セーシェルにいってきた その1
アメリカのニュースメディアCNNは、ときおり「世界一おいしい料理ランキング」とか「世界最高の都市ランキング」みたいな、大抵はとくに根拠のない怪しげなランキングを発表する。もう何年も前のことだが、「世界最高のビーチ100」という記事が公開された。日本では神奈川県の一色海岸や沖縄の阿嘉島がランクインしていて、そりゃたしかに美しいけれども、しかしいったいどんな基準で選ばれたのかよくわからない不思議なリストになっている。
このビーチランキングの中で1位に選ばれているのがセーシェルという国のGrande Anseで、4位には同国のAnse Source d’Argentも選ばれている。世界地図では見つけるのが困難なほど小さな国セーシェルのビーチが上位に複数ランクインしているだけでもすごいことだが、よく見るとこれらのビーチ、セーシェル国内のとある離島La Digueに二つともあるのだ。天は二物を与えている。世界最高のビーチが二つ、それも10平方キロメートル足らずの極小の島に、である。ということはこの島にいけばこの地球に存在するビーチの最高を知れるということである。世界最高のビーチだなんて、そんなもの死ぬまでに一度はこの目で見てみたい。そう思ってまだ見ぬ国セーシェルへ行ってみることにした。
セーシェルというのはアフリカの東に位置する島国で、インド洋に浮かぶ115の島々からなる。人口が最も多いマヘ島に首都ビクトリアがあるが、前述した2つの美しいビーチはこの島にはない。離島ラディーグは、ここからさらにフェリーで2時間弱かけて移動する必要がある。フェリー代は一人片道72ユーロ、約11000円だ。高いよね。うん、わかる。往復2.2万円。高いね……。
ちなみにフェリーはめちゃくちゃ揺れる。南極に行ったときのフェリーとおなじくらい揺れた。乗り物酔いをする人なら宿命的に酔わされる強い揺れが出港から到着まで絶え間なく襲い続ける。南極にいくフェリーは片道65時間かかったので2時間くらいなら大丈夫だろうと高をくくっていた私も、嘔吐こそしないまでも道中は少しげんなりした。ラディーグ島到着までの間、船内で吐いている人を見かけたのは一人、二人ではなかった。
ラディーグ島に到着し、船から下りるとレンタサイクルの業者による客引きに囲まれる。どの店も似たような値段で貸し出しているので適当について行こう。ラディーグ島は小さな島ではあるものの、徒歩で炎天下の熱帯の島をまわるには広すぎるし、車を借りて巡るには狭すぎるという微妙な広さなので観光客はみな自転車を借りていく。価格は一日あたり1000円程度。3時間だけでいいからちょっと負けてよと言ったらすこし安くなったが、まぁセーシェルという国、どこへいってもひたすら金が掛かり続ける。物価の安い傾向にあるアフリカの国とはいっても、セーシェルはアフリカ諸国では一人あたりのGDPが突出して高いのだ。観光業に極度に依存した国の、そのなかでも最高レベルの高級リゾート地に我々はいま、いるのである。
島は概ね平坦で、道は全て舗装されている。晴れていれば自転車で移動することに不便は無いはずだ。ところどころでちょっとした坂があるので、移動に不安があればタクシーやカートを借りることもできる。熱帯地域で太陽の光を浴び続けるのは想像以上に体力を消耗する。水分補給と塩分の摂取を忘れないようにしよう。わたしは途中でどうしても自転車をこぐのがつらくなり、路傍の木陰に倒れ込んでぐったりと寝転ぶことになってしまった。
世界最高のビーチのひとつ、Anse Source d’ArgentはL’Union Estate Farmという公園のようなところを通っていく必要がある。入場料は1200円ほどかかるが、園内にはたくさんの希少なセーシェル固有種のゾウガメが飼育されており、眺めているだけでも楽しい。カメたちへの寄付だと思って支払おう。
カメたちは観光客には無関心に、のすのすと囲いのなかを自由に歩き回っている。ほぼ全てのカメが私より数十年単位で年上らしい。大先輩である。
Anse Source d’Argent
しばらく自転車で園内を進めばビーチへの案内看板が現れる。この先に夢見た世界最高のビーチがあるのだ。
途中で自転車を降り、そこからは徒歩で岩場を進む。入り組んだ花崗岩が連なりビーチの全景を見るにはなかなか至らない。波音を聞きながら白砂の小道を歩いていると、ふいに視界はひらける。
とんでもなく美しいビーチが眼前に現れる。白い砂浜、青い空、エメラルドに輝く海と、それを囲むような奇岩の数々。優しい波音も人の少なさも、何もかもが素晴らしい。まさに絶景だ。インド洋の真珠と称されるセーシェルの、そのなかでもひときわ美しい海辺。セーシェル観光最大の名所でもある。
きれいだなと思える海は、これまで世界のいろいろな場所で見てきた。キプロスとか、南極とか、ナウルとか、イースター島とか、マイアミとか、それらに比べても間違いなくこの場所が世界最高峰のビーチだと今なら確信できる。CNNの怪しげなランキングは間違っていなかった。わたしはきっと、これから先の人生で見る全てのビーチをこの場所と心の内で比較してしまうのだろう。
Grande Anse
アンスースダルジャンから自転車で30分ほど、ちょっとした山を越えて島の反対側まで頑張って進むともう一つのビーチ、それもCNNの認定する世界最高のビーチランキング1位の海岸が目の前に現れる。
こちらも間違いなく美しい。波の色はアンスースダルジャンのそれよりも深みを増しており、こんな鮮やかな青があるものかと胸をつかれる。4:2:0サブサンプリングで圧縮されていない波の色にひどく圧倒されてしまった。すごい虚脱感だ。
CNNのランキングによればこちらの方がアンスースダルジャンに比べて高位だが、より良いか、というと個人的にはアンスースダルジャンのほうがいいなと感じた。グランダルセには奇岩があるわけではなく秘境感も薄いひらけた普通のビーチで、平坦なその見た目はワイキキビーチみたいで風景として心引かれる感じはあまりない。とはいえどっちも美しい場所であることは間違いなく、これは単なる個人の好みであろう。
アクセスも悪いしひどく揺れる高速船に2時間も乗らなくてはならないというハードルの高さもあるのか、どのビーチも人影はまばらで観光客はそれほど多くない。みかける人もあきらかにヨーロッパの富裕層という感じで、アジア人は結局一人も見かけることはなかった。この島もしばらくはHidden gemでありつづけるのだろう。気軽に行けるところではないが、行く価値は十分あると思う。海が好きならおすすめの旅行先だ。
つづく