でもっとも小さいバチカン国を筆頭に、二番目のモナコ公国、三番目のナウルに次いで世界で4番目に小さい国である。世界地図から視認することはまったくできない。

バチカンもモナコもナウルも、そして5番目のサンマリノと6番目のリヒテンシュタインにも行ったことがあったので、小さい国ランキング上位の国々の中で一つだけ未踏だったこのツバルがずっと気になっていた。沈んで無くなるまえに行っておこう。

ツバルに用事のあるという人は当然ながらほとんどおらず、首都フナフティであってもそのアクセスは非常に悪い。具体的にはフィジーからの国際線でのみ到達可能となっている。成田空港からフィジーまでの直行便はあるんだから日本人にはそれなりに気軽な旅先なのかというとこれが案外そうではない。旅行者によく使われるフィジー最大の航空拠点「ナンディ国際空港」にツバル行きの通年使えるフライトが設定されていないのだ。

まだ夜が明けきらない薄明のナンディ空港 国際線ターミナル

それに対して週に3便だけフィジー東部の街スバからツバル行きの国際線が就航している。たとえて言えば日本を国際線のトランジット地点とするなら成田空港とか関西空港を使うところだが、なぜか釧路空港からしかいけないので一回入国してから釧路まで国内移動をしなくてはならない状況、といったイメージになるだろうか。いずれにせよツバルに行きたいならフィジーにトランジットのために一度入国し、同国内を高速バスか小型のプロペラ機で横断するほかないのである。

ナンディ空港 国内線ターミナル チェックインカウンター

というわけでいったんナンディよりフィジーに入国し、まだ真新しく巨大な国際線ターミナルの横に小さく並ぶかなり年季の入った国内線ターミナルに移動する。ナンディ空港の国内線ターミナルは現在の国際線ターミナルが完成するまでずっと使われていたかつての国際空港だ。とはいえ5分もあれば見て回れるような非常に小規模な施設で、カフェもなければ土産物屋もない。さっきまで自分がいた近代的な国際線ターミナルに比べると、天井も低くレトロなカウンターは殊更にみすぼらしく見えてしまう。

スバ空港

たった30分で到着する国内線にのってフィジーを横断し、ツバル行きのフライトが出る街である首都スバに到着する。フィジー最大の国際空港が首都近郊に位置しておらず、第三の都市ナンディにあるのはそもそも違和感があるが、このような状況ゆえにただでさえアクセスの悪い国ばかりのオセアニアの国々の中でも格段に行きづらい国と言えるのではないだろうか。もっとも不便なのはナウルだろう。いまでこそSNSでバズり倒しているナウル観光協会のおかげでたくさんの日本人が訪れるようになり、体験談が数多共有されるようになったとはいえ日本人の入国にビザが必須となるオセアニア唯一の国だ。情報の少なかった2019年に渡航するのはなかなかめんどくさい体験だった。少なくともツバルは日本人の入国にビザを求められない。話のわかるやつだ。単にアクセスが悪いだけで、根はいいやつなのだ。

乗客の数は座席数の半分くらい

ツバルの入国カード

ツバルに向かう機内で入国カードが配られる。よくある内容で記入も難しくない。手持ちのペンで記入を済ませたらツバルまでの空の旅を楽しもう。おいしい機内食も出る。

到着

暴風のためか一度着地したあとに機体は停止せずまた飛び立ち、その後しばらくツバル上空を旋回しつづける。これは着陸不可で帰投することになるかと不安になったが、幾度目かのトライの末、飛行機のタイヤが滑走路に触れ、大きな音を立てながら減速していく。

フナフティ空港

滑走路には野犬がたくさんおり、数匹が吠えながらまだ動き続ける機体に走って近づいてきた。ギョッとしながら走る犬を見ていると、その後ろには普通のツバル人たちが飛行機の到着を眺めているのに気づく。この空港には滑走路と人家の間に柵もなければ緩衝地帯もない。滑走路がツバルの町の中に溶け込むように存在しているのだ。やろうと思えば簡単に走り来る飛行機の前に飛び出せるような構造で、国際空港でこんなにおおらかな運用がされているのは初めて見る。すごいところにやってきてしまった。

入国審査

左下がツバル入国のスタンプ

日本人は入国時に一ヶ月間の滞在許可がもらえるし、必要があれば役所で3ヶ月までの延長手続きもできる。ツバルで3ヶ月滞在したいという人はそうそういないとおもうが、航空機の欠航も少なくないこの国において、このような緩やかな規則はたいへんありがたい。

到着するときに窓から見えたたくさんの犬は空港の周りにももちろんたくさんいる。野犬が邪魔で飛行機の離着陸が遅延することもあるという。犬たちは完全に放し飼いというか、飼い主なんていないので予防接種もされていないし、島中をねぐらにして好き放題に繁殖しているためその数も果てしない(あなたの想像の5倍くらいいる)。噛まれたりしないよう気をつけよう。

到着ロビーを出ればすぐに素朴な町が眼前に現れる。ここが町の中心地なのだ。一般的な国際空港における「空港アクセス」という概念はなく、町の真ん中に空港があるというのはもちろんこれはこれで便利である。

予約したゲストハウスのオーナーがクルマで迎えに来てくれていた。徒歩15分ほどの距離ではあるが、赤道直下の蒸し暑い国で歩きまわらずすむのはありがたい。ところでこの国の宿はExpediaとかBooking.comのようなホテル予約サイトで予約ができないので注意されたい。そもそもこの国にあるホテルは1軒だけ、ほかにゲストハウスが数軒あるのみとなっており、わたしはfacebookメッセンジャーで適当なゲストハウスに連絡して予約した。宿は太平洋諸島センターの観光ガイドにまとまっており、そしてこれがインターネット上にあるほとんど唯一のツバルに関するまともな情報源である。旅行者が非常に少ない国であることもあり、本当にろくな情報がない。日本の大使館も領事館もなく、そもそも在留している日本人がゼロ人という国なので、信頼できる政府機関や国際機関の情報を常に確認しよう。

お金

ツバルにはATMがない。そしてクレジットカードが使える場所もひとつとしてない。現金の手持ちがないと詰むのである。事前に十分な量の現金を持って入国しよう。

ツバル国立銀行

空港の両替所

ツバルではナウル同様オーストラリアドルが法定通貨として使われている。フィジーから来るしかルートがないこの国への道中にオーストラリアドルを入手するタイミングはないかもしれない。その場合の外貨両替は空港の小さな両替所とツバル国立銀行が生命線だ(前者は米ドル、ニュージーランドドル、フィジードルのみの取り扱い)。国立銀行は日本円やその他の外貨も取り扱っているが、営業時間は平日のみで午後2時には閉店してしまう。日中もやたら混み合っているので可能な限りオーストラリアドルは事前にそろえていこう。

レンタルスクーター

ツバルに鉄道はなくても、26人乗りのミニバスが平日の朝7時から夜9時まで街の中心部を走っている。しかしバス停はなく、時刻表もないので旅行者にとってあまり使いやすいものでもない。狭い国土であるということもあり、普通に徒歩でうろうろするだけで十分巡ることはできるものの、これまでの経験上、赤道にほど近い熱帯雨林気候の島で余裕こいて歩きまわり後悔したことは数多い。愚者は経験に学ぶのだ。ここは素直に町のレンタルショップに課金してバイクやスクーターを借りよう。免許の確認はなく、ヘルメットの装着義務もない。日本の自転車と同じような扱いをされているようだ。

海沿いを走る相棒

一般的にガソリンスタンドと言えるような施設はこの町にないが、燃料を入れてくれる謎のおじさんはいる。看板もない普通の民家のような場所にバイクが集っていたので自分も立ち寄ってみる。50年くらい使ってそうな年季の入った水差しで直接燃料を注いでくれた。

空港

さきほど触れたようにツバルの空港は町とシームレスにつながっており、飛行機発着の前後を除き、滑走路はそのすべてが完全に解放されていて公園のように使われている。住宅の密集する狭い国土を滑走路で分断されては移動があまりにも不便であるという地元の人の声があって柵が設けられていないらしい。

宿で借りたスクーターで滑走路を走ってみる。どこが走って良い場所なのかよくわからないが、たぶんどこを走ってもいいのだろう。信号も横断歩道もなく交通誘導員もいない滑走路を曖昧に移動する。

大人たちはサッカーやラグビーを楽しんでいるし、子どもたちは地べたに座っておしゃべりをしている。その横をこの国で最も一般的な移動手段である原付が絶え間なく走っていく。ジブラルタル空港など滑走路の一部を歩ける空港は他国にもあるが、滑走路のあらゆる場所を自由に動き回れるという体験は初めてだ。

ツバルには子どもがたくさんいて、みんなとても人なつっこい。旅行者は目立ってしまうのか、遠くからでもめざとく見つけられ笑って手を振ってくれるし、カメラを向けるとみんなそれぞれポーズをとってくれる。とってもいい国だ。高い金と手間をかけてここに来て良かったなと入国から2時間も経たないうちに感じるようになっていた。

つづく